見出し画像

にもかかわらず笑う効用

今月7日、父が悪い病気の影響で背骨を骨折し、救急車で総合病院へ運ばれました。
翌日には主治医から、骨折部の痛み緩和と神経圧迫を防ぐため、放射線治療を受けることになると説明がありました。

その説明を受けた翌日のこと。病棟の看護師さんから電話があり、「今日から治療を開始するので、放射線科の医師の説明を聞きに2時に来てください」と連絡が入りました。
急な報せに慌ただしく用事を片づけ、自転車で病院へと向かいます。昨年亡くなった母の時もそうでしたが、親が入院すると、次から次へと対応に追われ、心身ともに余裕がなくなっていくものです。

病棟に到着したのは、約束の10分前。インターフォンで看護師さんを呼び、準備が整うまでの間、ナースステーション前のフロアで待機することになりました。

ふと隣を見ると、看護師さんが他の患者さんのご家族に、困り切った様子で相談している光景が目に入りました。
「これから手術という段階になって、ご本人様が急に『やりたくない』と言い始めてしまって……。どうしましょうか」
そんな切実なやり取りを耳にしながら、どこも大変なのだな、と胸が痛む思いで待っていると、看護師さんに呼ばれ、いよいよ放射線外来へ移動することになりました。

病室の前で待っていると、二人の若い女性看護師さんに押されたストレッチャーに乗って、父が現れました。
前を引く看護師さんの「では、行きましょう」という声で出発します。もう一人の看護師さんが後を押し、私は父の顔をのぞき込むようにしてストレッチャーの横に手を添えました。

放射線外来へと続く長い廊下は、裏道のように薄暗く、ひっそりとしていました。
父は心細くなったのか、「どこへ行くんだ?」と私に尋ねてきます。
「放射線科の外来だよ」と答えますが、認知症を患う90歳の父は、しばらくするとまた同じことを尋ねます。何度も繰り返される質問と回答のループ。

4回目に同じことを聞かれたとき、私は父の不安を少しでも紛らわせたくて、わざと明るい声でこう答えました。
「アメリカだよ」

その瞬間、ストレッチャーを引いていた看護師さんたちが、思わず吹き出しました。
見ると、「すみません、あまりに予想外の答えだったから……」と、目尻に涙を浮かべるほど笑っています。緊迫した状況下で、まさかジョークが飛び出すとは思わず、笑いのツボに入ってしまったのでしょう。

実はこの「アメリカ」、もともとは父自身の持ちネタでした。昔から外出時に行き先を尋ねられると、決まって「アメリカ」と返していたのです。それを思い出し、とっさに口をついて出た冗談でした。

看護師さんが笑ってくれたことで、私の緊張もふっと解け、あたりが明るい空気に包まれました。父も安心したのか、それ以降は同じ質問をしなくなりました。

放射線治療は、その日にCTを撮り、翌日から5日間連続で行うことになりました。効果が出るまで数週間はかかると聞いていましたが、驚いたのはその4日後のことです。
看護師さんから「自力で歩いてトイレに行けるようになりました。自分でおむつも履けると思うので、リハビリパンツを買ってきてください」と連絡が入ったのです。

一時は痛みで立ち上がることもできず、このまま寝たきりになるのではと恐れていましたが、父の驚異的な回復力には心底驚き、胸をなでおろしました。

「アメリカ」という冗談でみんなで笑ったことが、福を呼んだのかもしれません。
精神科医の斎藤茂太さんは著書『笑うとなぜいいか?』(新講社ワイド新書)の中で、笑うことが心身に与える好影響について述べています。
どんな苦境でも笑うことで元気が湧き、健康にも良い影響を与えてくれると。

その象徴的なエピソードとして、アメリカのレーガン元大統領の話があります。
在任中の70歳のとき、暗殺未遂事件で銃撃され、手術室へ運ばれる際、彼は居並ぶ医師たちに「君たちは(私と同じ)共和党員だろうね」とジョークを飛ばしたそうです。
医師たちは笑いながら「今日だけは、ここにいる者は全員、共和党員ですから、ご安心ください」と返しました。そのユーモアの応酬が福を運んだのか、手術は無事に成功しました。

レーガン氏はその後、93歳まで長生きしました。命の瀬戸際でさえユーモアを忘れない強さが、その後の回復と長寿につながったのかもしれません。
父もまた、あの笑いが運気を好転させるきっかけになった気がします。

長い治療になると思いますが、父がますます健康を取り戻し、長生きしてくれるよう、これからはなるべく冗談を言い合いながら、笑って過ごせる時間を大切にしていきたいと思っています。


限界家族日記の目次はこちら
自己紹介
私が現在書き進めている小説はこちら

いいなと思ったら応援しよう!

星マモル よろしければサポートお願いします。いただいたサポートは明るい未来を創造する活動費として大切に使用致します。