13. Yurika & Naoki
新宿の夜はしんしんと冷えていた。
ビルを出て吐く最初の息が真っ白に浮かび上がり、直樹はその寒さを知る。
「結構、冷えるね」
直樹は視界の隅で友利花を捉えて言う。
「そうですね」
「電車、だよね?」
「はい」
「じゃあ駅まで一緒に行こうか」
「はい」
新宿の夜は明るい。行き交う人の後ろ姿は、頭から足までくっきりと見える。
楽しそうな横顔たち。
直樹は妙な感覚に囚われていた。何か、忘れ物をした感覚。
「直樹さん」
友利花は立ち止まってそう言った。
「ん?」
直樹は振り返る。
「少しだけ、お散歩して帰りませんか?」
直樹はその誘いの意味を、見出しかねていた。けど、答えは決まっていた。
「もちろん、いいよ」
二人は新宿御苑まで歩くことにした。
この遅い時間に入園できるかはわからない。けど、とにかく歩くことにした。変わらず直樹が、半歩先を歩く形で。
直樹はなんとなく、話したくなかった。
先ほどの出来事がそうさせているわけではなく、友利花がすぐ傍にいるという感覚に、ただ、浸っていたかった。
友利花は胸の辺りに何かがつっかえていた。
鉛のように、重い。その正体はわからないまま、視線の先でゆっくりと揺れる直樹の右手をなんとなく見つめていた。
友利花の目の前で、直樹の右手が、変わらずゆっくりと揺れている。
友利花はゆっくりと白い息を吐き、歩く速度を少しだけ速める。
少しずつ、直樹の右手にペースを合わせるようにして、近づいていく。
友利花は動かしたかった。動かしたい何かがあった。自分の中の何か。世界の中の、何か。
縮まる距離。
友利花は直樹の存在を、自身の空間に初めて入れる。
二人の存在が、今までにない近さで、重なる。
直樹も気づく。友利花の存在を受け取ると同時に、重心の位置が少しだけ左へとズレる。
その時———
直樹の右手と友利花の左手がごく自然と触れ合い、次の瞬間、友利花が直樹に滑り込むようにして二人の手は、重なった。
直樹の右手から腕にかけての一瞬の強張り。でもすぐに優しく緩み、友利花の意思を受け入れた。
直樹は何も言わなかった。
右手で感じる友利花の左手は、繊細で、冷たく、どこか宙に浮いているようだった。
触れているはずなのに、触れていない。そんな、感覚。
友利花は何かを確かめるよう、繋ぐ手を少しだけ強める。
その感触は、先ほどまで視線の先で揺れていた右手とは、どこか少し違っていた。
ふたりは言葉を交わさず、ただ歩いた。
胸にぽっかりと空いた何かに向かって。
行き先は決まっているのに、どこにも向かっていない感覚に陥りながら。
ふたりの体温が、存在の重なりが、夜の帳に浮かび上がる。
微かな灯火が、歩く軌跡を東京の夜に残していった。
【あらすじと初回話】
