ビートルズからクラプトン、そしてホテル・カリフォルニアへ
記憶の針を落とす Vol.37
最初にレゲエを聴いたとき、それがどこの国の音楽なのか、私はたぶん意識していなかった。
ただ、身体が少し横に揺れる。それだけで、もう十分だった。
前回は、エリック・クラプトン『461 Ocean Boulevard』を、彼が音楽との距離を取り戻していくアルバムとして聴いた。
その中で、ひときわ不思議な位置に置かれていたのが、「I Shot the Sheriff」だった。
クラプトンにとっては、無理をしない音楽へ戻るための一曲。
けれど音楽史の側から見ると、それはレゲエがロックの中へ静かに入り込んだ瞬間でもあった。
ロックを揺らしたジャマイカのリズム
では、その“揺れ”は、どこから来たのか。
今回は、ジャマイカのリズムが、ビートルズ、クラプトン、そして「Hotel California」へと流れていく道をたどってみたい。
レゲエは、最初から世界の音楽だったわけではない。
もともとは、カリブ海に浮かぶジャマイカという小さな島で、人々の生活とともに鳴っていた音楽だった。
アフリカから連れてこられた人々の記憶、
ヨーロッパから持ち込まれた音楽、
アメリカからラジオに乗って届くR&Bやジャズ、
そして島の中で育っていった独自のリズム。
そうしたものが混ざり合い、ジャマイカの街角やダンスホールの中で、ひとつの音楽が形になっていく。
そこから生まれたのが、スカだった。
東京スカパラダイスオーケストラの音楽、と聞けばイメージできる人も多いと思う。
スカは速く、明るく、前へ進む音楽だった。
跳ねるようなリズムには、身体を動かすことをためらわせない力があり、そこには考えるより先に踊り出してしまうような勢いがあった。
だが、そのスカはロックステディを経て、少しずつテンポを落としていく。
音楽の重心は、前へ前へと進む場所から、少し後ろへ移り、リズムは急がなくなる。
音と音の間に余白が生まれ、前に突き進むのではなく、横に揺れはじめる。
その揺れが、やがてレゲエと呼ばれるようになる。
踊る音楽から、考える音楽へ
スカが踊るための音楽だったとすれば、レゲエは、立ち止まりながら身体を揺らす音楽だったのかもしれない。
もちろん、レゲエも身体を動かす音楽である。
ただ、その揺れは、明るく弾むだけでは終わらない。
テンポが落ちたことで、その余白に言葉が入り込むようになった。
言葉が入り込むことで、生活の匂いや、怒りや、祈りのようなものが、少しずつ音の中に滲み出していった。
レゲエは、ただ踊るための音楽から、考えるための音楽へと変わっていく。
そこに大きな声を与えたのが、ボブ・マーリーだった。
彼の歌には、怒りがある。
しかし、それは怒鳴り声ではない。
訴えはあるが、それを無理に前へ押し出すこともしない。
貧困、差別、政治、宗教。
本来なら、強い言葉で語られがちなものを、彼はあの独特の揺れの中に置いた。
闘争は、スローなビートに包まれる。
だからこそ、その言葉は説教のようには響かなかった。
いつの間にか身体の中に入り込み、リズムと一緒に残っていく。
先にロンドンに届いたリズム
ジャマイカは、長くイギリスの植民地だった。
そのため、ジャマイカのリズムは、アメリカよりも早い段階でロンドンに届いていた。
移民の暮らしとともに音楽が渡り、カリブ海のリズムは、ロンドンの街の中で少しずつ鳴り始めていた。
その流れが、ポップソングの中に顔を出した最初期の例が、ビートルズの「Ob-La-Di, Ob-La-Da」だった。
この曲に、政治的な主張はない。ジャマイカの歴史を背負っているようにも聴こえない。
ただ、楽しそうに鳴っている。
だが、その軽さこそが重要だった。
スカのリズムはここで、説明も翻訳も必要としない「気持ちいいノリ」として、世界中の耳に届いた。
人は、意味を理解する前に、身体で音を受け取る。
理屈で納得するよりも先に、足が動き、肩が揺れ、耳が反応する。
ジャマイカのリズムは、まず思想としてではなく、身体の感覚としてロックの中へ入っていった。
クラプトンが広げた扉
すでに開き始めていたその扉を、ロックの大衆的な聴衆に向けて大きく広げた一人が、クラプトンだった。
クラプトンは『461 Ocean Boulevard』で、ボブ・マーリーの「I Shot the Sheriff」を取り上げる。
この曲は全米1位になり、レゲエは遠くの島で鳴っている音楽ではなく、ロックを聴く人たちの耳にも自然に入ってくる音楽になった。
ここで大事なのは、クラプトンがレゲエを“紹介しすぎなかった”ことだろう。
彼は、レゲエとは何かを説明したわけではない。
異文化として大げさに持ち上げたわけでもない。
自分のアルバムの中に、ひとつの曲として、静かに置いた。
その置き方がよかった。
彼の「I Shot the Sheriff」は、ブルースやロックの流れの中にありながら、少しだけ重心の違う音楽として、自然にそこに存在していた。
ロックの文脈の中で、レゲエは異物としてではなく、ひとつの揺れとして聴かれた。
この時、ジャマイカのリズムは、ロックの中へ静かに入り込んだ。
ボブ・マーリーの原曲と、クラプトンのカバーで聴き比べてみてほしい。
同じ「I Shot the Sheriff」でも、マーリーの歌にはジャマイカの生活と緊張があり、クラプトンの演奏には、ロックの耳がレゲエを受け取った瞬間のような柔らかさがある。
同じ曲が、場所を変え、歌い手を変えることで、音楽の意味まで少し変わって聴こえてくる。
▶ Bob Marley & The Wailers『Burnin’』
▶ Eric Clapton『461 Ocean Boulevard』
そして、アメリカ西海岸へ
ここから先は、一本の直接的な系譜というより、同じ時代のポピュラー音楽に広がっていった“揺れ”の反響として聴いてみたい。
カリブ海からイギリスへ、そして、イギリスからアメリカ西海岸へ。
その後、レゲエ由来の揺れは、さまざまな形でロックやポップスの中に溶け込んでいく。
それは必ずしも、誰が聴いても「これはレゲエだ」と分かるような形とは限らない。少し後ろに重心を置いたビート、前に出すぎないドラム、音と音の間にある余白、そうした感覚として広がっていった。
例えば、スティーリー・ダンの「Haitian Divorce」に漂う、少し後ろに引いたような“間”。そして、ボズ・スキャッグスの「Lowdown」にある、都会的で湿った揺れ。
そこではもう、レゲエは異文化として意識されていない。西海岸の洗練された音の中に、自然になじんでいる。
そして、その感覚がひとつの完成形として現れたのが、イーグルスの「Hotel California」だ。
ドン・フェルダーがマリブの家で作った初期デモを聴いたドン・ヘンリーは、その曲を「メキシカン・レゲエ」と呼んだという。実際、その呼び名は「Hotel California」が完成する前の作業タイトルとして使われていた。
この曲には、レゲエの構造がかなりはっきりと感じられる。
裏打ちの感触、ドラムの置き方、ビートの重心。
しかし、哀愁をおびたメロディやギターの響き、西海岸ロックの乾いた質感の中に包み込まれることで、曲全体の印象は、ジャマイカのリズムそのものではなく、深い哀愁へと変わっていく。
イーグルスは、レゲエ由来の裏拍と余白を、西海岸の乾いた退廃と黄昏の感触へ変えた。
音楽は、先に鳴っていた
私は、ビートルズを聴きながら、すでに黒人音楽を聴いていた。
もちろん当時は、人種の歴史を理解していたわけではない。
アメリカ南部のことも、ジャマイカのことも、レゲエの背景も知らなかった。
ただ、音楽として気持ちよかった。身体が先に反応していた。
その延長線上に、クラプトンがいて、レゲエがあり、西海岸のロックの揺れがあっただけだ。
復活と呼ばれるもの、差別と名付けられるもの、原点とされる場所。
そうした言葉は、すべて後から整理されたものだったのだと思う。
音楽は、それより先に鳴っていた。
耳は、意味を理解する前に、その音を受け取っていた。
ジャマイカの小さな島で生まれたリズムは、ロンドンへ渡り、クラプトンを通って、アメリカのロックの中へ流れ込んでいった。
その途中で、レゲエの揺れは、クラプトンにとって音楽へ戻るためのリズムにもなった。前に出すぎず、急がず、無理をしない。その速度が、『461 Ocean Boulevard』での復活と重なったのだろう。
音楽の歴史は、教科書のように順番通りには進まない。
ある日、知らないリズムが身体に入り込む。
意味は、あとから追いついてくる。
あなたの中にも、意味を知る前に身体が覚えていたリズムはないだろうか。
次回は、その存在自体が名曲を生み出したパティ・ボイドについて書いてみたい。
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