②『統合失調症』村井俊哉(2019・岩波新書)/ 睡眠関連幻覚と異常セイリエンス仮説
異常セイリエンス仮説
salience(セイリエンス)=顕著性
セイリエンスは事物そのものの性質(目立った色や聞き慣れない音など)、およびその周囲の事物との関係によって決まるわけですが、事物にセイリエンスを付与する役割を果たしているのが私たちの脳であり、特にドパミン神経系である、ということが明らかにされてきました。
ドパミン神経系が過剰になると本来セイリエンスが低くあるべき事物のセイリエンスが上昇してしまう。これが「妄想」や「精神病(精神症)=幻聴・幻覚」を引き起こすのでは?という説らしいのですが・・・・
(シナリオ2)
私に悪意を持ったグループがいるのではという疑念が浮かんだ私は、頭の中で彼らの会話をそうぞします。私の頭の中での想像はそもそも私自身の考えのばずなのですが、この私の中での考えごと自体に異常に高いセイリエンスが付与されると、それはもはや頭の中での想像というにははっきりとしすぎていて、外部からの実際の声として私には感じられるかもしれません。
こうして幻覚が発生してきます。
なるほど納得。
今はまだ仮説とのことですが、すごーくしっくり。
私は統合失調症ではないのですが、たまに睡眠関連幻覚を見ることがあります。
全然困ってないので病院にかかったことはないのですが、症状的にほぼ間違いないのでは?という自己診断。笑
私の幻覚は決まって寝起きです。
頭はまだまだぼんやりしてるけど目は覚めている・・・・という半端な覚醒状態にある時に起こります。
で、これがなぜ夢ではなく幻覚であると言い切れるかと言うと、うっすら目を開けている状態でなければ見ることが出来ないからなのです。目を閉じても開けても消えてしまう。薄目を開けた状態で、眼球にちょっとだけ光を取り込んでいるという条件下でなければ見ることが出来ないのだ。不思議だよねえ・・・・。
私が見る幻覚には神様も命を狙ってくる外敵も出てきません。知っている風景写真のスライドショーが流れていくだけ。昔住んでた家や生まれ育った街の風景とかが次々と流れては消えてゆきます。
たとえばどこかのおうちの台所の写真がうつしだされ「あれ?誰んちの台所だっけ?」と思っていると、カシャカシャと画角が狭まり、白い食器棚がアップに。「わかった!Kさんちだ!」みたいなことがおこるのですが、この体験に異常セイリエンス仮説をのっけて眺めてみると・・・・
①イッパツ目の「見覚えのあるどこかの家の台所」という時点では、この画像はおそらく、文字通り「台所」という概念イメージでしかないはず。
②「誰んち?」という疑問が浮かんだ途端、セイリエンスの検索が始まり・・・・
③脳が「Kさんちの白い食器棚」というセイリエンスを選択、このゴールへと導かれてゆく過程が「画角が狭まり食器棚がアップになってゆく」という視覚的な過程を生んでおるのではないか(推測)
④幻覚をイベントとして楽しんでいる=「境界線の存在」「コントロール可能」(目を開けるか閉じるかすれば消すことができるということをわかった上で眺めている)。私が幻覚に飲み込まれないポイントはたぶんこれなんだろーな。
このあたり(第二章p.30前後)には特に睡眠関連幻覚への言及はないのですが、個人の体験を重ねてみるとこんな感じかなあ、と。
異常セイリエンス仮説。
大収穫。
