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16. Yurika|読む人の運命を加速させる恋愛小説

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仕事の支度を全て終えた私は、コーヒーを飲みながら洸太さんからの電話を待つ。
嬉しさと、悲しさ。期待と、後悔。
洸太さんとの関係を考えると、色々なものがあって、ありすぎてて、絡み合って、どうしようもなくなる。
私はそれを、どう解いていいのか、わからない。

声には、一人ひとり違う周波数みたいなものがあるのかもしれない。
洸太さんに出会うまでは、洸太さんの声を聞くまでは、声が———その周波数のようなのが———私にとってこんなにも大切な要素だなんて知らなかった。
洸太さんが何かを話す時、私はその内容以上に、その音色に耳を傾けてしまう。洸太さんの声音は、私の全身を包み、震わせてしまう。
洸太さんの声は程よく高くて、でも時に、私の奥深くを揺らす低音を響かせることがある。
その音は、どこか色っぽい。

なんでこんなに、体が反応しちゃうんだろう。洸太さんの声を思い出すだけで・・・
もし会って、洸太さんに直接会って、もしそういうことになって、洸太さんが私のことを激しく求めてくれて、あの声が、私の耳元で優しく「友利花さんのその声、好きだな」なんて言ったら———

LINE通話の音が鳴る。私は焦ってスマホを手に取り、声を出す。
「もしもし!」まずい、変に力が入った。
「もしもーし。ん?友利花さん、なんかあった?」
「いえ、なにも!」私は何を考えてるの。
「・・・ほんと?」
「ほんとです、大丈夫です!」
「なんか、力入ってるよ」
「そうですか?」
「うん、深呼吸して」

洸太さんの、声。

「すみません、落ち着きました」
「落ち着いている時の友利花さんの声、好きだな」
「そ、そうなんですか?」
「あ、また力入った(笑)」
「だって」
「落ち着いて」
「はい」

私は、深呼吸をする。
心臓は、速いまま。

「友利花さんの声、なんか落ち着くから」
「そうですか?」私も、洸太さんの声、落ち着く。
「うん」
「それは、よかったです」

憔悴し切っていた洸太さんは少しずつ元気を取り戻しているようだった。
洸太さんは私に話しながら、自分の気持ちや考えを整理しているようだった。

「友利花さんに連絡できなかったのは———、色々参っちゃったんだと思う。本当に色んなことが重なってしまって。友利花さんに対しても、どうしていいのかわからなくなっちゃって」
洸太さんはそう言った。
「でもちょっと、ある事があって、僕はひとりぼっちなんだなって思う出来事があって。ああ、自分には誰も味方がいないんだ、って。そしたら、本当に宙に浮いているんじゃないかってぐらい足がフラフラして。自分が間違っているんじゃないか、やっぱり自分が全て我慢するしかないんじゃないかって」
私は、その『ある事』については詳しく聞かなかった。
「あの時、自分がどこにいるのかすらわからなかった。夜、彷徨ってた。本当に。それで気づいたら、友利花さんにメッセージを送ってた」
「寂しかったですか?」私は聞いた。「私とやりとりできなくて」
「うん、すごく」
「私も」言っていいのかな。「寂しかったです」
「うん、そうだよね」

あれから洸太さんはどんどん変わっていった。
一つひとつ、鎧のようなものを剥がし、どんどん自由になっていく感覚があった。
それが私は嬉しかった。
また同時に、寂しかった。洸太さんはどんどん、変わっていってしまう。きっといつか、私の手の届かない領域まで、変わっていってしまうのだろう。

ただ一つ、洸太さんが変わらないことがあった。
直樹さんへのスタンス。
洸太さんは私と直樹さんの恋愛を応援している。このスタンスだけは、ずっと変わらない。

私は、どうしたいんだろう。
どんどん変わっていける洸太さんが羨ましい。
私は自分の気持ちも、何もかもが、よくわからない。

「洸太さんは・・・」
「ん?」
「今、好きかもって思う人がいたら、どうします?」
「好きかも?」
「はい」
「それは、どういう意味?」
「いや、気持ちを伝えるのかとか・・・」
「ああ」
洸太さんは少しだけ考えている様子で、その後独り言のように言った。
「僕なら気持ちを伝えるかなあ。迷いがあるならそれも含めて」
「そうですか」気持ちを伝える。
「だって、今この瞬間の気持ちは、今この瞬間にしかない。次の瞬間、その気持ちは無くなってしまうかもしれない。だったら、今この瞬間の気持ちを伝えずにこの瞬間を終えるのは、あまりにもったいない」

今この瞬間の気持ちを伝えずにこの瞬間を終えるのはあまりにもったいない———。

「だから僕なら伝える。自分に素直になった結果、どんなことが起ころうとも、それは全ていいことだって信じてるから」
「洸太さんは、」
「ん?」
「いや、なんでもないです」
「なに?言ってほしいな」
「洸太さんは、好きなら好きって言うわけですね」
「うん、そう思う」
「嘘なく」
「うん」
そっか、そうだよね。「わかりました。ありがとうございます」
「自分に嘘はつきたくないかな。難しいけどね」
そう言って洸太さんは、何かを考えている様子だった。

「直樹さんとは、どうなの?」
直樹さんの話になると、洸太さんの声はどこか暗い気もするけど、でもたぶん気のせいなのだろう。
「うーん、毎日LINEもしてるし、電話もするし、デートにも行くけど・・・」
「行くけど?」
「うーん、なんだろう。気持ちが、わからない」
「友利花さんの?」
「いえ、直樹さんの、気持ち。私のことをどう思っているのか、ちゃんと言われたわけじゃないので」
「そうなんだ」
「でも、なんか今洸太さんの話聞いて、もっとぶっ込んじゃおうかなって思いました」私の声は妙に清々しく響いた。
「ぶっ込んじゃう?」
「はい。もったいないなって。なんかこうしてるのも。だからハッキリさせたいなって」
「なるほどね」
「なんか私、洸太さんと話してると、私も変わりたいなってなるんです」
「そうなの?」
「自分の心に従って生きないと、損だよなあとか、思うんです。不思議と」
「そうなんだ」
「私実は、ものを書く仕事を副業で始めたんです・・・」
「そうなの!?」
え?そんなに驚く?「はい、まあ大した仕事じゃないんですけど、シナリオを書く仕事です・・・」
「すごい!めちゃくちゃいいじゃん!」
洸太さんがこんなに喜ぶとは思わなかった。「そうですか?」なんか、嬉しい。
「うん、すっごいいいと思う。なんか、友利花さんが友利花さんらしくなっていってる感じがする」
「そう、ですかね。ありがとうございます」
「今度、読ませてよ」
「それは嫌です」
「なんでよー、お願い」
「自分が書いた文章見せるって、裸見せるより恥ずかしいんですよ」
「そうなの?」
「はい」
「友利花さんの裸」
「あ、いや」
「友利花さんのことがどうしようもなく欲しくなっちゃう時がある」
一息で押し出された洸太さんの低い声が響き、私の奥深くを揺らす。
顔の体温が上がっていく。
「あ、ごめん、なんか、変なこと言って」
「い、いえ、大丈夫です」

深い、沈黙。
洸太さんが、私のことをどうしようもなく欲しくなる時がある。

「それは、体目的とか———」
「違うよ」
洸太さんは遮るようにして答えた。
「こんな風に思ってしまって、どうかしてるってわかってる。僕は、友利花さんと直樹さんの恋愛を、応援してる。でも、どうしようもなく、友利花さんを欲しくなっちゃう時がある。たまに、気が狂いそうになる、正直」
「気が狂いそう?」
「もう友利花さんのことがどうしようもなく欲しくて、でもそうはできなくて、そうはしたくなくて、でも———。そんな感じで、もう、おかしくなる」
洸太さんの熱が、私の体に伝わってくるのがわかる。
「もしさ」
洸太さんの声音が変わる。
「友利花さんが直樹さんと付き合ったら、僕たちは、どうなるのかな?」
「どう、なるんですかね」
「終わり、なのかな」
終わり———
「でも」私はゆっくりと答える。「洸太さんは、特別枠」
「特別枠?」
「友人だけど、特別枠。こうして色々な話をして、色々なことを相談し合えるような・・・」
「特別枠」
洸太さんはその言葉の意味を噛み締めているようだった。
「はい、特別枠」
私も、噛み締める。
「それは、体の関係は、あるの?」
洸太さんと、体を重ねる。この声に、包まれる。
でも直樹さんがいるのに?
「それは、できないと思う」私は言った。
「そうだよね」
「はい。私は付き合ったら、その人だけだから」
「うん、友利花さんは、そうだよね。友利花さんのそういうところ、素敵だと思う。それでも、僕とはこうしてつながっていたいの?」
「はい、洸太さんが、よければ」ずるい。
「耐えられるかな」
洸太さんはどこか傷んだ声で言った。
胸が、締め付けられる。
「ずるい」
「そうだよね、ごめん」
「いや、私が」
「友利花さんが?」
「はっきりしない私が、ずるい」
「そんなことないよ」

私は、どうしたい?
私はどうしたいんだろう。

「あ、そろそろ仕事行く時間だよね」
いつもの声に戻った洸太さんが言う。
「そうですね」
「・・・」
「・・・」

電話が切れる時、いつも寂しい沈黙がある。

「じゃあ、切るね」
「はい」
「また」
「はい、また」

電話は切れた。

洸太さんはどんどん変わっていく。
そして同時に、私のことも、どんどん変えてしまう。

———今この瞬間の気持ちを伝えずにこの瞬間を終えるのは、あまりにもったいない。

私はLINEを開く。
開くと同時に洸太さんからLINEが来る。
「電話ありがとう」
一覧画面でその内容を確認しながら、私は直樹さんとのトーク画面を開く。

「直樹さん。急にすみません。今日の夜、電話できますか?」

洸太さんは、私を、世界を、どんどん変えていく。
自分でも怖いほどに。

>>次回話


【あらすじと初回話】


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