見出し画像

航空機事故から学ぶ:事故は終わっていないかった(番外編)

中華航空611便空中分解事故:2002年5月25日、China Airlines 611便(B747-200型機)は台湾の中正空港から香港のチェックラップコック(赤鱲角)空港へ向けて、乗員19名と乗客206名を乗せて14:50に出発した。51歳の機長と52歳の副操縦士、54歳の航空機関士はいずれもベテランで、15:07に離陸した後ATCの指示で同便をFL260へ、15:16にはFL350まで上昇させていった。
15:38台湾島南西部沖合の澎湖諸島から北東約18Km付近で、レーダー機影が突然4つに分かれて消息を絶った。直ちに沿岸警備隊などが捜索に当たり、2時間後には機体の残骸や遺留品を海上から回収して、台湾海峡へ墜落したことが確認された。墜落水域から100km離れた台湾島中部の彰化県秀水郷下崙村では、名刺や航空券など乗客の所持品や、機内誌など備品が落下して回収された。生存者は見つからず、225人全員が死亡したと発表された。
中華民国飛航安全調査委員会(ASC)の調査官らは、米国NTSBより金属材料、機体構造らの専門家を招聘し、合同で事故調査に当たった。事故現場の地政学複雑性から、中国軍による撃墜、空中衝突、爆発物によるテロを検証したが、回収された機体の残骸や遺体からは爆発物による損傷は認めなかった。本事故の6年前の1996年7月17日に、米国New York州でTWA800便のB747型機が、エアコンの多用と電気系統のショートにより機体中央の燃料タンクが爆発して墜落した事案があり、本機も22年以上経過した老朽機であったことから、その検証も行われた。回収された機体中央の燃料タンクは爆発した形跡がなく、この仮説も棄却された。
事故から25日後に海底からBlackboxが回収された。CVRを分析すると、Noiseが多いものの、機長の鼻歌や「(FL350まで)あと2,000ft」とコールしている声も記録されており、その直後にドーンと大きな音がして録音が途絶していた。
海底から回収された機体の残骸中に、客室窓側の足元にあるBent Panel(与圧空気の排気口)が回収された。全部で65か所あるうち19か所が確認され、うち4つがOpenしていた。機内で圧を逃さねばならない事態が発生していたことが想定された。
ASCはTW800便の墜落状況を解明する際に使用されたプログラムを用いて、海底に散乱した機体の残骸に番号を付与して、その回収場所から空中分解の様子をCG化した。すると尾翼部分が最初に脱落したことが判明した。このうち#640の残骸はDoubler(外当て板)が張り付けられて、この残骸の両端を切断して、中山科学研究院へ送付したところ、破断面がOverload (=Stress)ではなく、Fatigue(金属疲労)による亀裂を呈していて、断面が錆びている部分があった。
事故機の飛行履歴を詳しく観てみると、この事故の22年前の1980年2月7日に、引き渡しから6か月後であった同機が香港啓徳空港で着陸時に尻もち事故を起こしており、3か月後に#640付近に継当てのDouberを張って修繕されていた。Boeing社の修理マニュアルでは、大きな傷の場合は損傷部のSkinを丸ごと張り替えることが指示されていたが、事故機は損傷部を磨いてDoublerで覆うだけの修理で済ませていた。そのため離着陸の度に亀裂が2~3mmずつ大きくなり、2万回超の離着陸を経て、22年後に蜘蛛の巣様に亀裂が大きく広がって、尾翼全体が破断したと考えられた。Doublerを剝がしてみると、その下には茶色い染みが機体後方へ流れており、それはタバコのヤニと判明した。CALでは機内での喫煙が認められていたのは、同型機の場合7年間であり、15年前からのタール痕と思われた。同機は事故前にOrient Thai航空へ売却が決められ、運航機体から外されて近く重整備が予定されていたが、当日急遽使用されることとなり、この事故が発生してしまった。
ASCとNTSBは、機体表面をDoublerで継当てする際の危険について注意喚起すると共に、目に見えない程の僅かな亀裂を発見するため、超音波検査機器検査を導入することなどを勧告した。

本事故の話を聞くと日本人だったら、この17年前に発生したJAL123便の墜落事故と、その原因を作ったJAL115便の尻もち事故を思い浮かべることでしょう。
CALの事故機は22年間で二千回以上の飛行に耐えていましたたが、亀裂は見えない形で徐々に広がっており、CAL611便として上昇中に限界に達し、亀裂が機体後部を一周して機体の尾部が丸ごと破断。爆発的な減圧で機体に大きな力がかかって主翼や機首も脱落し、機体は大きく4つにバラバラとなって崩壊し、東シナ海に落下したのでした。
1985年8月12日に起きた日本航空123便墜落事故と同じく、尻もち事故後の不適切な修理作業が原因であり、何故日航機事故の教訓が活かされなかったのかと、実に残念です。JALの事故では、ボーイング社の整備部門が自社の指示書に従わずに圧力隔壁の不完全な修理作業をしたのが原因だった(画像は再現された事故機の圧力隔壁、時事ドットコムから)のに対し、今回はCALが自社の整備部門内で、Boeingの修理マニュアルにない不適当な修理を行って招いた事故でした。
航空機事故から新たな知見が得られても、それを適正に遵守しなければ安全が担保出来ない事を、一連のジャンボ機事故は私たちに訴えかけています。尊い人命を犠牲にして得られた航空機事故から学び、その教訓を将来の航空安全に着実に活かして行かねば、事故は終わったと言えないのです。

いいなと思ったら応援しよう!