17. Naoki|読む人の運命を加速させる恋愛小説
「もしもし」
友利花さんの声。
あれ?なんか、違う。
「もしもし。ごめんね、遅くなっちゃって」
「いえ、大丈夫です。私の方こそすみません。急に電話したいなんて」
「ううん、大丈夫だよ」
もともと友利花さんとは明日電話する予定だったけど、仕事中、友利花さんからLINEが来ていた。
「直樹さん。急にすみません。今日の夜、電話できますか?」
ボクはそれを見てなぜかドキッとした。
嬉しさとは、違う。
友利花さんは何も喋らない。
「あ、この前はピクニックありがとね。楽しかった」
沈黙に発言を求められている気がしてボクはそう言った。
「こちらこそありがとうございました」
「結構冷えてたけど、大丈夫だった?風邪とかひいてなければ———」
「大丈夫です」
友利花さんはボクの話を遮るようにそう言った。
やっぱり何かが、違う。
「直樹さん」
友利花さんは、改まったようにボクの名前を呼んだ。
「うん・・・」
「ダメだ、緊張する」
急に柔らかくなった友利花さんは言った。
「どうしたの?」
ボクは少し笑いながら言う。解けた糸を優しく集めるように。
「いや、もったいないなって」
「もったいない?」
「・・・はい、そうです。もったいないなって」
「何がもったいないの?」
「今この瞬間の気持ちを伝えずにこの瞬間を終えるのは、あまりにもったいない」
友利花さんの真っ直ぐな言葉に、ボクは吸い込まれる。
友利花さんの言葉がボクも含めた世界の全てを吸い込んでいく。
友利花さんのはずなのに、それは友利花さんの体を借りた何か別のものが、そう言っている感覚があった。
ボクは何も言えなくなった。言葉が、出てこない。
「気持ち、教えてください」
友利花さんはそう言った。
「本当の気持ち、教えて」
息を止めるようにして。
「もっと———」
もっと、好きになりたい———。
真っ直ぐ放たれたそれはボクを貫通し、後方の地平線へと響き渡っていくかのようだった。
電話で、よかった。
ボクは今、圧倒されている、何かに。
深く深呼吸をして、ボクは口を開く。
けど、なぜか、言葉が出てこない。
脳は、確実に声を発している。けどボクの喉が、なぜか、うまく音を運んでくれない。
ボクはスマホを耳から離し、大きく肩を落としながら深く息を吐いた。
小さく、「あー」と声を出してみた。か細いけど、音が出た。
スマホを耳に戻す。
そこには先ほどの沈黙がまだ残っていた。
「ありがとう」
だいぶマシな声が出た。大丈夫だ。この調子。
「友利花さんがまっすぐ向き合ってくれて、嬉しいよ」
なんだか言葉が上ずっている。だからボクは改めて言った。「本当に嬉しいよ」と、より深いところから。
「ボクの気持ち、ちゃんと伝えたい。友利花さんの顔を見て、直接」
「直接?」
友利花さんの声は、いつもの調子に戻っていた。
「うん、友利花さんの顔を見て直接、告白したい」
ボクはあえて、『告白』という言葉を使った。
「———わかりました」
———。
無意識が、微かな違和感を掻き消す。
「いつ、会えるかな?」
「直樹さんはいつ、空いてますか?」
友利花さんが電話の向こうでガサゴソと何かを取り出すのがわかった。
「明後日の夜は?木曜日」
ボクは記憶を頼りに言った。
今週の水曜と金曜の夜は珍しく飲み会が入っている。木曜の夜に友利花さんと会うとしたら今週はきっと寝不足だ。けど今はそんなことどうだっていい。
「あ、ごめんなさい。その日は夜勤でした」
「そっか。じゃあ、今週末は?ランチでもいいし」
「今週末は特別研修というのが入ってて、二日とも昼前から仕事でしかも帰りも遅いんです・・・」
「そうなんだ、大変だね」
初めてだ。友利花さんとこんなに予定が合わないのは。
「月曜はまた遅番だから・・・、来週の火曜日はどうですか?私その日、お休みなので」
「大丈夫だよ。じゃあ、来週の火曜の夜、会おう」
「はい」
友利花さんが少しだけ微笑むのがわかった。
なんだろう。嬉しいはずなのに、安心するはずなのに、何かが———。
この感覚は、なんだ?
何かを、忘れている気がする。何かを———
「あ、直樹さん」
友利花さんはボクを呼び止めるように言った。
「一つだけ、直樹さんに、聞きたいことがあるんです」
記憶の渦が、スマホ片手に立ち尽くすボクの周りを包囲する。
ボクは何を忘れていたか、思い出した。
【あらすじと初回話】
