表裏一体のいじめ:家庭と学校で異なる顔を持つ子供時代の実体験(いじめられっ子編)
声の形で涙が止まらなかった理由|写し出された私の学生時代の縮図
(文字の総数: 9160文字)
こちらは前回のブログ記事、“いじめっ子“の続編です。
前回の記事をまだ読んでおられない方は、ぜひご覧ください。
いじめは、私たちの社会において未だに深刻な問題です。特に中学時代は、心の成長と同時に多くの試練が待ち受けています。私自身もその一人であり、学校生活の中で不良たちからの執拗ないじめを経験しました。
このブログでは、私の実体験を通じて、いじめの影響やその背後にある心理、さらには家庭と学校の関係について深く掘り下げていきます。
「良い子」としての仮面を被りながらも、心の中では葛藤を抱え続けていた私の物語。いじめられる側の苦しみや、加害者の心理、そして周囲の大人たちが見逃しがちなサインについて考えてみたいと思います。
このブログを通じて、少しでも多くの人がいじめの現実を理解し、共感していただけることを願っています。
また、子供がまだ小さいご家庭の親御様には、ぜひ参考にしていただきたいと思います。
私は引きこもりや生きづらさを感じている方々にカウンセリングを行っています。
詳しくは、下記のURLをご覧ください。
年上の不良たちからの執拗な暴力
・学校の「問題児」
私の学校には、学年ごとに「問題児」が存在していました。私自身も、自分の学年では間違いなく問題児と呼ばれる存在でしたが、他の学年にもいました。ただ、私自身の問題児と言うのは、不良ではなく奇声や奇行が目立つ学生です。
・不良たちの振る舞い
特に上の学年の不良には、たまにしか学校に来ないのにもかかわらず、来たら来たで下駄箱を倒したり、下の学年の教室に乱入したりする生徒がいました。その振る舞いはまるで、ワンピースの白ヒゲが死んでしまった後に、ナミの生まれ故郷に攻め込んだ敵のようでした。そして、私はそんな彼らのいじめの標的になるのでした。
いじめのきっかけ
・部活動の見学
中学1年生の頃、部活動の見学が催されたことがありました。限られた見学回数の中から、自分が興味のある部活を覗き込むものでした。そして、1つ上の兄が所属していた卓球部を訪れたときのことです。
・体育館の入り口
体育館の薄いアルミの扉が4枚並ぶ、広いようで狭い入り口。そこに不良グループは足を伸ばして地べたに座っていました。見学しようとしている周囲の生徒たちは、恐れて入ることを躊躇していました。人だかりができていたので、「なんだろう?」と思い、先頭に立って見てみると、彼らがいました。
「なんだ。そういうことか。」
私は一切気にせず、彼らの伸ばした足の上をまたぐようにして体育館に入りました。
いじめの始まり
・最初の接触
その日に声をかけられていじめが始まったわけではなく、その日は何もありませんでした。しかし、後日その不良たちが私の名前をあぶり出すために、多くの生徒たちに聞き回りをしていたとのことです。
・移動と遭遇
私の学校では、図工の授業を受けるためには移動しなければなりませんでした。移動するために、上級生の教室の前の廊下を通らなければなりませんでした。廊下の突き当たりにあるトイレにたむろしていたその不良グループが、品定めするかのように私を見つけました。
トイレでのリンチ
・不良たちの誘い
「ん?〇〇君?だよね。うんうん。ちょっと話あるんだけどいいかな?」「あ、はい」と半自動的にうなずき、彼らの後をついていく形でトイレに入りました。そこで待っていたのは、リンチでした。
・リンチの始まり
リーダー格の不良が優しく私と会話している後ろで、残りの2人の不良が笑いながら上靴を脱いで、ズボンをまくっていました。
「これは、まさか」
と走馬灯のように、彼らの足の上をまたいで通ったシーンが頭をよぎりました。
いじめの過程
・最初の暴力
最初は軽い肩パンからスタートしました。
「ええ肩してるね。シュ!痛い?」
「いや、別に」
「へー、強いやん」
「俺も俺も!」
「シュ!」
「・・・」
「全然効いてへんやん!お前やれって!空手見せたれや!」
「ほな、やってみよか〜?」
「シュ!」
このようなことが続く中で、痛がる素振りを見せて、服従するほど私のプライドは低くなく、聞いてないそぶりを見せたポーカーフェイスを貫いていました。
・暴力のエスカレート
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どん底からの生存サバイバル
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