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5. Naoki|読む人の運命を加速させる恋愛小説

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カフェのテーブルには一冊の本と、さっき注文したブラックコーヒーのカップが一つ。
互いの位置関係を気にしながら、ボクはスマホで写真を撮る。

なんか、うまくいかない・・・
もう少しだけうまく撮りたい。せっかく小説も買って、ブラックコーヒーを注文したんだから・・・

ボクは本とカップの位置を変えてみる。
本を少しだけ手前に寄せて角度を付ける。
そして改めて、スマホを覗き込む。

テーブル奥に置かれた紙ナフキンがスマホ画面に映り込む。
これはない方がいい。
指先でサッと摘みクシャッと丸めて自分のポケットに入れ、改めてスマホを向ける。

椅子の上でお尻を少しずらし、体全体の位置を下げる。

お、いい感じ。
納得いく画角が決まり、手ブレしないように体を硬らせ、ボタンを押す。
スマホから鳴る軽快な音。
よし・・・!

あ、レシート・・・
撮った画像を確認してみると、テーブルに置かれたレシートが端っこで見切れていた。

まぁ、いいか・・・

「私、カフェ好きなんですよね。いつもブラックコーヒー飲んでます。自分で淹れたりもするんですよ」
電話口の友利花さんの声を思い出しながら、ボクは先ほど撮った画像をLINEで選択する。

小説と、ブラックコーヒー。

小説はこの前買った。東野圭吾の小説だ。電話で友利花さんがお勧めしてくれた小説。
「うーん、やっぱり読みやすいのは『容疑者Xの献身』じゃないかなぁ。映画化もされてますし」
ボクもその映画は観た覚えがある(内容はあまり覚えてないけど)。それなら小説をほとんど読まないボクでも読み切れる気がした。

「今日はカフェで読書してるよ。ここのカフェ、好きなんだよね。今度、友利花さんとも来れたらいいなぁ」
ボクはそう打ち込んで、先ほど撮った画像と一緒に友利花さんに送る。
送ったメッセージのそばに今の時間——13:54——が打刻され、送信が完了したことをボクに知らせる。

飲み会で友利花さんに出会ってから毎日LINEは続いている。できる時は電話もしている。だいたい週に2回から3回。

「あいつ、看護師がどれだけ忙しいのか全然わかってない!」
ボクは、看護師の姉が母に愚痴っていたのを思い出す。「ねぇお母さん、聞いてよ」と。
そんな「あいつ」と、姉はなんだかんだ結婚した。今のボクと同じ歳、34歳の時に。
彼氏の愚痴をこぼす友利花さんを想像してみるけど、うまくいかない。少なくともボクの姉のようには愚痴らない気がする。
「仕事で返せない時もあるかもしれないけど・・・」
LINEを交換する時、友利花さんはボクにそう言った。少し申し訳なさそうに。
「もちろん返せる時に返してくれたらいいから」
ボクは笑顔でそう答えた。看護師の仕事で毎日大変な友利花さんの負担にはなりたくなかった。

確かに、友利花さんの返信は遅かった。
ボクが何かを送っても、大体1時間は既読が付かない。その後、忘れた頃にふと返信が来る。
LINEでやりとりが連続で続くのも稀だった。すぐに既読がついて返信が来ることもある。ただそうした時も2、3通やりとりして、また既読が付かなくなる。

ボクは小説の栞紐を引き出すようにしてページを開く。
栞紐はなんだか慣れない。いつもはレシートを栞代わりにしているから。
その時、スマホが振動する。ボクはすぐさま本を閉じて急いでスマホを手にする。
友利花さんからだ・・・!

「コーヒー美味しそうですね。その小説、面白いですか?」

この前電話で、ボクは友利花さんの過去の恋愛について聞いてみた。少しだけ。
「LINEの返信が素っ気ないってなんかよく怒られてたんですよね」と友利花さんは言った。
友利花さんはきっと、自分の好意があまり表に出ない人なんだと思う。友利花さんにとってそれは自然な状態。でもそれが、時に素っ気ないと思われてしまう。ボクは、そういう友利花さんのことも理解したいと思う。
ボクの姉もそういうタイプだ。テキパキ仕事をこなし、家事もこなし、綺麗好きで、そしてたぶん、素っ気ない。
その素っ気なさに対し、姉の旦那さんは当時不満を持っていたのかもしれない。そして姉はそれを母に愚痴っていた。
でも姉はそんな人と結婚した。それは旦那さんのことが好きだったからだ。たとえ反応は素っ気なくとも。

「小説、面白いよ。先が気になるからどんどん読んじゃうね!」
ボクがそう送るとすぐに既読が付く。
珍しい。友利花さんが好きな東野圭吾についてだからだろうか。ボクの心は踊る。
「よかったです。また今度、感想教えてくださいね」

今度。
ボクはその言葉の意味を考える。
昨日の夜、ボクが自炊した料理を撮って送った時、友利花さんから「美味しそう。今度どう作るのか教えてください」と返信が来た。
ボクが「もちろん!今度、一緒に作れたらいいなぁ」と送ったら、友利花さんからは綺麗に盛り付けられた鶏肉料理の画像が送られてきた。唐突に。「これすごくないですか?この前、同期に振る舞ってあげたんです」となんだか楽しそうな言葉と共に。

「今度」という言葉に、ボクはどこか期待してしまう。
一方で友利花さんは「今度」という言葉にどこか距離を置いている気がする。まだそういう段階ではないと、仄めかすように。

「LINEの返信が素っ気ないってなんかよく怒られてたんですよね」

脈がないわけではないと思う。
焦らなくて大丈夫。距離はゆっくりと縮まればいい。

「どんどんデートに誘えばいいじゃないっすか。いい感じなら」
飲み会を企画してくれた後輩はボクにそう言った。
確かにそうかもしれない。でもどうしてもボクは、相手の反応ありきで行動してしまう。
ボクが前に付き合っていた人はボクが「今度、会いたいなぁ」と言う前に「今すぐ会いに来て」とお願いしてくる人だった。「今度ご飯行かない?」と聞く前に「イタリアンが食べたい」と言ってくる人だった。
ボクは常に「いいよ」とそれを受け入れた。彼女がボクをそれだけ必要としてくれるのは悪い気はしなかったし、会いに行ったり一緒にご飯を食べに行くのは彼氏として当然だと思っていた。
いつしかそんなお願いは要求に変わっていた。
「なんで今すぐ会いに来れないの?」「なんで明日は出かけられないの?」

友利花さんのLINEが素っ気ないとはボクは思わない。
確かに返信も遅いし、短文で返ってくることもある。
でもそれは、素っ気ないのではなくて忙しいのかもしれないし、疲れているのかもしれない。
何よりボクは、友利花さんとやりとりできるだけで嬉しい。

友利花さんは、面白い。
別にギャグを言うわけでもなければふざけたキャラを演じるわけでもない。ボクの話を「うん、うん」と相槌を打ちながら優しく聞いてくれるのが常だ。でも不意にする友利花さんの不思議な反応が、ボクにとってはすごく面白い。
ボクがそうした反応に笑う度、「何がそんなに面白いんですかぁ?」と友利花さんは少し笑いながら聞く。そしてボクはいつも「ごめんごめん」と笑いながら答える。
二人の笑いが重なる時、ボクは「なんかいいな」といつも思う。
友利花さん相手だとボクは不思議とおしゃべりになる。いつもボクばかり話している気がする。仕事のこと、普段の生活のこと、なんでも話してしまう。
友利花さんとの電話の後、ボクはなぜか「頑張ろう」と思える。仕事も人生も、頑張ろうって。
友利花さんと出会ってから、不思議と仕事もうまくいっている気がする。

ある日の夜、友利花さんからLINEが来なくなった。既読はついていたのに。それは珍しいことだった。友利花さんは既読が付けば返信はくれるから。
次の日の朝、友利花さんから返信が来ていた。
「ごめんなさい。LINEには気づいてたんですけど、そのまま寝落ちしちゃいました。仕事で疲れてると8時半とかに寝ちゃう時もあって・・・」
「仕事、大変だもんね。全然大丈夫だよ。いつもお疲れ様」とボクは送った。
それからボクは、職場のオフィスで夜の8時を確認するようになった。残業が多く、ボクはその時間いつもオフィスにいる。
8時近くになるとボクは作業を中断し、ノートPCを閉じる。そして暫しお手洗いに行き、友利花さんにLINEを送る。友利花さんが寝てしまう前に、なんでもいいからやりとりしたい。それがすごく大切なことのようにボクには思えた。
友利花さんには友利花さんのペースがある。そしてそのペースは、友利花さんが物心ついた頃からずっと守られてきた大切なものなのかもしれない。
その中に、ボクもちゃんと存在しておきたい。たとえ返信が遅くても、時に素っ気なくても、時に疲れすぎて夜の8時半には寝てしまうことがあっても、ボクは友利花さんのペースの中に、少しでもいいから入っておきたい。ボクのペースも、友利花さんのとうまく重なることができる。友利花さんは友利花さんのペースのままで。そう友利花さんに感じてほしい。

ボクはスマホ片手に小説の栞紐の位置を確認する。
まだ半分も行ってない。友利花さんに感想を伝えるためにも早く読まないと・・・
「今度感想教えるね!できたら電話で話せたらいいなぁ。次はいつ電話できるかな?」
ボクはそうLINEを送り、しばらくトーク画面を見つめる。

既読は付かない。

ボクはゆっくり、息を吐き出す。ため息にならないようにして。
スマホを片手にボクはブラックコーヒーを口に付ける。
やっぱりブラックコーヒーは苦手だ。
次はいつも通りレモンティーにしよう。砂糖を少し多めに入れたレモンティーがボクは好きだ。

友利花さんの世界に、ボクはちゃんと存在できているのだろうか。
カップを机に置きながら、ボクはスマホを見つめる。

しばらく既読は付かない気がした。
次、友利花さんから返信がくるのはいつ頃だろう。
ボクはスマホをテーブルに置き、代わりに小説を手に取る。慣れない手つきで栞紐を引っ張り、ページを開く。

小説と、ブラックコーヒー。
ボクと、友利花さんの距離。

距離は徐々に縮まればいい。焦ることはない。
ボクはゆっくりと小説を読み始めた。
ブラックコーヒーの慣れない舌触りが、ボクの意識を邪魔していた。

>>次回話


【あらすじと初回話】


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