Audible『桶川ストーカー殺人事件 遺言』清水潔(2004・新潮社)
もしも、我が父の人となりを単語一つで表現しろといわれたら。
思い浮かぶフレーズは数あれど、やっぱり私はこれを選ぶ。
ストーカー
前科があるわけじゃないし『ぽい』だけなんだけど。
ストーカー風味。
ストーカー属性。
ストーカーの素質。
父の放つあのねっとりと危うげな、迷惑極まりない『ストーカーっぽさ』の正体とは?
今回は犯罪ノンフィクションをチョイス。
実際にストーカー認定されている人物と父とを比較し、共通点を探ってみようという試み。
被害者猪野詩織さんの元交際相手・小松和人はとても暴力的な男だったようだ。が、うちの父は気弱で大人しい。
よって今回は『暴力』以外の領域から両者が「似てるなあ」と感じるポイントをあげてみた。
・執着心が強い
・依存的
・情緒不安定
・被害妄想
・他罰的
・突如の激昂
・自分を大きく見せたがる傾向
・繊細
・疑り深い
と諸々ある中で、私が群を抜いて気になったのがこれ。
「話が通じない」という謎。
わかるっ。わかりますっ。同じ日本語を話す者同士なのに、いったいなぜああも話が通じないのかっっ(悔)
以下は私目線で小松案件の中に探した父との共通点。気づきを2つ。
1.ご都合主義的曲解の甚だしさ
「小松さんは詩織さんに浮気されたと思っていて、裏切られたってものすごく恨んでいました。普通に生活できないようにしてやる。風俗で働かなきゃならないようにしてやるんだ。俺の部下たちに回させてやる。身体を傷つけて滅茶苦茶にしてやるんだって泣きながら話していました」
関係者の談によれば、詩織さんが小松に別れ話を持ち出したのは「彼が怖かったから」だ。浮気じゃない。
同じ時間、同じ経験を共有しているはずなのに、右と左から別々の物語を読み上げているかのよーな強烈な空振りが相互に発生。ゆえにどんだけ話しても平行線のまま話が前に進まないのだ。
うちの父もそうだけど、彼らには『普通はこう』とか『妥当な解釈』みたいなモノは一切通用しない。妄想的なご都合解釈に固執し決して譲らず、周囲の人間にも力ずくでこれをおしつけてくる。
2.ご都合主義的記憶喪失の不思議
署の2階のガラス窓ががらりと開いた。そして先ほどの姉と母親と思われるふたりの女性が顔を出した。ふたりはあらかじめ用意してあったと思われるメモを下にいる私に向かって一方的に大声で読み始めた。
「ハイエナ!おまえたちマスコミは死体に群がるハイエナだ!和人はマスコミに殺された。おまえたちに人の気持ちがわかるのか。先日フォーカスに電話して男の人に和人がロシアになんて行くはずがないと抗議をした。でたらめ。和人は無罪だ!」
そんな内容を大声でわめきたてた。
え? 無罪? なんでどうしてどういう意味?
どうしてこんな言葉が出てくるのだろう。被害者の詩織さんや彼女のご家族に「ウチの息子が申し訳ありません」って思わないのだろーか。
A.小松らのグループが詩織さんを追い詰め、殺害。
↓
B.逃亡中の小松が自殺。
という時系列は、この事件を知る者たち(大多数の日本人)の共通認識だったハズ。それなのに小松の家族は、Aをまるっと無視してBのみで構成された世界に生きている(ように見える。私には)。
なぜだ。いったいなぜなんだ。
誰か偉い先生に、彼ら彼女らのメンタリティを解説してもらいたい。
ちなみにうちの父の場合は「覚えていない」のだそう。「人から言われた(された)ことは覚えているが、自分が言った(やった)ことは覚えていない」という(本人談)。
なんつーやりくち。改めて凄い手口だ。
だってこのご都合論法を振りかざせば、スティック一振りですべての悪事をチャラにできる。そやって己の加害行為を消し去った上で、偽りのストーリーを捏造しているとでもゆーのか。わからない。
これがわざとじゃないってんなら、父、マジでビョーキかもしれないな。
*****
こんなことをゴチャゴチャ考えたところでさして意味などないのですが、頭の整理くらいにはなったかなと思う。
はーあ。毒吐きすぎた。
そうだなあ。次の読書はガラッと路線を変更して、愛と勇気とーーー
〇ンパンまーーーん!
160/200
2025.10.8.
『すぐ感情的になる人』片田珠美(2016・PHP新書)
目の前の現実を直視できず否認しようとする傾向
すぐ感情的になる人にしばしば認められる傾向なのだそう。
そもそも、否認は「不快で苦痛に満ちた状況に対する健康的な対処法」であり、「予期しないショッキングな知らせを受けた時にその衝撃をやわらげる」機能を持っている(『死ぬ瞬間ーーー死とその過程について』E・キューブラー・ロス著、鈴木晶訳、中公文庫)。したがって、困難な現実に直面すると、最初は誰でも多かれ少なかれ、否認を防衛メカニズムとして用いて乗り越えようとする。
何かとんでもない事態に出くわした時、我々は初手で「ウソだろ!?」「信じられない!!」等の否認をかませることによって自分を落ち着かせ、時間の経過とともに徐々に現実を受け入れてゆく。
否認てのはあくまでも一時的な自己防衛なんですって。ところが中にはどーしても「現実の受け入れ」というステージに移行していけない人がいる。ご都合解釈にしがみついて離れられないような人が。
こういう人は、受け入れがたい現実を否認し続けていたいので、どうしても向き合わざるを得ない状況に置かれると、感情を爆発させる。ストーカーの男性が、相手の女性が自分を嫌がっている事実を知らされると怒りだすのは、その典型だろう。つまり、本来は一時的な自己防衛に過ぎない否認を続けることによって、自己愛が傷つく事態を防ごうとする。
裏返せばそれだけ自己愛の傷つきを恐れているということでもある。だから、ラ・ロシュフコーもいっているように「自己についての錯誤・無知」に陥りやすく、「自分で自分が見えなくなる」。当然、暴走しても、反省もしないし、フィードバックもかからない。
「受け入れがたい現実を否認し続けていたい」というのは「自分の見たい世界しか見たくない」という無理ゲー的な我儘とイコールではないか。
こう書くと大変失礼だが、幼稚よねえ。幼子が「こうでないとイヤーーーッッ!!」と泣きわめいているかのような光景を想像してしまう。
我儘と幼稚ってツインレイ。
境界性人格障害等にも同じニオイを感じます。というか、片田先生が第1章であげられていたキーワードのほとんどに同じニオイを感じます。
幼児性・・・・とくれば、加藤諦三先生が頭をよぎる。
加藤先生の言われる退行的性質。これきっと、元々「こう」、形質的に「こう」みたいな人がいるんだろうなと思う。パーソナリティとして。
ストーカーの論理の組み立て方と陰謀論 似てないか?
ストーカーの論理の組み立て方と陰謀論には、いくつかの類似点が見られます。どちらも、特定の事実や出来事を自分に都合の良いように解釈し、無理やり関連付ける傾向があるため、そう思われたのかもしれませんね。
🧩 陰謀論の論理の組み立て方
陰謀論は、以下のステップで構築されることが多いです。
選択的な証拠の採用:陰謀論者は、自分の理論に合う事実や出来事だけを選び取り、それらを組み立てていきます。他の事実は無視するか、目に入らないようにします。
無関係な事実の無理な結びつけ:星座のように、本来は物理的な関係がない事実同士を線でつなぎ、あたかも論理的な関係があるかのように見せかけます。
証拠の不在を証明として利用:「もしそれが本当なら、もっと多くの証拠があるはずだ。証拠が少ないということは、捏造だ」といったように、証拠がないことを逆にその主張が誤りである証拠として用いることがあります。
🧠 人々が陰謀論を信じる背景
陰謀論は、人間にとってごく自然な心の動きから生じることがあります。
防御のメカニズム:人々は疑念を抱くものであり、説明できないことを恐れる傾向があります。陰謀論は、そうした不安に対する防御のメカニズムとして機能することがあります。
真実の部分:多くの陰謀論には、誰もが同意するようなわずかな真実の要素が含まれていることがあります。これにより、信頼を築きやすくなります。
認知バイアス:人々は、自分よりも他人がフェイクニュースや陰謀論に影響されやすいと考える「第三者効果」のような認知バイアスを抱えることがあります。また、一度信念を形成すると、その信念をなかなか捨てない傾向があります。
🚶♀️ ストーカーの論理との共通点
ストーカー行為も、特定の情報や状況を自分勝手に解釈し、それを根拠に相手への執着を正当化する点で、陰謀論と共通する論理構造を持つ可能性があります。例えば、相手の些細な行動を自分への特別なサインだと捉えたり、無関係な出来事を自分と相手の間の運命的な繋がりとして解釈したりする場合があります。
