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SNSで本音を書けなくなった僕たちへ──空気を読む時代に、それでも自分の言葉を選ぶということ

どうも、メタバースで物語を紡ぐストーリーメイカーの久我レイジです。

SNSがもう少し自由だった頃、覚えてますか?
言いたいことをそのまま書いても、
そういう考えもあるよね」で終わっていた時代。

今はちょっと違います。
少しの発言が炎上につながって、
知らない人たちが一斉に「総攻撃」を仕掛けてくることもあります。


僕のフレンドが、一度それを経験したことがありました。そのときの話を聞いた瞬間、ゾッとしたんです。

たった一つの発言で、知らない人たちから一斉に攻撃される。
数の力って、想像以上に怖いなって思いました。


それ以来、発信ボタンを押す前に一呼吸おくようになりました。
たぶん、あの頃から「自由に書く」ことが少し怖くなったんだと思います。


それでも、やっぱり書きたくなる。
今のSNSで「本音を書く」って、どういうことなんだろう。

今回は、その空気の変化と、
僕自身が感じてきた「書きづらさ」について話してみようと思います。

活字を読むのは苦手・・・という場合は、
こちらのラジオ風音声でお楽しみください⬇️


SNSが声の広場から空気を読む場所へ【共感が正義になった時代】

体感で言うと、2018〜2020年あたりが転換点でした。
SNSが「声を持つ場所」から「空気を読む場所」に変わった頃です。


あの頃から、炎上という言葉が日常的に使われ始めました。
「間違えること」よりも「叩かれること」を恐れる空気が広がっていった。


それに拍車をかけたのが、アルゴリズムの最適化です。

共感を集めやすい言葉、怒りを引き出す言葉
そんな感情の強い投稿だけが可視化されて、
曖昧で、揺らぎのある本音は埋もれていきました。


つまり、本音が届かなくなったのは人の問題じゃなく、構造そのものが変わってしまったということなんですよね。

2020年、SNSが変わった──空気の統一が本音を奪った瞬間

2020年。
世界中の人がオンラインに集まって、
SNSが「日常の一部」になった頃。

みんなが同じタイムラインにいると、
いろんな意見よりも「空気を合わせること」の方が大事になっていった。


その中で、発信する側ほど迷うんですよね。
「これは本当に書きたいことなのか」
「それとも、反応をもらいたいだけなのか」

気づいたら、投稿ボタンを押す前に
「自分の本音」と「バズりそうな言葉」を見比べてる自分がいた。


書くことが好きだったはずなのに、
気づけば、数字のために書いてる瞬間もあった。
たぶん、あの頃から少しずつ、
書くって行為の意味が変わっていった気がします。

反応を気にして書けなくなる【発信者が抱えるリアルな葛藤】

SNSって、もともとは「自由に言える場所」だったはずなんですよね。
なのに今は、匿名なのに誰も本音を言わなくなってる。

「共感」を集めることが目的になって、
本音を出す人ほど、ちょっと浮いて見える。
正直に話す人ほど、距離を置かれる。


でも皮肉なことに、
そういう「本音を言う人」の言葉だけは、
なぜか一番記憶に残るんです。


みんなわかってるんですよね、
誰もが無難な言葉を並べてるだけじゃ、何も動かないって。

それでも書く理由──本音が息をする言葉を信じたい

たぶん、これからも迷うと思います。
何を書けばいいのか、どこまで言っていいのか。

それでも、できる限り、自分の言葉でありたい。
誰かに刺さるためじゃなく、ちゃんと自分に嘘をつかないために。


SNSの空気はどんどん変わっていく。
それでも、どんな時代になっても、
本音を探し続ける人がいる限り、言葉はまだ息をしている。

たとえ少数派でも、
自分の声で語ろうとする人がいる世界のほうが、
ずっと健全だと思うんです。


だから今日も、迷いながら、言葉と向き合っていこうと思います。


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