人生を豊かにする中国古典の名言#75
【今回の名言】
千里の行も、足下に始まる
(読み:センリのコウも、ソッカにハジまる)
千里という長い道のりも、足元の一歩から始まるのだ、という意味。
つまり、小さなことを大切にしていくと、結果的に大きな成果をあげることができる、ということですね。
「コツコツ頑張ることで、やがて目標を達成することができる」というような意味合いの言葉はいくつかありまして、例えば、荀子にも以下のような言葉があります。
鍥んで之を舎けば、朽木も折れず、鍥んで舎かざれば、金石も鏤むべし
小さな努力を積み重ねることで、大きな目標も達成することができる、という意味。
荀子らしく、人間の努力の可能性を信じた素敵な言葉ですね。
一方で、今回の老子の言葉も「小さなことをコツコツやっていく」という点では似ているのですが、実は意味合いがちょっと異なります。
さて、一体どのように違うのでしょうか?
今回の章の続きを読んでみましょう。
老子は先ほどのような例をいくつか挙げた後、次のように語っています。
為す者はこれを敗り、執る者はこれを失う。
(読み:ナすモノはこれをヤブり、トるモノはこれをウシナう)
何か特別なことをしようとすると大失敗し、無理して手に入れようとするとそれを失ってしまう、と。
是を以て聖人は為すこと無し、故に敗るることも無し。執ること無し、故に失うことも無し。
(読み:ココをモッてセイジンはナすことナし、ユエにヤブるることもナし。トることナし、ユエにウシナうこともナし)
そのため、聖人は特別なことをしないから失敗することがなく、無理に手に入れようとしないから失うこともないのだ、と。
つまり、いきなり特別なことをしようとしたり、何かを無理やり手に入れようとしたりすると、物事はうまくいかずに失敗してしまう、ということですね。
これらの言葉を踏まえて、もう一度冒頭でご紹介した言葉を見てみましょう。
千里の行も、足下に始まる
(読み:センリのコウも、ソッカにハジまる)
老子は「一歩一歩努力を重ねていくことで、千里という長い道のりでも踏破することができる!」と言いたいわけではありません。
荀子のように「努力」に焦点を当てているわけではないからです。
ここで伝えようとしているのは、「余計な欲を出さず、当たり前のことを当たり前のように続けることの大切さ」です。
一歩ずつ当たり前のことを続けていくからこそ、大きな失敗をしたり、大事なものを失くしたりすることなく、前に進むことができます。
そうして歩み続けることで、気づけば遠いところまで到達することができるのです。
無欲に行動し、特別なことをしない(= 無為を為す)からこそ、自然と物事はうまくいくのだ、という老子らしい言葉と言えるでしょう。
とはいえ、これは老子と荀子のどちらが優れていて、どちらが劣っているといった話ではありません。
どちらも「小さなことを大事にしていく」という点では同じです。
努力を大事にする荀子と、自然体を大事にする老子。
それぞれが大切にしている要素が異なるので、ニュアンスが変わってくるのも当然のこと。
現代に生きる私たちとしては、その言葉からどのように前向きな力を得ることができるか、といった方が重要だと思います。
各々の好みもあるでしょうし、その時々の状況に応じて、心に響く言葉も変わってきます。
色々な言葉に触れていく中で、今の自分を支えてくれて、そっと背中を押してくれるような言葉を見つけていきたいですね。
【今回ご紹介した名言】
千里の行も、足下に始まる
(読み:センリのコウも、ソッカにハジまる)
こちらの言葉は、以下の回でも取り上げています。
ご紹介したのは一つの解釈に過ぎませんが、皆さんの気づきや学びになれれば幸いです。
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