“1メートルを走る”世界最短レースの熱狂─NIKE ONE FOOT(2007)
仕事場の記憶 Vol.2
わずか1メートルのレース。
世界記録保持者が、たった1メートルで大学生に負けた。
その瞬間、会場は笑いと歓声に包まれた。
悔しそうに笑うアサファ・パウエルの顔を、私は今でも覚えている。
そもそも、なぜ大人たちは“1メートルだけ走るレース”を本気で作ったのか。
このONE FOOTは、私のキャリアの中でも特に人の記憶に残り続けた。
だからこそ、企画誕生から実施までの工程を、あえて詳しく記録しておきたい。
これは単なる“イベントの舞台裏”ではなく、
私自身の「仕事の反発力」が試された現場でもあった。
超短距離走1m選手権 NIKE ONE FOOT(2007年8月)
実施の背景
2007年。大阪で世界陸上が開催された年。
ナイキが掲げたキャンペーンテーマは「反発力」。
そして、そのキーワードを象徴するコピーが
――「必殺クイック」。
スポットが当てられた「ZOOM AIR」は、
衝撃吸収力と反発力を併せ持つナイキ独自のクッショニングシステム。
ランニング、サッカー、バスケットボールなど、
スピードを武器にするアスリートたちのために開発されたテクノロジー。
“踏み出した一歩が、どれだけ強く自分を押し返すか”を体感させること。
それこそが、このキャンペーンの目的であり――
世界最短のレース「NIKE ONE FOOT」が生まれた理由だった。
なお「必殺クイック」のクリエイティブはW+Kが担当した。
「1メートル」はどう生まれたのか──距離の検証

企画の出発点となったのは、イマジナティブ社が提案した「電話ボックスのような狭い空間を参加者が通り抜け、その瞬間を写真に残す」という体験型アイデアだった。
そこから「よりスポーティに」「瞬間の速さを競わせてみよう」という議論に発展し、短距離レースという方向へと進化していった。
「どれくらいの距離が“ちょうどいい一歩”なんだろう?」
企画の初期段階では、誰もその答えを持っていなかった。
まずは30cm。
これは少し体格の大きな人が、スターティングポジションを取っただけで頭が突き出てしまい、却下。
次に50cm。
これも短すぎて計測が難しい。
では1m。
ちょうどよい感覚に思えたが、
「もう少し試そう」という声が上がる。
1.5m。
今度は少し間延びしてしまった。
――結局、
“1メートル”が最も直感的で、キリが良く、誰にでも伝わる距離だった。
当時、天王洲アイルにあったナイキジャパン本社の会議室。
大の大人たちが集まり、メジャー片手に何度もスターティングポジションを取りながら、床にテープを貼っては「もう一回」と繰り返す。
傍から見れば滑稽な光景だ。
けれどこれこそが企画の核心だと思っている。
面白いアイデアを出すことではなく、ブランドの言葉を人が身体で理解できる体験に変えるために、何度も床を這いつくばる。
笑いと真剣さが交錯するその光景こそ、クリエイティブの現場だった。
計測システムをつくる──BASICからFlashへ
距離が決まった次の課題は、“どう正確に測るか”。
当初はスタートラインとゴールラインに赤外線センサーを設置し、
その時間差を計測するという発想だった。
だが、センサーの数、取付位置、イベント中の耐久性、安全性、スターティンググリッドの固定方法、エントリー管理、結果表示など、考慮すべき要素は多岐にわたった。
NIKEと同じく天王洲に本社を置く大手システム会社にも協力を依頼。
しかし、システム構築にはBASIC言語での開発が必要ということがわかり、断念。
最終的に、イマジナティブ社がFlashを使って独自の計測プログラムを開発。
1万分の1秒まで計測可能な高精度システムが完成した。
タイトルも正式に「超短距離走1m選手権 ONE FOOT」に決定。
テクノロジーと遊び心が共存する、まさにナイキらしい体験設計だった。
プレ展開──原宿と大学キャンパスに現れた“1メートルの舞台”
大阪での本格実施を前にテストも兼ねて東京で先行開催を行う事になる。
最初に選ばれた会場は、原宿KDDIデザイニングスタジオ。
竹下通りと明治通りの交差点に位置する、当時の最先端デジタル体験施設だ。
ONE FOOTの会場は、その建物の奥。
通行人からは見えない屋内空間に特設レーンを設け、
光と音、そして計測システムを組み合わせた“1メートルの舞台”が誕生した。
参加者は館内を訪れた一般来場者。
受付で登録し、スタートラインに立つ。
その瞬間、静かな緊張と期待が空気を変える。
原宿で密かに行われたこの“超短距離走”は、知る人ぞ知るナイキの実験的プロジェクトとして記憶に残ることになる。

さらにこのプレイベントは、東京大学駒場キャンパス、明治大学駿河台キャンパスへと巡回。
それぞれ数日間の実施で、学生たちに“反発する一歩”を体験してもらう。
これらの試みは、のちの大阪での本番展開(メインプロモーション)に向けた検証と話題づくりの意味を持っていた。

プレ展開で得られた実感は、
「競技としてのわかりやすさ」
「極端な短距離のため体力差が結果に影響しにくい」
「誰もが世界記録を狙える」など、
参加者のモチベーションが得やすいという事。
そのためONE FOOTはどこで開催しても大盛況で、参加希望者が次から次へとやってきた。
演出──“反発の一瞬”を見える化する
わずか1メートルの距離の中に、
ZOOM AIRの「反発力」と「瞬発性」をどう表現するか。
「On your marks」
「get set」
「go!」のナレーション。
「get set」と「go!」の間隔はランダムに時間がずれるように設定した。
単調なリズムを避け、参加者の集中と反応速度を試す狙いがあった。
「go!」の合図と同時に、コース上に設置したデジカメがシャッターを切る。
出場者の“瞬間”を一枚の写真として記録し、その画像と1メートルのタイムがプリントされた記録カードをその場で手渡した。
テクノロジーと人の動きが完全にシンクロする演出。
一歩の中に、“反発”という感覚を残す仕組みだった。
大阪本戦──街の中に現れた1メートルの舞台
大阪での本番会場は、2005年に心斎橋にオープンしたNIKE OSAKA(※2024年に閉店/移転)と、その近くのアメリカ村にある商業施設BIG STEPの2カ所。
NIKE OSAKAでは8月25日〜9月2日、
2Fのガラス窓に面したスペースにコースを設置。
BIG STEPでは8月29日〜31日、1F階段の踊り場スペースで実施された。



どちらの会場も連日多くの参加者で賑わい、東京でのプレ展開を上回る盛り上がりを見せた。


特に印象的だったのは、陸上部出身の参加者たちの熱量である。
陸上競技は広いフィールドを必要とするが、このイベントは街中で、誰でも気軽に挑戦できる。
それが彼らの体育会魂に火をつけた。
一度走った結果に納得できず、いったん帰宅して陸上部のユニフォームに着替えて再挑戦する姿もあった。
世界最速の男も挑戦
さらに、陸上競技の世界大会で来日していた、ジャマイカ代表のアサファ・パウエル選手(当時100m世界記録保持者)やUSA代表アスリートたちも会場を訪れ、挑戦してくれた。
パウエル選手が来ることは、事前にNIKEの担当から聞かされていた。
「えっ、まさか」
驚きと期待が入り交じる。だが同時に、不安もあった。
世界最速の男が1メートルを走る。
圧倒的な差をつけられたら、参加者たちの熱が冷めないか。
そんなことが頭をよぎった。
しかし結果は、予想のまったく外側にあった。


——まさかの一般大学生に敗北。
悔しそうに笑うパウエル選手の姿が、今でも忘れられない。
結末──ナイキ本社への招待、そして“その後”
東京と大阪での参加者の中から、
優秀成績者5名がアメリカ・オレゴン州のナイキ本社(NIKEキャンパス)に招待された。
わずか1メートルから始まったこのレースが、参加者を世界へとつなげる“夢の一歩”となった。
そして後日談。
どこで聞きつけたのか、「ONE FOOT」という名のアーケードゲームが登場した。
特許を取っていたわけではないが、
「一言ぐらいあってもよかったのでは?」と苦笑したのを覚えている。

さらに10年後。
ナイキジャパンを通じて再び問い合わせがあり、日本テレビ系「嵐にしやがれ」でONE FOOTを再現することに。
当時の造作図面を日テレに提供し、イマジナティブ社のスタッフがスタジオに出向いてシステムを再構築した。
嵐のメンバーがスタジオで1メートルを全力疾走する姿を見て、あの日の熱が再び蘇った。
まとめ──1メートルが、記憶の距離になった
1メートルという、ほんのわずかな距離。
けれどその一歩の中に、前へ進むための力が確かにあった。
嵐のメンバーが1メートルを全力疾走する姿を見たとき、あの日の熱が蘇った。企画は、作った人間が忘れても、走った人間の身体に残る。
それがこの仕事の、一番静かな報酬だと思っている。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
光と音の交差点で生まれた、
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✒筆者関連シリーズ
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