「心配事の9割は起こらない」が破られた時に役立つ、レジリエンス思考法
「心配事の9割は起こらない」という言葉があります。 あるいは「神様は乗り越えられる試練しか与えない」という名言もあります。
果たして、それは本当でしょうか。
未曾有の大震災に見舞われ、家も仕事も、そして家族さえも失い打ちひしがれている人々を前にしたとき、これらの言葉はあまりにも無力で、嘘のように感じられてしまいます。
自然災害は、その人のレジリエンス(回復力)に関係なく容赦なく降りかかるものです。
あまりの理不尽さに絶望し、自ら命を絶ってしまう人が後を絶たないのが、この世界の厳然たる事実です。
「言葉の限界」を痛感した一年
私自身、この一年でその「言葉の限界」を痛感しました。
昨年、最愛の母を病で亡くし、今年の4月には父が大病を患い入院しました。最も恐れていたことが、立て続けに現実となったのです。「9割は起こらない」どころの話ではありません。
しかし、冷静に考えれば、自然災害も「死」も、いつかは100%の確率で起こるものです。 生きていれば必ず、魔法の言葉が破られる瞬間が訪れます。誰にでも、この言葉に裏切られたと感じるほどの過酷な試練がやってくるのです。
特に、年齢を重ねれば病や別れの確率は高まります。あるいは、災害のリスクがある地域に住んでいれば、その分だけ確率は変動します。
だとすれば、私たちは「心配事の9割は起こらない」という甘い言葉を、自分なりに書き換える必要があるのではないでしょうか。
たとえば「心配事の5割は起こるかもしれない」というように、現実に合わせた期待値へと調整するのです。
「心配」と「覚悟」の違い
大切なのは、その「1割」や「5割」が現実になることを前提に、覚悟を決め、備え、予防しておくことです。
起きたときの対処法をあらかじめ考えておく。それだけで、いざという時の衝撃は和らぎ、試練を乗り越える足がかりになります。
もちろん、「9割は起こらない」という言葉が全くの無益だとは思いません。あまりに未来を憂い、過剰に心配しすぎると、私たちは今を生きるエネルギーを使い果たしてしまいます。
いざ本物の試練が訪れたとき、立ち向かうための気力が残っていないのが一番の悲劇です。「考えすぎない」ために言葉の力を借りることは、心の健康を保つための知恵でもあります。
ここで重要なのは、「心配」と「覚悟」は違うということです。
「心配」が起きてもいないことに怯えて体力を消耗させることだとしたら、「覚悟」とは道にある落とし穴を想定して、心の準備をしながら歩くことに似ています。
どこかに穴があるかもしれないと心構えをして落ちるのと、不意打ちで落ちるのとでは、体と心に受けるダメージの度合いは全く変わってきます。
1割の現実を受け止める
もし心配事が現実になってしまったときは、こう捉えてみてはどうでしょうか。 「9割は起こらなかったが、残りの1割が今、順番として巡ってきただけだ」と。
そして、自分に言い聞かせるのです。 「神様は乗り越えられる試練しか与えない。だからこそ、私は今日までそのための『覚悟』をしてきたのだ」と。
世の中は複雑なので、あらゆる脅威に完璧な備えをすることは不可能です。
しかし、「現実を受け止めるための覚悟」という心の準備だけは、今この瞬間からでも始められます。その覚悟が、心をパニックから救い、冷静さを取り戻させてくれます。
その冷静さこそが、私たちが過酷な現実を乗り越えていくための、レジリエンスの重要な一要素になるのだと私は信じています。
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自己紹介
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