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人生を豊かにする中国古典の名言#75

【今回の名言】

千里せんりこうも、足下そっかはじまる
(読み:センリのコウも、ソッカにハジまる)

『老子』六十四章

千里という長い道のりも、足元の一歩から始まるのだ、という意味。

つまり、小さなことを大切にしていくと、結果的に大きな成果をあげることができる、ということですね。


「コツコツ頑張ることで、やがて目標を達成することができる」というような意味合いの言葉はいくつかありまして、例えば、荀子にも以下のような言葉があります。

きざんでこれけば、朽木きゅうぼくれず、きざんでかざれば、金石きんせききざむべし

『荀子』勧学篇

小さな努力を積み重ねることで、大きな目標も達成することができる、という意味。

荀子らしく、人間の努力の可能性を信じた素敵な言葉ですね。

一方で、今回の老子の言葉も「小さなことをコツコツやっていく」という点では似ているのですが、実は意味合いがちょっと異なります。

さて、一体どのように違うのでしょうか?

今回の章の続きを読んでみましょう。

老子は先ほどのような例をいくつか挙げた後、次のように語っています。

ものはこれをやぶり、ものはこれをうしなう。
(読み:ナすモノはこれをヤブり、トるモノはこれをウシナう)

『老子』六十四章

何か特別なことをしようとすると大失敗し、無理して手に入れようとするとそれを失ってしまう、と。

ここもっ聖人せいじんすことし、ゆえやぶるることもし。ることし、ゆえうしなうこともし。
(読み:ココをモッてセイジンはナすことナし、ユエにヤブるることもナし。トることナし、ユエにウシナうこともナし)

『老子』六十四章

そのため、聖人は特別なことをしないから失敗することがなく、無理に手に入れようとしないから失うこともないのだ、と。

つまり、いきなり特別なことをしようとしたり、何かを無理やり手に入れようとしたりすると、物事はうまくいかずに失敗してしまう、ということですね。

これらの言葉を踏まえて、もう一度冒頭でご紹介した言葉を見てみましょう。

千里せんりこうも、足下そっかはじまる
(読み:センリのコウも、ソッカにハジまる)

『老子』六十四章

老子は「一歩一歩努力を重ねていくことで、千里という長い道のりでも踏破することができる!」と言いたいわけではありません。

荀子のように「努力」に焦点を当てているわけではないからです。

ここで伝えようとしているのは、「余計な欲を出さず、当たり前のことを当たり前のように続けることの大切さ」です。

一歩ずつ当たり前のことを続けていくからこそ、大きな失敗をしたり、大事なものを失くしたりすることなく、前に進むことができます。

そうして歩み続けることで、気づけば遠いところまで到達することができるのです。

無欲に行動し、特別なことをしない(= 無為を為す)からこそ、自然と物事はうまくいくのだ、という老子らしい言葉と言えるでしょう。


とはいえ、これは老子と荀子のどちらが優れていて、どちらが劣っているといった話ではありません。

どちらも「小さなことを大事にしていく」という点では同じです。

努力を大事にする荀子と、自然体を大事にする老子。

それぞれが大切にしている要素が異なるので、ニュアンスが変わってくるのも当然のこと。

現代に生きる私たちとしては、その言葉からどのように前向きな力を得ることができるか、といった方が重要だと思います。

各々の好みもあるでしょうし、その時々の状況に応じて、心に響く言葉も変わってきます。

色々な言葉に触れていく中で、今の自分を支えてくれて、そっと背中を押してくれるような言葉を見つけていきたいですね。


【今回ご紹介した名言】

千里せんりこうも、足下そっかはじまる
(読み:センリのコウも、ソッカにハジまる)

『老子』六十四章

こちらの言葉は、以下の回でも取り上げています。

ご紹介したのは一つの解釈に過ぎませんが、皆さんの気づきや学びになれれば幸いです。

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前回の名言はこちら👇

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