「まず苦労から」は真理ではない | 今ここを綴る 013
昨日よりも心身の波を感じることなく、お仕事も終えられました。
そして、今日は手放したい大きな思い込みに気付く一幕も。
先日から話題に挙げている外側での変化のひとつが関係しています。
:::::::::::::::::::::
現在、社内で「この企画、担当したい方がいたらご連絡ください」という案件が共有されているのですが、
ふと「あれ?これ、私がやりたいことなのでは…?」と気になったのでした。
本来は別の部署が担当する案件の可能性が高いのですが、そこでどなたも拾うことがなければ、手を挙げていいもののはずです。
これまで似たような案件が共有されていた時は、そうしたアンテナが伸びなかったのですが、今回は「私もこれに反応していいのだ…!」と自分に許可を与えられたのです。
まずは、そのことだけでも大きな一歩でした。
:::::::::::::::::::::
ただ、先述のように本来であれば別の部署の管轄に当たるであろう案件ですし、場を乱すような声は挙げたくない…。
これはひょっとしたら「自分が望みを述べることで事を荒立てたくない」というブロックがかかっているのかもしれませんね。
そうした主張にも挑戦してみようというのが、今与えられている課題のひとつにも思えます。
:::::::::::::::::::::
ですが、実は今回手放したい本当の思い込みは、これではなかったようなのです。
実は今共有されている企画の概要を読んでみると、本音の本音では…
「うーん、正直言うと100点とは言えないけれど、この企画に挑戦することで次の扉が開けるだろうからやってみたい」
と感じていました。
つまり、心の底からの「関わりたい!」ではなく、「ある一部分においては受け入れられるから関わりたい!」なのでした。
そして、「あれ?自信を持って花丸を出せる企画、本当は自分で温めているよね?」とようやく自分の本心と向き合ったのです。
:::::::::::::::::::::
実はこういうパターン、とても良く発生させています。
良く言えば、許容範囲が広く、満足するハードルが高くないので基本的にご機嫌でいられるのですが、
冷静に見れば、妥協の産物を手にしていることも少なくないのかもしれません。
それで私は本当に満足しているのでしょうか。
私は私に気を使って、それでニコニコしてくれているのではないでしょうか。
:::::::::::::::::::::
誰にも遠慮せずに、自分が一番望むことに最初から手を伸ばしていいのです。
「まずは苦労するところから始まるものだ」
「最初は自分が望まない企画から経験を積んでいくものだ」
これは、どこかのどなたかが描いた物語で見かけた光景に過ぎず、特段、真理ではありません。
「最初から最後まで何ひとつ嫌な思いをせずに、やりたいことに着手していい」
「苦労も努力もせずに、望んだことが手に入っていい」
こうした物語は、ひょっとしたらなかなか見かけないかもしれません。
ですが、「見かけない=存在しない」わけでは全くありません。
かくゆう私も、苦労を覚えずに歩んできた経験を多く知っています。
それにもかかわらず、一番欲しいものほど真っすぐに手を伸ばしてこなかったように振り返ります。
(お相手のことも、そうかもしれません)
:::::::::::::::::::::
こうして、自分の価値観の癖に気付いたと同時に、さらに企画につながりそうな情報と偶然出会い、「花丸を出せる企画が2つになった…!」のでした。
そのことを受け、今回共有されている案件は心置きなく見送ることにし、今自分が温めている2つの花丸を企画書にしてみることを決めました。
もともとあった1つはすでにしてあるので、今日偶然出会ったもう1つに取り掛かります。
:::::::::::::::::::::
「初めから思いっきり理想を望んでいい」
思えばお相手は昔からそれが実に得意で、ちょっとでも自分が嫌なことは受け付けない印象を強く抱いています。
自分が「これなら許す」と許可を与えたものたちしか、自分の世界に迎え入れないタイプのお方です。
勝手な理解ではありますが、そういうところを見習いましょうというメッセージを送られているのだろうなと自覚しています。
それをいよいよ実践する時が来たのですね。
:::::::::::::::::::::
それにしても、仕事への意欲が異様にあり、昔から仕事スイッチが入ると、それ以外のことは、お相手も含め、放っておいてしまいがちになります。
過集中モードに入りやすい分野のようです。
これもひょっとしたら課題のひとつなのかもしれませんが、まずのところはやりたいことに当たるので、仕事での花丸2つをうまく形にしてみたいと思います。
+++++++++++
この note では下記記事にあるように、ツインレイ・ツインレイプロセスという概念を崇めず無碍にせず、括弧で包むように取り扱っています。
自己理解を深めたい、現実逃避扱いを受けやすい精神世界の概念を利用する感覚を追体験したい。
そういうご関心を持っている方に少しでも何かお届けできれば幸いです。
