盆カレーと缶酎ハイの一人の夜 鉄仮面の私~お盆に一人、カレーを食べながら缶酎ハイでほどける心~
今年もあっという間に半年が過ぎて、そして梅雨が明け、夏休み、お盆休みと一瞬で時がたつ。
もうとっくに千夏は正一の実家に到着しているはずだ。
千夏からは行くと報告はなかったが、正一から電話で話は聞いていた。
結婚報告か?と正一のテンションは上がっていたが、千夏は仕事を辞めただけ。
「暇なんじゃないの」とそっけなく返した自分が嫌になる。
小学校の教師の私と、同じく教師の夫・正一との間に生まれた千夏。
妙に淡々として、わがままを言わない子だった。
きっと仕事を辞めない私への気遣い?
いや、甘える隙を見せない鉄の鎧で覆われた自分を、あの子はわかっていたのだろうか。
それにしても、正一か千夏から「無事に着いた」とか一言くらい連絡があってもいいのにとは思うが、こちらから連絡するのも、なんだかためらっている自分がいる。
自分の実家の石神井の家は去年、いわゆる「実家終い」をした。
売った土地の資金で、両親をサ高住という介護付きマンションへ引っ越しさせた。
我ながら冷淡な娘だな……と、いつもの自己嫌悪が頭をもたげる。
二つ下の弟には相談したが、「姉貴に任せる」の一言だけだった。
仕方がない。全国転勤のあるそこそこ名の知れた会社に就職し、今は役員だ。
実家のことに時間を割くのは難しいだろう。
正一には事後報告だけだった。
驚いてはいたけれど、正一も定年まであと何か月か。
煩わしい思いはさせたくなかった。
自分も定年まであと1年……ここまで教師を続けてきた理由とは。
最近、よく考えるのはそのことだ。
子どもが好き?教えることが好き?社会的地位?自己犠牲の精神?
どれも違う。
教師を続けた理由は、きっと母への反抗だけだった。
正一には「智恵子って名前は教師になるべくしてなった名前なんじゃないか」なんて言われたけど、別に教師に宿命を感じているわけじゃない。
それを正一に話しても、きっと話が長くなりすぎてしまうだろう。
「正一って名前だったら裁判官だよね」なんて返した自分を、また一つ嫌いになった。
母は石神井公園の近くの古い一軒家の一人娘だった。
土地は広く、公園の緑と一体化したような庭の木々。
私の父はその家に婿養子として迎えられた。
いつも口角を上げているような穏やかな父の顔。
それと相対するような、母の厳しい顔つき。
母に甘えるということを理解できないまま、還暦手前まで来てしまった自分。
外への体裁だけを取り繕うのに習わされたピアノ。
小中一貫校の私立への入学。
池袋の百貨店の外商さんが出入りしていた我が家。
自分好みの服よりも、外商さんが勧めてくれた服。
どれも大嫌いだった。
「女の子なんだから」とか、「女性は結婚したら家庭に入って」とか。
母の口から出るたびに吐きそうだった。
私がこんなふうだから、千夏もあんなに淡々としているのか……。
もっと自分がこうだったら、と考え出したらきりがない。
いつもなかなか眠れずに、時間だけが過ぎていく。
そういえば、もう夜9時を過ぎたのに、夕飯を何も食べていないことを思い出した。
自分一人だと、作るどころか買い物だって行く気がしない。
いや、正一と千夏と住んでいた頃だって、そんなにしていなかったか……。
冷蔵庫を開けたって、ほとんど何もない。
石神井の実家の冷蔵庫は、いつもびっしり詰まっていた。
夫婦二人なのに、こんなに必要なのかと疑問に思っていたが、
専業主婦で一人娘の母にとっては、台所は砦みたいなものだったのだろう。
冷凍庫には、一昨日炊いた白飯が冷凍してある。
とりあえずこれでいいか……と、レトルトカレーを出して小鍋で湯煎にかける。
その間に、ほぼ何も入っていない冷蔵庫からレモン味の缶酎ハイを取り出して、栓を開けた。
シュワッとした音とともに、少しだけ自己嫌悪が薄れていく気がした。
明日、正一か千夏に電話してみよう。
こうでもしないと素直になれない自分が、可笑しくなってくる。
缶酎ハイの“シュワッ”……ほんの一瞬だけ、鎧を外す音に聞こえた。
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