RCサクセション 『RHAPSODY』 ─愛し合ってるかい?─針を落とせば、あの夜が蘇る
記憶の針を落とす Vol.9
針を落とすと、あの夜のざわめきがゆっくり目を覚ます。
拍手が渦を巻き、清志郎の声が、まだ若かった自分の胸をもう一度叩く。
1980年―音楽が一気に洗練へ向かいはじめた時代に、RCサクセションはその逆を選んだ。
磨かれた音でも、整えられた言葉でもない。
ただむき出しの衝動と、客席を巻き込んで膨らんでいく声。
『RHAPSODY』は、その夜のざわめきと歓声まで閉じ込めた一枚。
私が初めてRCサクセションを見たのは、客席ではなかった。
コンサート警備員のアルバイトとして、会場の端に立っていた。
そのときのあの衝撃が、今でも針を落とすたびに胸の奥で蘇る。
RCサクセション 『RHAPSODY』という事件

私が高校生の頃、バンド少年だったことはVol.2で書いた。
当時の地方都市では、アマチュアながらバンドをやっていると、ちょっとした“特権”があった。
コンサート警備員のアルバイトなどがそれだ。
ある日、「ユー・メイ・ドリーム」がヒットチャートを賑わせ、人気絶頂だったシーナ&ロケッツのコンサートで警備員を募集しているという話が舞い込んできた。
コンサートの警備は、演奏を生で聴けるチャンスでもある。
断る理由などない。私はすぐに手を上げた。
そして、コンサートの当日。会場は、私の中学校の卒業式が行われた仙台電力ホールだった。
その日のオープニング・アクトで登場したのが、まだ私の地元では無名だった RCサクセション。バンド仲間たちの間でも話題にすら出てこなかったバンドだった。
彼らがステージに現れた瞬間、空気が変わった。
1曲目の「よォーこそ」のイントロが始まると、客席のあちこちで人が立ち上がる。最初は前の方だけだったはずが、その波はすぐに後ろへ広がっていった。
警備をしていた私たちにも、思わず緊張が走った。
圧倒的なエネルギーが、ステージからこちらへ向かって押し寄せてくる。
音が大きいというだけではない。声も、ギターも、バンド全体が、まるで客席をつかみにかかっているようだった。
数曲が進むうちに、ひとり、またひとりとステージ前へ近づいていく。
その動きは、もう誰かが止められるものではなかった。
会場全体が、一気に沸点を超えていく。
「え、なにこれ……」
観客を鎮めることなど不可能な状態。私たち、アルバイトの警備員は、何もできないまま立ち尽くすしかなかった。
その夜、メインのはずだったシーナ&ロケッツの演奏は、正直まったく記憶に残っていない。
それほどまでにRCサクセションの衝撃は強烈だった。
そして、その数ヶ月後に彼らが放ったアルバムこそが――『RHAPSODY』だ。
洗練の時代に、むき出しの鼓動
1980年前後、日本の音楽シーンは転換期を迎えていた。
テレビをつければ松田聖子や田原俊彦など、アイドルの全盛期。
一方で、山下達郎、大滝詠一らが生み出したシティポップが都会的なサウンドを確立し、YMOはテクノ・ポップで世界へ飛び出した。
同時にカシオペアや高中正義が牽引したフュージョン・ブームも勢いを増していた。
日本の音楽は一気に洗練され、“世界と渡り合える”時代の風が吹いていた。
そんななかで、RCサクセションは別の道を突き進んだ。
彼らが鳴らしたのは、洗練ではなく、汗の残る鼓動。
RCの音は、洗練とは別の方向に研ぎ澄まされていた。
ステージで火花を散らすような音と声。ソウルとロックと日本語がぶつかり合い、ジャンルの壁を突き破って血のように熱いリズムが流れていた。
熱を編集しなかったアルバム
私が直撃を受けたあの夜の熱をそのまま封じ込めたのが、このアルバム『RHAPSODY』だ。
録音は1980年4月5日、東京・久保記念講堂(クボコー)。
キャパ1,000人ほどのホールに詰めかけた観客の熱を、そのままレコードに刻み込んだ。通常ならミスやノイズを編集で消すものだが、清志郎は「ライヴそのままで出そう」と主張したという。
歓声、MC、音の揺れ――
すべてが“RCという生き物”の呼吸になった。
スタジオで磨かれた音ではなく、血と汗の跡がそのまま残るサウンド。
『RHAPSODY』というタイトルには、即興と生命力、そして“生きたロック”への信念が込められている。
それは、長くくすぶってきたバンドが、ようやく自分たちの形で時代をつかんだ瞬間でもあった。
RCサクセションはこのアルバムで、一気に表舞台へ躍り出た。
ステージと客席がひとつになる瞬間
1曲目の「よォーこそ」は、リズミカルな演奏に乗せながらメンバー紹介をしていくオープニングナンバーだ。ただの挨拶ではない。
リンコのベースがシンプルなR&Bのリフを繰り返し、そこに一人、また一人と楽器が重なり、バンドの『骨組み』が目の前で組み上がっていく。
かつて、キング・カーティスがライブのオープニングでやっていた手法を取り入れ、それを日本のロックに昇華させた。
オープニングから聴き手の期待感を否応なしにビルドアップさせていく。
清志郎のアジテーションとともに、始まってすぐにステージと客席が一体になっていく。
バラード曲「ラプソディー」では、観客の歓声が静まり返り、清志郎の声がホールに染み渡る。
その瞬間は、何度聴いても胸を締めつけられる。
そして「雨あがりの夜空に」は、RCサクセションを象徴する代表曲だ。
この曲のコール&レスポンスがこれほど人を熱狂させるのは、単に大声を出させるからではない。
清志郎が声で煽ると、チャボのギターがすぐ横から叫び返す。
あれは伴奏ではなく、もう一人の声だった。
この歌とギターの緊密な会話に、観客の歓声が3つ目のピースとしてカチリとはまることで、会場のボルテージは必然的に頂点へと達する。
このライブを支えたメンバーは、仲井戸“CHABO”麗市(G)、小林和生“リンコ”(Ba)、新井田耕造(Dr)、G2(Key)。
そこに小川銀次のギター、梅津和時のサックス、金子マリのヴォーカルが加わり、いわば“5人+3人の黄金期RC”だ。
それぞれが異なるルーツを持ちながら、同じ熱を共有していた。
ジャンルやスタイルを越えて、音がぶつかり、ひとつの塊になっていく。
その瞬間のうねりこそ、『RHAPSODY』に刻まれた真実だ。
清志郎の声は、まだ刺さっている
2009年、忌野清志郎が逝ってしまった。
ニュースを知ったとき、私はしばらく何もできず、レコード棚から『RHAPSODY』を取り出して針を落とした。
スピーカーの向こうで清志郎が叫んでいる。
「愛し合ってるかい?」
40年近く経った今でも、その声は胸の奥に刺さったままだ。
2005年、清志郎が逝くすこし前に、 『RHAPSODY NAKED』というアルバムがリリースされた。
編集でカットされたMCや曲間の空気まで復元した、あの夜の完全版だ。
あの夜をもう一度、丁寧に封じ直した一枚だった。
いま聴くなら、私はこの完全版にも針を落としてほしいと思う。
カットされた曲間の空気まで含めて、体温がそのまま残っているからだ。
記憶の針を落とす
あのとき警備員として会場の端に立っていた自分が、いまは“記憶の針”を落としながら、その夜の光景をもう一度なぞっている。
『RHAPSODY』は、私にとってロックが“生き続けている”ことを教えてくれた一枚だ。
あなたにも、何かを教えてくれた一枚はありますか。
針を落とすたびに、久保講堂の空気が再び震え出す。
その振動は、いまでも耳の奥で鳴り続けている。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
この音が、どこかあなたの記憶にも響いたなら──
「スキ」や「フォロー」で教えてください。
その小さな共鳴が、次の音を紡ぐ力になります。
※本記事はアフィリエイトリンクを含みます。
✒筆者関連シリーズ
もし、筆者に興味があれば、こちらもご覧ください。
→「記憶の前で ― 入門篇」
前回の記事: Vol.8 萩原健一『DONJUAN LIVE』
次の記事 : Vol.10|―ステレオからウォークマン、そしてiPodへ
いいなと思ったら応援しよう!
共感でも、違和感でも。
何かが残ったなら、それで本望です。
サポートは次の一行のために。