家族旅行記|随求堂の胎内めぐり 漆黒の闇で「結婚の呪縛」を解く
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午前10時の清水寺はもう恐ろしく混んでいた。大きな駐車場も満車。人がひしめく参道の運転は私には無理だったと思う。
ほんっとありがとうございます!
運よく目の前で一台空いて、坂の途中のパーキングに停めることができた。夫に感謝を伝えれば伝えるほど、何か私の中の打算という名の闇が伝わってしまっているのか、そんなピンポイントで褒められても、と感謝を受け取ってもらえなかった笑
(前回の記事、「葛根湯は愛か打算か」をよろしければご参照ください)
清水寺の敷地の中に、「随求堂(ずいぐどう)」という場所があった。

こんなところに、お堂あったっけ?
胎内めぐり。楽しそうだったのでアトラクション感覚で列に並ぶ。
入口では、おじさんが、手慣れた調子で解説してくれた。 「ここはね、8年前に公開されたんやけど、その前は222年も閉まってたんです」
222年?
いや、そんなわけ笑。ぞろ目だし、なんか 眉唾ものだわと苦笑した。
しかし、調べてみたら本当だった。疑ってすみません。
「随求(ずいぐ)」とは、「求めに従って」という意味らしい。
つまり、「人々の願いを、求めに従って何でも叶えてくれる」という、ものすごく慈悲深くてパワフルな仏様らしい。
胎内めぐりは、この大随求菩薩のお腹の中(胎内)を歩く修行で、 実際にはお堂の地下を歩く。一寸先も見えない暗闇は、私たちが生まれてくる前の「無」の状態や、心の奥底にある「本音」を象徴しているとのこと。
暗闇の途中に「ハラ」というサンスクリット文字が刻まれた、随求石(ずいぐいし)が出てくるので、その石の前で心の中にある願いを1つ唱えれば、それは菩薩様へと届けられるという。
そして、出口から出てきたときに生まれ変われるとのこと。
おじさんの流ちょうな解説を疑い半分で聞きながら、わくわくしている自分がいた。
おじさんにどこから来たんですかと聞かれ「愛知から来ました」と伝えると
「あぁ、愛知ね!愛知の人は今日は多いよ、ほんまに多い!」
あ、そうなの?
ちょっと不思議に思いながら、私たちは階段をゆっくりと降り、漆黒の闇へと足を踏み入れた。
大随求菩薩(だいずいぐぼさつ)のお腹の中を歩く「胎内めぐり」スタート!
いや、暗すぎて不安になる。何も見えない。
数珠を模した手すりだけが頼り。
後ろにいた夫がふざけて何かしら色々言ってくるので、私は笑ってしまう。もう少し集中したかった笑
先に行った子どもたちは静かだった。
後で、うるさかったと注意された。どっちが子どもなんだか。
手すりの感覚を信じて漆黒を進むと、ぼうっと光に包まれた石が現れた。

意外とライトアップされてて分かりやすいね、親切だね、商業施設感出てて面白いね、なんて言いながら。
サンスクリット文字の「ハラ」が刻まれたその石に手を触れ、私は心の中で誓った。
私は、魂の歓びを表現して、自由に生きていきます
なんか、隣にいた夫が気を利かせて?石を回してくれた。滑らかにぐるぐる回る。その時の私は、石が回せるなんて知らなかった。なんだかエンタメっぽくて面白い。
左回しか。
なんか分かんないけど、右がよかった。
ちょっとそんなこともよぎりつつ、左を受け入れた。
後々調べたところ、特に公式見解ではないけど、エネルギー的に左回しは過去の浄化、右回しは未来への希望、みたいな意味がありそうだった。
夫が左回しにしたことは、たぶん意味があるのだろう。
バトルロワイヤルの毎日で辛かった過去が解かれていったのだ。
お互いにね。
そしてこれからは、結婚という心理的な呪縛を解いて魂の歓びを生きるのだ。
お互いにね。
この石からは、すごくパワーを感じた。確かにこの石は大随求菩薩様に通じているんだと思った。
石の冷たい感触にとても癒されて、力がみなぎってくるような感じがした。回る石と、回るサンスクリット文字を見ながら、しばしその感覚を味わっていた。
気づくと夫の気配が忽然と消えていた。先に行ったのかな。
「あれ?いない?」
って声出したけど静かだった。
まぁいいや、ここからは一人で暗闇に集中しよう。
左手で手すりを握りしめ、一歩一歩ゆっくりと闇の中を進む。
「目に見えない暗闇」と「自分の感覚」だけを頼りに進む時間は、少し怖かったけど、自立の儀式みたいで楽しかった。
出口から出ると、しばらくして後ろから夫がひょっこり出てきた。
は?いたの?
「気配消して楽しませようと思って」
いや、独特。怖いわ笑
ありがとう、おかげで集中できたし、楽しく生まれ変われたわぁ、と告げた。
先に脱出していた息子が、半笑いでレポしてくれた。
「あのおじさん、東京の人には『東京の人は今日は多い』って言ってた」
おじさんのリップサービスも 、夫の失踪も
#なんのはなしですか
今後京都を訪れる際は、ここは必ずまた来たい。そう思えるくらい特別な体験だった。
私の「魂の歓びの表現」「自由」への道は、着実に開かれているはず。
大随求菩薩に誓って、私はここから自己受容に磨きをかけていくのだ。
闇も光も、自分のダメさもアホさもさらけ出し、受け入れていく。
つづく
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