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⑦『統合失調症』村井俊哉(2019・岩波新書)/ 妄想と宗教的信念との違い

ラプチャーとは

キリスト教の終末論において、イエス・キリストの再臨時に信徒が空中に引き上げられる「携挙(けいきょ)」という現象

Google先生

キリスト教原理主義界隈での信仰。

ハルマゲドンにより世界が廃墟と化した後、イエス様が「よきキリスト教徒(すでに亡くなっている人たち)」とともにエルサレムに復活する・・・・と信じられている。

Q.がしかし、ハルマゲドンを生きて迎える「よきキリスト教徒」はどうなるのか? すでに亡くなっている人たちは救われるのに、生きて迎える人たちは救ってもらえないのか?
A.ラプチャー(携挙)

ハルマゲドンが近づいたある日、人類の中から「よきキリスト教徒」だけがピックアップ(携挙)され忽然と姿を消す。そして彼らもまた最終戦争後にイエス様たちと一緒にエルサレムに復活するのだ、・・・・というのがラプチャーという思想なのだそう。

たとえばこのラプチャーのような宗教的信念と「悪の組織が世界を支配しようとしている」などといった妄想とをどうやって区別したらよいのか。
※先生に悪意はありません。

妄想と宗教的信念の区別

ヤスパースの妄想の定義
①その内容がありえないこと
②非常に強い確信
③訂正不能であること

これだと宗教的信念も妄想にカウントされてしまう

なのでこうなった。↓

特定のサブカルチャーで共有されている信念は、それがそのサブカルチャーに属さない人にとってはいかに奇妙なものであっても、妄想とはしない。

p.168

これで、キリスト教も日本の墓参りの風習もノーカンになる、と。
おおっ。ホントだ、これ上手い!

がしかし、「ある宗教を最初に広めた教祖はどうなるのか」「最初は妄想だったものが何人か言いくるめてしまえば妄想でなくなるのか」等、「妄想という現象には、一般医学のように割り切って考えることができない部分があることがわかります(p.169)」。
・・・・たしかに! おそらくこれもまた地続き。スペクトラム。

妄想を自然化する

自然化=自然科学で扱える概念とすること

この試みの一つが異常セイリエンス仮説なのだそう。
この仮説をあててみると、妄想・信念・無信念のスペクトラム感が更に増してくる印象。
いつかこの仮説に科学的根拠がハッキリとセットになる日がくるかもしれません。私が生きてるうちにそれを眺めることができたらいいナと思います。


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