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アメリカの"貧困との戦い"は失敗だったのか?

――福祉国家と市場の60年

1960年代半ば、ジョンソン大統領は「無条件の貧困との戦争」を宣言した。1964年には、フードスタンプ制度が全国展開を開始。1965年には高齢者向けのMedicare、低所得者向けのMedicaidが始まる。その後10年でアメリカの福祉支出は年率15%以上で拡大。現在、アメリカでは8人に1人がフードスタンプを受給し、福祉支出の規模は対GDP比で約15%に達する (因みに軍事費は対GDP比で3.4%)。

暗殺されたケネディ大統領から大統領職を継承したジョンソンは、ベトナム戦争の泥沼化から、余り良い印象を持たれていないが、公民権運動を始め、上記の様な大きな政府路線でアメリカのリベラルな福祉国家像も打ち出した。リベラル政党としての民主党は、ルーズベルト大統領から始まる。その第2幕は、ジョンソン大統領から始まるといっても過言ではない。

■保守派の批判

保守派は長年こう主張してきた。「現金を与えることは労働意欲を削ぐ、福祉はかえって貧困を固定化する、"貧困との戦争"に勝ったのは貧困の方だ」と。これは1988年にレーガン大統領が語った言葉でもある。経済学者のThomas Sowellも同様に、「善意で始まった政策が結果的に依存を生んだ」と批判してきた。多くの主流派経済学者はこれを右派イデオローグの言説と退けてきた。しかし、以下の新しい研究は、一部でSowellの主張を裏付ける形になったのだ。

■新しい研究

Richard Burkhauser (コーネル大学) と Kevin Corinth (AEI)は、1930年代以降のアメリカの貧困を再計測した。なぜなら、従来の公式貧困率(OPM)は問題があると考えたからだ。税や給付を十分に反映していなかったり、非現金給付を考慮していなかったりするのだ。OPMでは貧困率は50年間ほぼ12%で横ばい。右派はこれを「福祉の失敗」と見る。左派は「再分配が不十分」と見る。

だが2人の研究者達は別の基準を使った。1963年に下位20%に属していた実質所得水準を基準としたのだ。この基準で見ると、1939年は49%が貧困だったのに対し、2023年はたったの4%になるのだ。医療保険を含めれば、1939年は更に高率になり、2023年は1.6%にまで下がる。特に黒人児童の貧困率は、1939年が90%を超えていたのに対して、現在は僅か10%未満だ。この基準で見ると、「アメリカは豊かだが貧困だらけ」という負のイメージは、少なくとも当たらないのだ。

■しかし問題はここから

ではジョンソン大統領の大きな政府的なアメリカのリベラルな福祉国家化は成功だったのだろうか?

研究はここで重要な指摘をする。貧困率の低下ペースは、「貧困との戦争」以前 (1964年以前) の方が速かったのだ。1939〜1963年の間で約29ポイント低下したのに対して、1963年以降の60年間はたったの約16ポイントの低下に留まるのだ。しかも1960年代以前の貧困の減少は、主に「市場所得の増加」によるものだった。つまり、国家からの給付はほとんど貧困減少に関与していなかったのだ。1960年代以降は逆となる。市場所得の伸びは鈍化し、政府からの給付が貧困削減の主因となってしまった

1970年代には、黒人の約30%が所得の半分以上を政府に依存していた。つまり、1963年以降、アメリカは「働いて貧困を脱する市場原理の社会から、政府が小切手を書いて貧困を減らす社会」へ移行したのだ。

■反事実は分からない

もちろん反論はある。戦後の高度経済成長は永続する訳ではない。また、教育格差や障害などが要因で市場所得の増加には限界がある。逆に、「福祉が無ければ停滞していた可能性もある」という主張もある。

更に1990年代の福祉改革後は、貧困も依存も低下し、市場所得が回復した。単純な「福祉=悪」ではないのだ。

■考察:ジョンソン政権の政策は失敗だったのか?

私の印象はこうだ。ジョンソンの貧困との戦争は失敗ではない。しかし設計はトレードオフを抱えていた。

1. 絶対的貧困は激減した

これは否定できない。

2. しかしインセンティブ構造は変わった

市場からの脱出が国家を経由する形になった。

3. 成長と再分配の関係は逆転した

戦前〜60年代前半は成長主導。その後は再分配主導。

■より大きな問い

この論争は単なる福祉論争ではない。「市場はどこまで人を救うか」「国家はどこまで介入すべきか」「インセンティブと公平のバランスはどう取るか」という本質的な問いとなる。制度は人を助けるが、同時に行動も変える。「貧困との戦争」は、正にその典型例だ。

■私の暫定結論

アメリカは「貧困との戦争」は勝った。しかしその戦い方は、「市場主導の脱出」から「国家主導の維持」へと社会の重心を動かした。それが長期的にどう影響するかは、まだ完全には分からない。ただ1つ確かなのは、福祉政策は魔法ではない。市場原理主義も万能ではないということだ。そして政策は常に、その時の状況と見えない反事実との比較の上にある。



参考文献

https://economist.com/finance-and-economics/2026/02/19/did-americas-war-on-poverty-fail


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