見出し画像

想い出は、モノクローム。──大滝詠一『A LONG VACATION』


記憶の針を落とす Vol.40


青いジャケットのある部屋


1981年、私は高校3年生だった。

その夏、友人の家を訪ねると、どの家でも同じアルバムが流れていた。

大滝詠一の『A LONG VACATION』。

大滝詠一『A LONG VACATION』(1981)

誰か一人だけが持っていた、という記憶ではない。どの家にも、あの青いジャケットが置かれていた。

プールサイド、椰子の木、少し陰りを含んだ空。
その下で、プールの水だけが鮮やかな青を放っていた。
永井博が描いた風景は、私たちの暮らしていた場所とはまるで違っていたが、そこには誰もが思い描く夏があった。

レコードに針を落とすと、ポーン、ポーンとピアノのチューニング音が数回流れる。ドラムスティックが刻むカウントに続いて、「君は天然色」のイントロが流れ出す。

華やかな音が部屋いっぱいに広がり、窓の外の光まで強くなったように感じた。

原付バイクにまたがり、友人の家へ行く。何を話していたのかは覚えていないが、あのアルバムが流れていた部屋の空気は、今でも思い出せる。

『A LONG VACATION』は、いまでは夏を象徴するアルバムの一枚として知られている。けれど、発売日は1981年3月21日。仙台では、まだ冬物の上着を手放せない季節だった。


夏を待たせた人


このアルバムは、もともと前年、大滝の誕生日にあたる7月28日に世に出る予定だったという。

夏の風景を描いたジャケットに、『A LONG VACATION』というタイトル。そこにあるのは真昼の夏というより、長い夏の気配だった。しかし、その鮮やかな風景の裏に、あるドラマがあったことを、私は後になって知る。

制作の途中、作詞を担当していた松本隆は、最愛の妹を亡くす。

「突然、目の前の景色から色が消えた。」

松本は、のちのインタビューでそのときの感覚をそう振り返っている。

(色を失った世界)
青山で生まれ育った松本隆は、慣れ親しんだ
「渋谷の景色」がモノクロームに見えたと語っている。

彼は言葉を書くことができなくなり、仕事を断った。もちろん、大滝詠一のアルバムも例外ではなかった。

アルバムは完成へ向かっていた。作詞家を替えれば、夏という季節を逃さず、会社の販売計画にも間に合ったはずだ。

しかし大滝は、「君の詞じゃないとだめだから、半年でも1年でも待つ」と松本に伝える。
発売予定だった夏が過ぎ、秋から冬へ季節が移っても、彼が選んだのは作品を予定どおり完成させることではなく、松本隆の言葉が戻るのを待つことだった。

いまの私なら、同じ判断ができるかどうか自信はない。商業的には、相当な賭けだったと思う。

当時の大滝詠一は、長い間ヒットに恵まれていなかった。
「はっぴいえんど」は、いまでこそ日本語ロックの原点として称賛されているが、当時その音を聴いていたのは、ごく一部の音楽ファンに限られていた。商業的な成功とは、まだ遠い場所にあった。

その後、細野晴臣はYMOで時代の先端を走り、松本隆は作詞家としてヒットを重ねる。鈴木茂もスタジオワークやソロの世界で存在感を示し、山下達郎は「RIDE ON TIME」でブレイクする。かつての仲間や後輩が次々と時代の表舞台へ出ていくなか、大滝だけが大きな成功をつかめずにいた。

『A LONG VACATION』は、大滝にとって後がない一枚だった。
それでも大滝は、発売を延期して松本を待つ。


色を失った言葉に、音が光を灯す


そして松本隆は、ようやくペンを取る。

アルバムの1曲目は「君は天然色」。
そこに、「想い出はモノクローム 色を点けてくれ」という言葉が置かれた。

「日本版ウォール・オブ・サウンド」と呼ばれた華やかな音の洪水の中で、一つひとつの楽器が強い光を放っている。

妹を亡くし、目の前の景色から色が消えた松本隆が、再び言葉を書く。
その喪失は、直接的な悲しみではなく、モノクロームの想い出として歌の中に現れる。

大滝詠一は、その言葉を眩しいほど鮮やかな音で包む。夏を逃してまで松本を待った時間が、曲の華やかさの奥に深い陰影を残した。

「君は天然色」がアルバムの扉を開くと、その先で、アルバムの風景は少しずつ表情を変えていく。
「カナリア諸島にて」の「夏の影」は遠い島の時間を運び、「雨のウェンズデイ」の「菫色」の雨は、鮮やかな季節に静かな陰りを落とす。
そして「さらばシベリア鉄道」で、風景は突然、雪の北国へと切り替わる。「悲しみの裏側に何があるの」と問いかけながら、青い空や海を巡ってきたアルバムは、言葉にできなかった恋ごと白い冬の中へ消えていく。

『A LONG VACATION』に閉じ込められているのは、真昼の眩しい夏だけではない。夕暮れも、雨も、遠い島への憧れも、伝えられなかった愛の終わりも含んだ、長い休暇そのものだった。


遅れてきた夏


このアルバムは、発売後すぐに売れたわけではない。

当初、「君は天然色」は、カネボウ化粧品の1981年春のキャンペーンソングに起用される話が進んでいたという。当時の化粧品キャンペーンは、テレビCMと音楽が一体となり、数々のヒット曲を生み出していた。

矢沢永吉「時間よ止まれ」、ツイスト「燃えろいい女」、布施明「君は薔薇より美しい」、桑名正博「セクシャルバイオレットNo.1」……。

このタイアップは、レコード会社が用意した最大級の援護射撃だった。

しかし、正式採用の条件として、歌詞を化粧品向けに変更することが求められる。
大滝はその条件を断り、松本が書いた言葉を守った。

3月の発売当初、アルバムは大きな注目を集めず、このまま埋もれてしまうかに見えた。その春、仙台はまだ肌寒く、私はこのアルバムの存在すら知らなかった。

ところが数か月後、ロート製薬が「君は天然色」を目薬のCMに起用する。今度は、歌詞も音もそのまま。
季節はちょうど夏を迎え、『A LONG VACATION』は、あの風景の中へ一気に溶け込んでいく。

当時、誰の家に遊びに行っても、繰り返し流れていた。発売日が夏ではなかったことなど、誰も気にしていなかった。むしろ、春に発売されたからこそ、夏が来るまでにアルバムは私たちの中へ入り込んでいたのかもしれない。


音楽が風景になった頃


この頃、音楽の聴かれ方も変わろうとしていた。カーステレオの性能が向上し、1979年にはウォークマンが登場した。音楽は、音質を大きく損なうことなく、部屋の外へ持ち出せるようになった。

レコードそのものを海へ持っていくことはできない。しかし、カセットテープに録音すれば、車の中でも、街の中でも、海辺でも聴くことができる。

音楽は、部屋の中で正面から聴くだけのものではなく、風景とともに連れ歩くものへと変わっていった。『A LONG VACATION』の鮮やかな音は、その変化にぴたりと重なる。

永井博が描いたジャケットは、遠い外国のリゾートを眺めるための絵ではなく、その風景の中へ自分たちが入っていくための入口になった。

翌年の山下達郎『FOR YOU』もまた、冬に発売されながら夏の風景と結びついていった。音楽が部屋を出て、風景とともに聴かれ始めた。


あの部屋に、夏は残っている


アルバムの発売が夏から翌春へ延期されたこと、そしてその裏に、一人の作詞家が言葉を取り戻すまでの葛藤があったことなど、当時の私は知る由もない。
ただ、「君は天然色」が流れれば、それだけで胸が高鳴り、部屋の空気まで変わって、窓の外に青い空が広がるように感じた。

誰にでも、タイトルを聞いただけで、もう戻れない部屋の光までよみがえる一枚があるのかもしれない。

高校3年の私にとって、あの曲は夏そのものだった。
当時は、「モノクローム」を古い写真のことだと思っていたが、その言葉には、もっと深い喪失が置かれていた。
いまでは「想い出はモノクローム」という言葉が、以前とは違って聞こえる。

私の記憶の中では、今もあの頃の友人の部屋で「君は天然色」が流れ、窓の外には夏の光が差している。
誰かがレコードを裏返そうとしているが、あのときの会話は、もうほとんど思い出せない。
それでも、音楽があの部屋に残した夏の光だけは消えない。

「想い出はモノクローム 色を点けてくれ」








この翌年、山下達郎の音楽もまた、夏の風景と結びついていった。けれど、そのイメージは『FOR YOU』より前に、一本のカセットの中ですでにつくられていた。
👉 山下達郎『COME ALONG』——夏は、カセットの中につくられていた


このアルバムは今も色あせない。


※この記事にはアフィリエイトリンクが含まれます。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
この音が、どこかあなたの記憶にも響いたなら──
「スキ」や「フォロー」で教えてください。
その小さな共鳴が、次の音を紡ぐ力になります。


🎧合わせて読みたい

『A LONG VACATION』の翌年、松本隆の言葉は、別の夏のアルバムにも流れていた。松田聖子『Pineapple』を、いまになって聴き直した話はこちら。


✒関連シリーズ

このnoteでは、音楽のほかに、仕事、、社会や歴史についても書いています。題材は異なりますが、いずれも、目に見えている出来事の奥にある理由や構造をたどる記録です。

🎨「仕事場の記憶」シリーズ扉へ
広告やイベントの現場で、アイデアがどのように形になり、人の心を動かす体験へ変わったのかを記録しています。
企画、構成、台本、演出、運営など、完成した風景の裏側にあった仕事の話です。

👁️「世の中おかしい」シリーズ扉へ
歴史や社会の中で当たり前になっている説明を、別の角度から見直すシリーズです。誰かを批判するためではなく、その説明がどこから生まれ、誰の視点で語られてきたのかを、自分なりに確かめています。

🌙 音と記憶の間に ― ひとりごとの記録(マガジン)へ
日常の中でふと引っかかった言葉や、心に残った小さな違和感から書き始めるシリーズです。身の回りの出来事を扱った短い文章もあれば、そこから文化や社会、歴史へと考えが広がっていく記事もあります。

もし、筆者に興味があれば、こちらもご覧ください。
→「記憶の前で ― 入門篇」

いいなと思ったら応援しよう!

浅川幸三 | クリエイティブプロデューサー 共感でも、違和感でも。 何かが残ったなら、それで本望です。 サポートは次の一行のために。