「生きる意味なんてない」と思えた日、救われた
生きる意味がない、という気持ちが、希望になった瞬間がある。
それを誰かに話すと、たいてい少し驚いた顔をされる。
でも私にとってそれは本当のことで、あの日の晴れやかさを、今でもときどき思い出す。
これは、生きる義務から自由になった朝の話だ。
「死なせてください」と繰り返した日のこと
子どもの頃、私は何度も「死にたい」と思った。
でもそれは今思えば、正確には「死にたい」ですらなかったのだと思う。
散々母に蹴られて、暴言を吐かれて。
床に額をこすりつけながら、「お願いします、死なせてください」と繰り返したことがある。
「死にたい」というのは、まだどこかに自分の意志が残っている言葉だ。
でも「死なせてください」は違う。
それはもう、自分では終わらせることも逃げることもできなくて、ただ誰かに終わらせてもらうことを願うしかなかった子どもの言葉だった。
消えてしまいたかった。
そういう日々が、たしかにあった。
幸せを追い続けることの消耗
大人になってからも、しばらくの間は生きることがしんどかった。
良いこともある。
でも、そのあとにはまた苦しいことが来る。
来るかもしれない幸せを待ちながら手を伸ばして、やっと触れたと思ったら、すぐに消える。
また追いかける。
また落ちる。
その繰り返しだった。
感情が上下するたびに、いっそ全部捨てられたら楽なのに、と思った。
喜びも悲しみも、最初から感じなければよかったのかもしれない、と。
そうなったらきっと、最短距離で終わらせることが唯一の正解になる。
そう感じていた時期が、たしかにあった。
死んではならない理由がなくなった日の、意外な景色
成人したばかりのころ、父が亡くなった。
がんだった。
父は私に「お前が死んだらお父さんも死ぬ」「死にたいだなんて、生きたくても生きられない人に申し訳ないと思わないのか」と言い続けた人だった。
その言葉は長いあいだ、呪いのように私の中に残っていた。
だから父が逝ったとき、私は思いがけず、少し息がしやすくなった。
死んではならない理由が、なくなった。
もう誰にも禁じられない、と思った。
誰かの命を人質みたいに差し出されて、生きることを強制されなくていいのだと思った。
胸の前が、急にひらけたみたいだった。
そしてその瞬間に感じたのは、絶望ではなく、晴れやかさだった。
「さぁ、死ぬぞ!」と希望が降りてきた朝
「さぁ、死ぬぞ!」
笑えるかもしれないけれど、あれは本当に、希望だったのだと思う。
胸の中に、すとんと答えが降りてきた感覚だった。
遺書を書くか考えて、やめた。
他の人に迷惑をかけない場所と手段を、静かに考えた。
ホームセンターの開店を待ちながら、朝になった。
やっとこの苦しみから解放される。
そう思いながら、頭の中は不思議なほど静かだった。
追い詰められてじりじりと消えていくのとは違う。
出口を自分で選べる、という感覚。
透き通った空気を吸えるような、あの軽さ。
父に生かされていた頃、私は日々、生きているのに大して何も生み出せなくてごめんなさい、今日も無駄に生きてごめんなさい、とどこかで思っていた。
でも、死んではならない理由がないのだと気づいた時、ふと思った。
そもそも生きているということは、ただの状態なのかもしれない、と。
その思いつきは、軽いひらめきみたいにやってきた。
生きることも死ぬことも、全部が急に軽くなった。
肩の荷が、降りた。
生きていることは、ただの状態だ
生そのものに、最初から意味や価値がくっついているわけじゃない。
生まれた意味とか、自分の使命とか、そういう"正解"がどこかに用意されているわけじゃないのだと思う。
あるとしたら、自分で定めて、そこに置いていくことができるだけだ。
意味も価値もないなら、捨ててもいいし、自分で好きに作ってもいい。
そう思えた時、少しだけ生きることが軽くなった。
何か立派な理由がなくてもいい。
ちゃんと役に立てていなくてもいい。
生きているだけで、ずっと何かを返し続けなければいけないわけじゃない。
義務として生かされていた時よりも、よほど自由だった。
「いつでも死ねる」が、逆に生かしてくれた
今でも「いつでも死ねる」という感覚は、私の支えになっている。
それは絶望の証拠じゃない。
むしろ逆で、その選択肢がどこかに残されていることが、かえって私を自由にしてくれる。
どこかに最後の抜け道がある。
そう思えるだけで、少し呼吸がしやすくなる。
失敗しても、後悔しても、「どうせ死ねるんだから、やりたいようにやればいい」と思える。
生きることを強制されている時よりも、死ぬ自由が自分の手元にあると感じられる時のほうが、かえって自分の感情に忠実でいられることがある。
そういうことも、あるのだと思う。
生きる義務ではなく、生きることを選ぶ
「生きていたい」という気持ちを、私はまだうまく言葉にできない。
でもそれは今、生きることを諦めているということではない。
死ぬ理由を積極的に探しているわけでもない。
ただ、「死んではならない理由」と「生きる理由」は、別のものでいいのだと気づいた。
誰かを悲しませたくないから生きる、は、ときどき呪いになる。
自分を義務の道具にして生かされても、それは窒息するような生だ。
死んではならない理由がなくなったあの日の晴れやかさは、義務から解放されたからだったのだと、今なら思う。
そこからようやく、自分の足で地面を踏む感覚を取り戻していった。
生きる理由を「持たなければならない」ことはないのかもしれない。
ただ、今ここにいる。
それだけで、続けていける日もある。
「死なせてください」と土下座していた子どもが、今こうして言葉を書いている。
肩の荷が降りたあの朝の空気を、今でもときどき思い出す。
あれが、私の出発点だった。
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