うまく描きたい気持ちと向き合う 調子に乗ったら透明感が消えた話
全10回の絵画教室に通っています。本日第6回が終了しました。
絵の具を触るのも久しぶりで新鮮だし、じっくり観察して思い通りの色でオウム貝を塗れて、ただただ描くのがうれしい気持ちを味わっていたのですが、ちょっと今は集中できないしうまく描けなくて、モヤモヤする気持ちになっています。
前回の絵画教室のブログはこちら
モヤモヤの原因
知らないうちに、「ただ楽しい」より、「うまく描きたい」が上回ってしまっていたようです。
要はほめられて調子に乗ってしまってます笑

今見ると、これが一番ベストです笑
でも、私はこの絵を見て、なんか薄くて物足りない。バシッと濃い色で勇気出したい!と思いました。
もっとかっこよく、という欲が出た
結果塗りすぎてしまい、せっかくの透明水彩の透明感が消えてます。

あんなに描きたかったメインの花も雑になってます。
背景は難しい、わからんと思いつつ、どうにかなるだろうと思って淡々と筆を動かしてました。
今日一応完成したけど、全然納得できないです。

濃くしたい!という思いは、私は別の誰かとか何かのように、かっこよくなりたい、と欲が出てきたところからみたいです。
それって、絵が好きっていうより、絵を描いてる自分が好きって自分に酔ってる感じになってしまってますね。
(とりあえず恥ずかしげもなく全部書きますw)
描いてるとき、気持ちが絵じゃなくて自分に向いてるのです。すると、出来上がった絵には魂はこもっておらず抜け殻みたいになるんだなぁと、自分の絵を見て思いました。
今日は同じ構図で2枚目を描きました。途中です。

背景は細かく描きこまずイメージとしましたが、メインの花を際立たせたい思いがあるにしても、また濃いべた塗りになってしまいました。
色はきれいだし勘で塗るのも楽しかったけど、こうして見ると、ほんと抜け殻感を感じてしまうんですよね。
最初のが一番よかったのは、対象をよく見て、慎重に、丁寧に心を込めて描いてるので、絵に魂がこもってるからです。
(気付きを得たぞ!!)
改めて、この絵を通して何を伝えたいか
私が、この奄美大島の「サガリバナ」という花を選び、この絵を通して何を伝えたいのか。それを今一度考えてみようと思います。
サガリバナは、一夜しか咲かず、咲き終わったら花を落としてしまう。そんな儚さを感じる花です。
親族の旅行で訪れた奄美大島は、それこそ一瞬の今この時しか感じられない特別な思い出となりました。その貴重さと重なったから美しいサガリバナを描きたくなったのです。
永山裕子先生の、「リンゴの軸を持ってみてください、この重みに耐えてきたと思うと簡単には描けませんね」という言葉がまた思い浮かびました。
私は、あまりにも簡単に描いていたのでは?
もっと繊細に、ていねいに。
3度目の正直に挑戦してみようと思います!
堂本光一さんだって、SHOCKという舞台をブラッシュアップさせながら何十年も、何千回もやってきたわけだし笑
そう思うと、ほんとあの方はいい意味で変態だなぁ。
うまく描けなくていやになってる子どもみたい
下書きになってる過去記事を順にアップしているのですが、幼いわが子がうまくできなくて癇癪起こしてるさまが、今の自分と重なりました笑
下の記事は現在高校生の子どもが、年長と小2だった時、うまくできなくて遊びを投げ出しそうになってたけど、隣で根気よく私が一緒に遊んでたら気持ちが途切れず、最後楽しさを味わえるところまでできた、という記事でした。
あーうまく描けない、いやだ。つまらん。と投げ出したくなってた最近です。
今私の描く気持ちに伴走してくれているのは、先生でありこの絵画教室の存在です。
講座終了までに、自分の魂を込めた納得できるものを完成させたいです。
めげてません!
洗いざらい書いたので気持ちが晴れました。
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