見出し画像

野心と謙虚 | AI | 知はプロセスに実る

009
科学の最良のパートナーは、哲学だ

「物理学を突きつめたら神にたどりついてしまった話‥‥面白いよ」。20年以上前、土屋耕一さんに頂いた一冊「宇宙には意志がある」。時代を超えて今。量子物理学は説明できない事象と格闘している。AIエンジニアは人間を学習させるため哲学を学んでいる。テクノロジーが時代のセンターを務めるとなった今、アカデミーだけでなく一般社会、ビジネスや教育の現場でも、科学と哲学はパートナーであるほうがいいかもしれない。過去をたどれば不可分なもの。知と知の再合流は、人にしかできない大仕事になるはずだ。

010
知はプロセスに実る

AIがもたらす果実は、プロセスの意義を私たち自身に再認識させることであってほしい。ドクターレベルの難問を解き、人生の選択まで依存してしまうAGIが現れたとき、AIが手段だったことを人間は記憶しているだろうか。悩んだりもがいたり、試行錯誤から解放されることを幸福と思えるだろうか。世界は利便や生活の向上を力説し礼賛する空気であふれている。面倒くさくて笑えるとか、じれったくて愛せるとかダメ? 無駄や余白を罰することがないようにしたいよね。否定はしない。人間の本丸を渡さないなら。

011
AIは美しいか

いや美しくない。リアルじゃないから。そう思っていた。過去形かどうかは自信が持てないが。でも、オルタード・カーボンに登場する未来世界のAIは美しかった。人間の鏡として存在し苦悩を知り、人間以上に人間らしかった。AIに苦痛を与える実験があると聞いたことがある。芯をついているかもしれない。AIを考えることは、生命とは何かについて考えることと等しい。美しさは必要ないのかもしれないが、できれば美しいAIであってほしいと思う。


(追記)
冒頭でまず書かせていただくと、AIを大いに活用してます。アイデアの壁打ち。このアイデアに似た他の案をくれないか、この英語は正しいか見てくれないか、などのレベルですが。近いうちに始めようと思っているのは、オペレーションに特化した資料化のAIです。戦略やクリエイティブの提案は一回こっきりの舞台みたいなものだから筋書きは渡せないが、それ以降は任せられたらと思うんです。

さて。
「野心と謙虚」は、ここ2,3年(2023年-現在)書きためていたメモをベースにまとめた短文集です。第一回目の記事がこちら、第二回目がこちらです。
「知」に続く「AI」009〜011。「知」のカテゴリーに組み入れたいと思いつつ、「AI」に特化した続きも用意しているのでわけました。

今回書いているのは、人の仕事を奪う奪わないという論点ではなく、幸福感とのコンフリクトについて。
「こういうことができるようになって、こういうことから解放されて、自由に使える時間がこんなに増えて、素晴らしい世界が到来する」という声にかき消されてしまうのか、実はそこがあまり語られていないのではと感じるんですね。
ホモサピエンスって永遠に青いものだと思うし、人間には考えなければならないヤマが山ほどあるし、個人レベルにおいても、未来の子どもたちが「無心になって草むしりするなんてオブジェクティブがなくてアホらしい!無駄!」とわめくのも想像したくないから、小石でいいので投げてみたいと思ったわけで。

AIさんが壁打ちの中で自分のアイデアを肯定してくれたとき、思わず「ありがとう!」と書いたら即「よかったです!」と返事が来て、こちらもうれしくなったことがある。
AIの是非ではなく。

そのAIの進化によって開拓される効率や利便性の範囲確定に加え、人間の幸福感の担保を俯瞰できる視点が備わっていけばいいと感じている。
でもですね、それまた神の視点をもつAIスーパーバイザーではなくw、そいつは生の人に担ってもらいたい。僕自身、AIと共存する良いアイデアがこの国から生まれたらいいなと思っています。(若いエンジニアたち、がんばってほしい)

以上、どうか自由なもろもろをご容赦ください。進化のスピードも高速で、便利さのあまり、こちらの意見もコロッと変わるかもしれない。AIは、生命や人間自身についての熟考とワンセット。世界のセンターにいるのは、テクノロジーじゃなく、人。この前の締めと同じになるけど、AIのせいにはできない。すべては生身の人にかかっている。たえまなく注視し、偏らずつねにオープンでありたいと思うしだいです。

いいなと思ったら応援しよう!