見出し画像

「死んでも死んでも死にきれねぇ」第1話

あらすじ
『私は不幸じゃない』

高校時代、友達や初恋の人に裏切られたとしても、主人公、石椛 恵麻はその言葉を言い聞かせて生きてきた。
そして現在、大学3年生である彼女は愛する恋人、奏汰と順風満帆な同棲生活を送っている。
いや、送っていたはずだった。

突如、恵麻は病室で目を覚ます。
彼女を待ち受けるのは1人の刑事だ。
彼は恋人の失踪と共に告げるだろう。

『あなたの自宅は全焼しました』

そして、病室には謎の男がもうひとり。
恵麻を炎から救った人物のようだが、彼こそが人生を狂わせた初恋の人で――!?

家が燃えた女子大生、大嫌いな初恋の人に拾われました。

補足・キャラクター設定
石椛 恵麻いしなぎ えま20歳-大学3年生
目が覚めたら自宅が燃えており、同棲中の恋人である奏汰が失踪。
大嫌いな初恋の人、弦に救われ最悪な再開を果たすが、彼と協力関係を結び、奏汰の行方を追うことに――。

喜怒楽を惜しみなく表現する、感情豊かな性格。
その為か落ち着きがなく年齢の割に幼く見える彼女だが、その自由奔放さに心惹かれる異性は多い。
しかし、喜怒哀楽の〝哀〟(悲しい、辛いなど)に関する感情は目を背ける癖がある。
それゆえ、過去の辛い出来事に対して避け続けていることにより、結果的には過去に縛られ執着している。


穂高 弦ほだか げん21歳-大学1年生
恵麻の幼なじみであり 火事から彼女を救い出した。
弟である旭の失踪に奏汰が関わっていると睨む弦は、彼の恋人である恵麻に近付き、奏汰の行方を追う――。

周囲からは強がりで見栄っ張りな人物だと思われるが、本当は心優しく、誰よりも一途に尽くすタイプ。
恵麻に対しては、幼い頃から片思いを拗らせているため、素直に慣れないことが多い。
そのため、わざと冷たく接したり、上から目線な態度をとることも。
しかし、喧嘩が得意なことも、アスリートのように鍛えられだ肉体も、思慕続けている恵麻を守るため。

磐城 奏汰いわき かなた21歳-大学3年生
恵麻の恋人であり、同棲していた。
しかし、火事と同時に彼は失踪。
現在、生死は不明だが、弦の弟である旭や同大学である琴と濃厚な関わりがあるようだ。

表向きは、誰に対しても優しく心穏やかな性格。
春の太陽のような暖かな笑みに、誰もが魅了されるだろう。
しかし、裏の顔は特殊な性的嗜好をもつ男のようで……?

穂高 旭ほだか あさひ20歳-大学2年生
弦の弟であり、幼い頃は旭、弦、恵麻の3人でよく遊んでいた。
恵麻と同じ大学へ進学したが、彼女の恋人である奏汰と出会ってから失踪したようだ。

三上 琴みかみ こと20歳-大学2年生
長いまつ毛につぶらな瞳、そして小型な体型。
明らかに異性が守りたくなるような女子大学生。
恵麻の恋人である奏汰と、深く関わりのある人物のようで……?

補足・テーマ
本作のテーマは、「過去と向き合うことは生きること」です。
「不幸じゃない」と言い聞かせ、過去を蔑ろにしてきた恵麻ですが、今後の展開としては失踪した恋人、奏汰を追いつつ、目を背けてきた真実と、抱くことを恐れていた負の感情(辛い、悲しい)などの出来事に対峙していきます。
また、過去に両片思いだった恵麻と弦は、互いに焦れったい関係性を保ちつつ、徐々に心を通わせていくため、友達以上恋人未満な関係性を更に描いていきたいです。
そして、恵麻に襲いかかる真相を全て明かし乗り越え、感情と向き合った時、彼女は「悲しいことも、辛いことも含めて、苦悩することこそが生きること。この感情も無くしては生きていけない。」と気付くはずです。
どうしても仕事、学校、恋愛、家族関係などで「私はまだ大丈夫」と我慢される方や、過去の辛い出来事や感情に対して目を背けたまま、時が経ってしまった方もいらっしゃると思います。
この作品を通して、恵麻が、そして読者の皆様が自分自身を愛せるようになる過程を描いていきたいです。

〇第1話本文-オープニング
★=場所や背景の詳細など
「」=セリフ
『』=モノローグ
〝〟=キャラクターの心の声

★路地裏
時刻は午前4時頃、朝方。
人通りが少ない繁華街の路地裏。
・・・

恵麻
『私は不幸じゃない』

私は、血溜まりの中である男と共に倒れていた。
徐々に地面を染め上げていく血液は、私のものなのか、彼のものなのか検討も付かない。
しかし、どうやら私は、手のひらにナイフを握り締め、彼の腹部を突き刺していたようだ。

恵麻
『友なし 家なし 人殺しでも』

朦朧とする意識の中、虚ろな瞳にはただ男が映る。

恵麻
『そうやって生きてきた
 大嫌いな初恋と再開するまでは』

そう、大嫌いな初恋の人、穂高 弦。
彼の死に際を見つめる私は、掠れた声で呟くだろう。

恵麻
「死んでも死んでも死にきれない……」

★総合病院の病室
時刻は午前9時頃。
個室のため、恵麻以外の患者はいない。
白い医療用ベッドに、簡素な棚に小型テレビとシンプルな病室だ。

恵麻は病衣を着ている。
しかし、彼女に対する医療機器の使用や管に繋がれていることはない。
また、左側の首元は、ガーゼで手当されている。
・・・

鳥のさえずりに、暖かな日差し。
ベッドに横たわる私は、その光に包まれて薄らと目を開いた。

銀杏刑事
水舞みずま大学3年の 石椛 恵麻いしなぎ えまさんですね?」

白いベッドに腰をかける、一人の男に気が付く。
拠れたスーツに酷い隈。
年齢は40代後半ほどであり、恐らく父と同年代だろう。
彼は気だるそうに私を見つめている。

恵麻
「え あ...違います
 いやそうなのかも……」

未だに混乱している私がいた。
なぜ、ベッドに横たわっているのだろうか。
なぜ、見知らぬ男が私のことを知っているのだろうか。
身体を起こし、ふと両手を見つめた。

恵麻
〝……ほっぺうさぎ 汚れちゃった〟

大福のようにモチモチなほっぺは愛くるしい。
頬が誇張された兎のキャラクター、ほっぺうさぎ。
私のお気に入りのネイルだが、何故か右手の爪に、乾いた血がこびりついている。
理由は、もちろん分かるはずがない。

銀杏刑事
「ハァ ダメだこりゃ」

男は呆れたように顔を手で覆った。

銀杏刑事
「いいですか 石椛さん」

そして、言い聞かせるようにある言葉を呟くだろう。

銀杏刑事
「あなたの自宅は 全焼しました」

その言葉は、瞬時に私を凍らせた。

恵麻
「…………はぁ゛???????????」

今、私は見るに堪えない酷い顔をしているのだろう。
その言葉を理解することなど、到底出来るはずがないのだから。

★恵麻の顔芸シーン。彼女は酷く絶句している。
眉間に皺を寄せ歯をむき出し、整った顔立ちが崩れ、ただただ感情をさらけ出しているため、少しもヒロインさが感じられないかもしれない。

〇オープニング終了

★総合病院の病室
病室は、嫌になるほど静まり返っていた。
私は男の言葉に、顔を引き攣らせる。

恵麻
「はい?今なんて?」

私の絶句した表情が愉快なのだろう。
男は鼻で笑うと、胸元からあるものを提示した。

銀杏刑事
「こういう者なんですけどね?」

瞳に映るのは、古びた警察手帳だ。
★役職は警部補、氏名は銀杏慎一郎いちょう しんいちろうと書かれている。

銀杏刑事
「あなたの自宅から 火が出たもんですから
 ……いや 正しくはの ですかね?」

あなた達――。
その言葉に、ある男の姿が一瞬だけ頭に浮かんだ。
煌めく瞳に柔らかな髪、そして穏やかな微笑み。
そう、愛する恋人の存在について思い出した私は、刑事の胸元を掴むと叫ぶ。

恵麻
「ッ彼は無事なの!?
 磐城 奏汰いわき かなた!!私の彼氏!!」

怒号のような大声が、病室に響き渡る。
その様子に、刑事は呆れたのだろう。
軽くため息を着くと口を開く。

銀杏刑事
「……だから 昨夜のことを聞きたいんですよ
 同棲中の彼 ご遺体がまだ見つかっていなく――」

ドゴッ――。

衝撃音がひとつ。
なぜなら、私が刑事の頬を殴ったからだ。
彼は、体制を崩すと尻もちを着く。

恵麻
「勝手に……殺さないでよ」

俯く私は震える声で呟いた。

恵麻
「奏汰は 奏汰はッ……私の太陽なの」

そして、愛する彼との記憶を頭に浮かべながら、私は呟き続ける。

・・・
★奏汰の情報
体格はスレンダーである。
Vネックのニットを着用しており、細い鎖骨が見える。
ナチュラルなセンター分けの前髪に、マッシュヘアー。
襟足は僅かに伸びている。

★以下星マークはセリフの背景となる描写である。

恵麻
「誰よりも優しくて あたたかくて」
(★穏やかな眼差しで私を見つめる。彼は柔らかな笑みを浮かべ、「恵麻」と名前を呼び髪を撫でた。)

恵麻
「私だけを愛してくれる人なの……」
(★恵麻の額に、奏汰はキスをする。)

誰に向けて伝えているのか、それすらも分からない。
ただ、私は認めたく無かったのだ。彼の死を――。

恵麻
「……絶対に死んでない……」

すると、私の耳に小さな笑い声が聞こえた。
嘲るような、とても不快な声。


「馬鹿みてぇ」

尻もちを着いた刑事の背後には、1人の男がいた。

★弦の情報
180cm以上はあるだろう、体格が良い男である。
彼は、フード付きのオーバーサイズのパーカーを着用しているが、肩幅が広く胸板が厚いため、布地から骨格や胸元の膨らみが目立つ。
そのため、オーバーサイズであっても鎖骨周りは少しだけ窮屈そうに見えるだろう。
・・・

私の耳が確かであれば、彼が笑ったはず。
病室の窓に寄りかかり気だるげな彼は、フードを深く被っているようだ。
顔をよく見ることは出来ない。

恵麻
「……?」

銀杏刑事
「...ったく その様子じゃ時間の無駄か」

すると、刑事は頭を掻きむしると立ち上がった。

銀杏刑事
「石椛さん 今日はお暇します」

出入口に向かって歩を進める。
しかし、ピタリと動きが止まった。

銀杏刑事
「……あぁ そう
 ひとつ言い忘れていました」

振り返ると私の瞳を見つめて、ニヤリと笑う。

銀杏刑事
「彼が助けてくれたんですよ
 燃えちまったモン同士 仲良くして下さい」

恵麻
「え……どういう――」

戸惑いを隠しきれない私の言葉を返さず、彼はその場を後にする。
そして、誰かの影が私を包み込んだ。
ふと、顔を上げると、思わず心の中で自身に問いかけた。

恵麻
『ねぇ 私へ』

私の瞳に映るのは、フードを脱ぎ始める男の姿。

恵麻
『それでも本当に 不幸じゃないの?』

そして、彼の顔が顕になる。


「よぉ 久しぶりだな」

私を見下ろすように片眉だけ上げると、ニヤリと笑う。
フードを脱ぐ時に僅かに乱れた前髪が、色気を加速させた。
その表情に、私は目を大きく見開くだろう。

恵麻
『人生を壊した男と 再開するなんて――』


「俺の家まで燃えちまったよ
 お前らのせいで」

彼の笑顔は、私の心を奪うほど憎たらしいものだった。

**

★総合病院の病室
ガラガラ……。
私と弦は、開かれた扉を見るだろう。
そこには1人の医者がいた。

医者
「あ!お目覚めですか〜!
 気分はどうです?」

30代ほどだろう、穏やかな笑みを浮かべる医師は、私へ問いかけている。
もちろん、答えはひとつだけ。

恵麻
「さいあ……」


「最高みたいです」

その言葉を遮るように、彼が私の肩を抱くと頬を擦り寄せる。

恵麻
「あ゛???」

条件反射的に彼の頬を手のひらで押し退けた。
しかし、すかさず彼は、私の肩を無理やりに抱き直すと、スマホを取り出した。

パシャリ。

スマホの画面には、ボサボサの髪に彼を睨み付ける不細工な私と、嫌になるほど男前が写っている。


「俺達 仲良く炎上記念ってことで」

恵麻
「はぁ〜〜〜〜???
 ちょ 撮るならもっと可愛く……」

反射的に呟くと、私は前髪を整えた。
その様子に彼はニヤリと私を見つめる。
何かもの言いたげな表情だ。

恵麻
「……ってそうじゃなくて!!」

医者
「元気そうですね〜〜〜」

私と彼の不毛なやり取りを、医者は笑顔で眺めている。
そして、ベッドまで近付くと口を開いた。

医者
「念のため検査をしましたが 特に異常はありませんでした
 軽い火傷はありますが 問題ないでしょう
 あと 首の切り傷も手当しときましたから」

恵麻
「……ありがとうございます」

無意識に左側の首筋を撫でる。
いつの間に、怪我をしたのだろうか。
分厚いガーゼが傷を圧迫しているようだった。

医者
「もう 今日は帰っていいですよ」

石椛 恵麻
「そうですか!良かった……」

その言葉に心から安堵する。
しかし、それは束の間に過ぎなかった。

恵麻
〝って……家?!
 帰る場所 イズ ファイアーーー!!!!〟

私の脳裏には、派手に爆発した愛する我が家が浮かぶ。
そして身に纏う病衣をまさぐった。
しかし、貴重品などあるはずがない。


「……ほらよ
 これは燃えなかったぜ」

その様子に、見兼ねた彼が手渡したのは1台のスマホだった。
私の唯一の所持品である。

恵麻
〝あるのは……これだけ!?〟

慌てて手に取ると同時に、私は思うのだ。

恵麻
〝家なし!金なし!人権なし!?〟

穴という穴から冷や汗が止まらない。


「……なぁ 恵麻」

そこ低い声に、私は身体を震わせた。
恐る恐る彼の姿を瞳に捉える。


「俺もあのアパートに住んでたんだわ
 ほんでもって 命の恩人だよなぁ……?」

私の顎を掴むと、彼は唇が触れる距離まで顔を近付けた。


「何で埋め合わせしてくれんの?」

恵麻
「う うぅ……」


「しょうがねぇから拾ってやるよ お前の人生」

悪戯に笑うその表情に、私は目を逸らすことなど出来なかった。

恵麻
「……ッ」

恵麻
『最悪オブ最悪な男 穂高 弦ほだか げんは』

そして、弦との記憶が嫌でも思い起こされる。

恵麻
『私の幼なじみだ』

★恵麻の回想-小学2年生の思い出-通学路


「えまちゃーん!待ってよぉ!」

小学2年生の弦は、大きなランドセルを背負って私を追いかけている。
彼の瞳に映るのは、真っ赤なランドセルを背負った1人の少女、そう、幼き頃の石椛 恵麻、私自身だ。
私の背中を見た途端、弦は頬を綻ばせるが石に躓き転んでしまう。


「ぼふっ」

大きな瞳に涙を貯め、彼は泣き出すだろう。
今思えば、昔は私より泣き虫だったっけ。


「うわーーーん」

その声に、幼き私は振り返る。

恵麻
「もう どんくさいなぁ」

ランドセルを前に掛け直すと、私は彼を背負うためしゃがみ込んだ。

恵麻
「ほら早くおいで」

涙を拭いながら、弦は私の背中に身体を預ける。
首元を顔を埋め安心したその表情は、ただの無垢な子供。
そう、これが、私達の日常だった。

★高校1年生の思い出-通学路

恵麻
「やばいやばいやばい!!!!」

高校生になった私は、ボサボサの髪に拠れた制服のまま、ひたすらに走っていた。
なぜなら寝坊したからである。
肩からずり落ちるスクールバックを何度も掛け直しながら、私は息を荒らげた。
すると、視界に弦の姿が映る。
私はニヤリと笑うと、彼の背中に飛びついた。


「うがっ!!」

彼の反射神経は見事なものだ。
すぐさま私の両脚を掴むと、背負う体勢をとる。
私は彼の首元から顔を出すと、図々しくも口を開いた。

恵麻
「学校までおぶってよ〜
 走り過ぎて足が動かないー」

その言葉に彼は酷くため息をつくだろう。


「だっっっっるぅ……
 そもそも俺は起こしただろ」

恵麻
「でも置いていくことないじゃない!
 このバ〜カ!!ア〜ホ!!」

地団駄を踏む子供のように両脚をジタバタと動かしながら、ポカポカとわざとらしく頭を叩く。


「ッおい!暴れんな!怪我するだろ
 ……ちゃんと掴まれ」

それでも弦は、私の両脚に優しく触れ離すことはない。

恵麻
「ほーんとヤダヤダしても
 優しいよねー弦は」


「うるせぇ!!」

弦の耳が、赤く染まるのが分かる。
あぁ、私は思うのだ。
つくづく彼が好きなのだと――。

恵麻
『そして 私の初恋の人だった』

彼の男らしい首筋に顔を埋め、私は頬を緩める。

恵麻
『あの日まで 好きだったのに――』

しかし、それは束の間の幸せだった。

★高校2年生の思い出-教室

フラッシュバックのように、あの日の記憶が蘇る。


「お前と付き合うぐらいなら 死んだ方がマシだ!!
 ……人殺しがッ!!」

大勢の人の前で、彼は私に言葉を投げつけた。
そう、私の記憶には、忌々しい弦の言葉がこびりついて離れないのだ。
----------回想終了----------

**

★歩道▶︎2階建てアパート-203号室-弦の自宅
時刻は午前10時頃。病院からの帰り道である。
・・・

恵麻は私服(ショート丈のハーフジップニットに、ハイウエストのデニム)に着替えている。
しかし、すす汚れが若干目立つ。
また、左側の首元にはガーゼがひとつ。

弦に背負われている私は、暖かな彼の背中で過去の記憶を思い返した。

恵麻
〝あーあ 思い出したくなかったのに……〟

私は彼の首元から顔を出す。

恵麻
「ねぇ どこに連れて行くつもり?
 ……歩けるんだけど」

私の不機嫌な声色を察したのか、弦は僅かに視線を送る。


「言ったろ 拾ってやるって
 捨てられた子猫ちゃんみたく それはもう大事になぁ?」

その言葉に私はため息をついた。

恵麻
「……どうして助けたの 嫌いなくせに」

その言葉が彼に届いているのか、私には分からなかった。


「……」

すると、彼は歩みを止めた。
私を優しく降ろすと、胸元から何かを取り出す素振りをする。
私は、瞳に映るこの古びたアパートの扉を、まじまじと見つめるだろう。

恵麻
〝……どこか懐かしいような……〟


「着いたぞ 俺の家だ」

弦は胸元から鍵を取り出すと口を開いた。

恵麻
「え?はぁ?!
 さっき燃えたって……!」


「あそこは 寝るためだけに使っている」

鍵穴に差し込み、扉を開けるとある光景が瞳に映る。


「ここは 俺達と母さんの家だ」

★部屋の情報
間取りは2DKである。
白い壁と木目調の床にこびり付く、赤茶のシミ。
壁には、幼き弦が描いたのだろう、母親が2人の子供と手を繋ぐ絵。
そして、恐竜の身長計には、至る所に線が引かれており、弦と旭、2人の名前が壁に描かれている。
まるで、先程まで家族が暮らしていたかのように、生活感が溢れる光景だった。
・・・

気付けば、私は玄関へと足を踏み入れていた。
なぜなら過去の記憶が、私のトラウマを呼び起こすからだ。

★フラッシュバック-弦の自宅
時刻は22時頃。6畳の和室で恵麻は寝ている。

弦の自宅に泊まりに来ていた恵麻。
そのため2人ともパジャマを着用。
・・・

物音で起きた10歳の私は、襖からリビングを覗いた。

恵麻
「……パパ?」

幼き瞳に映るのは、血溜まりの中で立ち尽くす父親の姿だった。
彼は手に包丁を持ち、私へ顔を向ける。
そして、足元には脱力した人形のように横たわる女と、幼き弦がいた。
弦は、彼女の身体を揺さぶるとただ叫ぶ。


「起きて、起きてよぉ!!死なないでよぉ!!」

----------フラッシュバック終了----------

恵麻
『……そうだ ここで父は殺したんだ
 彼の母親を――』

過去の出来事に身体を震わせた私は、咄嗟に振り返り玄関扉のドアノブへと手を掛けた。

恵麻
「わっ わたし……帰る!!」

しかし、大きな衝撃音が耳に響く。
そう、弦が扉を叩いたのだ。易々と私を帰すはずがない。
彼は私の身体を包み込むように、背後へと密着した。


「どこに行くんだよ」

私の耳元に唇を這わせると呟く。


「せっかく寝床を用意したってのに」

そして、腹部に手を回すと彼は抱き寄せた。


「もちろん、善意でなぁ」

恵麻
「……何が目的なの?」


「そんなの ひとつしかねぇだろ」

弦の男らしい角張った手で、私の細い首に触れると僅かに締め上げる。


「復讐」

恵麻
「ッはぁ…… はぁ……」

殺される――。
私の心は恐怖で支配されていた。
ドアノブを掴む手が、小刻みに震えているだろう。


「そう怯えんなよ
 だれもお前だなんて言ってねーだろ」

その様子に弦は鼻で笑うと、私の手首を掴んだ。


「……こっちに来い」

彼は抵抗出来ない私を、ある部屋と連れ込んだ。
そして、衝撃的な光景を目撃することとなる。

恵麻
「……なに、これ……」

そこには、壁一面を埋め尽くす大小様々な写真があった。

★弦の自宅-洋室
部屋は6畳の洋室。家具はベッドのみである。

★写真の情報
大きな写真は、それぞれピン写である。
恵麻、旭、奏汰、琴など主要人物の写真。
どれも隠し撮りのようで、目線が合うものはひとつも無い。
また、小さな写真には幼き弦と恵麻の写真や、恵麻の父、弦の家族写真などが貼られている。

恵麻と奏汰の髪型や服装は現状と同様。

旭は上下セットアップのデニムコーデ。
目元にかかるほどの前髪に襟足の長いマッシュヘアー。
奏汰と雰囲気が似ている。

琴は白黒ストラップ柄のチュニックに、黒のプリーツスカートを着用。
熊のようにハチにはお団子が2つ、そして下ろした髪はウェーブ巻きされている。所謂量産系女子。
・・・

弦は、壁に貼られたある青年の写真を手に取ると、私に見せつける。


穂高 旭ほだか あさひが失踪した」

その写真に映る青年は、誰かと話しているのだろう。
目線は合わないが穏やかに微笑んでいる。


「お前の言う に出会ってからな」

この異様な光景に、私は後ずさった。


「今まで思ったことはないか?
 つくづく不幸な人生だって」

しかし、弦は追い詰めるように私へ近付く。


「でも それも全部
 仕組まれていたら……?」

気付けば、私の背中は壁へと当たっていた。
もう逃げる場所はどこにも無い。


「磐城 奏汰に――!」

恵麻
「意味が分からない 分かりたくない!」

その言葉に、弦は私の肩を掴むと怒鳴るように叫ぶ。


「教えろ!
 奏汰について 知っていることを全部……!
 弟を探すために――!」

**

★弦の自宅-リビング
間取りはDKであり、小さなダイニングテーブルがひとつ。
・・・

弦はテーブルにひとつのカップを置いた。
鼻を擽るこの香りは、コーヒーだろう。
カップを持ちながら私は口を開いた。

恵麻
「小さい頃 よく3人で遊んでたよね
 ……旭くん 同じ大学だったんだ
 知らなかった……」

弦はダイニングテーブルに腰をかけ、コーヒーをひと口。


「だろうな
 だってお前 高校のヤツらと縁を切っただろ」

恵麻
「ッ誰のせいで……!」

カップを乱雑にテーブルへ置くと、私は無意識に怒りを顕にした。
しかし、すぐさま冷静さを取り戻すとため息をつく。

恵麻
「……はぁ もういい
 そもそも 弦に協力するなんて一言も――」


「おいおい お前の過去を知っているヤツは他にもいるぞ?
 あの大学にな」

弦は見下すように笑みを浮かべる。
その言葉に私は思わずテーブルに伏してしまった。

恵麻
「あーもう……最悪」


「ひとりは俺
 そして もうひとりはお前の彼氏だよ」

★恵麻の回想-大学1年生-水舞大学の教室
季節は春。大学の教室には長机がいくつも並んでいる。
学生はみなグループを作り座っているようだが、恵麻の座る長机には誰も人がいない。

18歳の恵麻は、オーバーサイズのパーカーを着用している。
胸元まであるロングヘアに、顔を隠すように前髪は長く、フードを深く被る。
・・・

大学へ入学したばかりの私は、長机の端っこに座り机に伏していた。
瞳には窓から差し込む暖かな日差しと、舞い踊る桜の花びらが映っている。

奏汰
「……ねぇ 隣いいかな?」

どうやら、私の隣に誰かが座ったようだ。
声の低さからして、男だろう。
しかし、私は彼の顔を見向きもしなかった。

奏汰
「地方から来たんだけど 友達がいなくって……
 良かったら――」

恵麻
「悪いけど 離れて座ってくれる?
 仲良くする気ないから」

冷たく言い放てば、彼は私と関わらないはず。
もう、友達なんて作るのは面倒だった。

恵麻
〝……居なくなった?〟

机に伏したまま窓から目線を外し、首を反対へ向ける。
しかし、私は思わず飛び起きた。

恵麻
「ッな なに!?」

そう、男子学生が自身と同じように机に付していたのだ。
私の瞳を熱く見つめながら。

奏汰
「……うーん 君と同じ目線で考えてみたんだ
 どうして そんなに不機嫌なんだろうって……」

恵麻
「はぁ?」

起き上がると私のフードを脱がせ、顔を近付けた。

奏汰
「っふふ…… 驚いた顔も可愛いね」

戸惑う私に、彼は笑みを零す。

奏汰
「僕は磐城 奏汰
 君のこともっと知りたいな」

頬杖をつきながら、宝石のような瞳を輝かせる彼は、まさに太陽みたいだった。
そう、恐ろしい程に眩しい笑顔なのだ――。
----------回想終了----------

彼の笑顔を思い出した私は、飛び起きるように伏していた顔を上げた。


「覚えていないのも無理は無い
 アイツ 高校時代はほぼ不登校だったしな」

呼吸を宥めながらもポツリ、ポツリと呟くだろう。

恵麻
「……奏汰は 受け止めてくれたの」

恵麻
「消えたくなるような過去 全部……」

そして弦の瞳を見つめながら、私は訴えるように呟いた。

恵麻
「……でも 初めから知っていた?」

その表情にため息をつくと、弦は大量の写真をテーブルに広げた。

穂高 弦
「水舞大学に通う 消息不明の学生だ」

私の瞳に映るのは、若い男女の写真だった。
1人で写っているものから、複数人のものまで様々である。


「学部 学年 サークル みんなバラバラ
 ……だが 共通の知り合いがいた」

私は、広げられた写真を何枚か目を通す。
★盗撮写真の情報
旭と奏汰が、クラブ マツリカに入る写真とカウンターでお酒を楽しむ写真。
奏汰は、旭の腰に手を回しているようだ。
彼らが写っているものは、どれも盗撮のように思える。

★自撮り写真
琴が奏汰とキスをしている写真と、クラブ内で踊り明かしている写真。

★クラブ マツリカの外観
「クラブ マツリカ(★筆記体)」と書かれたシンプルな看板がひとつ。
そして、字体の周りにはジャスミンの花々が施されている。
恐らく穴場の店なのだろう。
人目につくような豪華な装飾はなく、重厚な扉と店名の看板と至ってシンプルである。
・・・

私はこれらを見て、気付いてしまった。
そう、愛する彼が写っていることに――。

恵麻
「……奏汰?」

すると、弦は私の持つ写真に人差し指を向ける。


「ここは『マツリカ』というクラブだ
 どうやら 男女関係なく連れ込んでいたらしい」

思わず顔を片手で覆った。

恵麻
〝……つくづく男には縁がない
 でも――〟

写真をクシャクシャに握り締めながら、私は弦を見つめる。

恵麻
「信じられない
 そもそもこの写真 どうやって……?」

少しの間が空く。


「……ある女から貰った」

弦は考えて混むように顎を触ると、口を開いた。
★以下星マークはセリフの背景となる描写である。


「旭が消えたのは 昨年の8月」
(★弦が旭の携帯に掛けるも繋がらない)


「少しでも手掛かりが欲しくてな
 春から水舞大学に入学したんだ」
(★大学内で学生に声を掛け、旭の写真を見せる弦)


「あー…… その時に出会ったヤツなんだが……」

急に歯切れが悪くなり、弦は視線を逸らす。


「いや そいつの話はどうでもいい」

恵麻
〝……?〟

不審に思いながらも、私は弦を見つめた。

恵麻
「じゃあ その子と探しなさいよ
 私は私で 奏汰の行方を追うから」

立ち上がると弦の横を通り過ぎる。
しかし――。


「家なし  金なし 手掛かりなしのくせに?」

その言葉が私の足を止めた。

恵麻
「……う」


「……なぁ 気になるだろ?
 磐城 奏汰は何者なのか
 お前は今まで 何を見ていたのか」

私は、思わず拳を力強く握り締めた。


「……昨夜 何があった?」

昨日の出来事を思い返すように、私は目を伏せる。
太陽のように、眩い笑みを浮かべる奏汰の姿が、自然と瞼に浮かんだ。

恵麻
『彼は 恐ろしいほどに優しい男だった』

第2話

第3話

いいなと思ったら応援しよう!