交差点に響いた「ありがとう」-見守る人がいる安心-
人の記憶の片隅には、いつまでも色褪せることのない風景が存在します。私にとってそれは、冬の朝、白い息を吐きながら歩いた小学校への道。特に、あの交差点で黄色い旗を掲げる二人の姿が、今も鮮明に脳裏に焼き付いています。
私の母校は、少子化が叫ばれる時代にもかかわらず、全校生徒1000人を超えるマンモス校でした。朝の通学時間帯になると、ランドセルを背負った小さな小学生たちが列をなし、まるでアリの行列のように学校近くの交差点へと集まってきます。車が頻繁に行き交うその交差点は、信号機があるとはいえ、子どもたちだけでは不安が残る場所でした。
しかし、私たちの足取りはいつも軽やかでした。なぜなら、そこにはいつも、私たちを見守る「二人の守護神」がいたからです。一人は白髪交じりの温和な表情のおじいさん、もう一人は少し太めで朗らかな笑顔のおじさん。二人とも黄色い横断旗を手に、私たちの安全を守るために立ってくれていました。地域でボランティアとして活動されていた彼らを、私たちは親しみを込めて「旗のおじさんたち」と呼んでいたのです。
「おはようございます!」
「今日も元気だね」
毎朝交わされる挨拶は、私たちの一日の始まりの儀式でした。特に印象深かったのは、雨の日です。傘を差しながらも黄色い旗を握る姿は、子どもながらに何か特別なものに見えました。
青信号になると、おじいさんは「さあ、行くよ」と穏やかに声をかけ、おじさんは「車に気をつけて」と黄色い旗を掲げます。私たちが全員安全に渡り終えるまで、彼らは車に向かって旗を示し続けるのです。そして時には、後から駆け込んできた子に「次の信号で渡ろうね」と優しく諭す場面もありました。
考えてみれば、それは決して楽なことではなかったはずです。真冬の凍えるような朝も、梅雨時の湿気の多い日も、夏の照りつける太陽の下でも、彼らは黙々と立ち続けていました。手が赤くなっていることもあれば、汗で額を濡らしていることもありました。しかし、その表情はいつも穏やかで、私たちを見守る目は変わらず優しかったのです。
「ありがとうございます」と言葉にするのは照れくさい年頃だった私たちですが、心の中では毎日感謝していました。卒業式の前日、クラスで手作りしたカードを二人に渡したとき、おじいさんの目が少し潤んだように見えたのを覚えています。
卒業してから二十年が経ち、私自身も親になりました。先日、懐かしさに駆られて母校近くを訪れたとき、あの交差点に立ってみました。今はもう、あの「旗のおじさんたち」の姿はありません。しかし、信号が変わり、子どもたちが横断歩道を渡る様子を見ていると、不思議と背後に二人の存在を感じたのです。
彼らが教えてくれたのは、単なる交通ルールではありません。寒い朝も暑い日も、誰かのために黙々と尽くすという、言葉にならない生き方の美しさでした。見返りを求めない奉仕の精神は、彼らの背中を通して、私たちの心に深く刻まれたのです。
今、大人になった私たちにできることは何だろう。次は私たちが、誰かの記憶に残る「ありがとう」の種をまく番なのかもしれません。あの交差点で毎朝響いていた感謝の言葉は、今もこうして、時を超えて私の行動の原点となっているのですから。
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