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mutsumimutsumi
自分の子供がどういう子なのか知った場所
プレーパークでは、親子ともどもかなり長い間遊んだ
都会にある、何も禁止されていない公園、焚火や小屋をつくることさえできる。
幼稚園に入る前から、中学校で部活が忙しくなるまで、平日はもちろん土日もプレーパークで子供は遊んでた。
僕もなるべく時間をみつけて、プレーパークに通った。
そこで自分の子供がどんな子なのか、家ではみせない上下左右の友達との関係を通じて、子供の姿を知ったように思う。
読み聞かせを通して父親になったが、子供のことを本当に知ったのは、プレーパークでの果てしなく長い時間を一緒に遊んで、だと思う。誰かのことを本当に知るには、長い時間を一緒に過ごさなきゃだめ。ほとんどの父親は、単純に子供と過ごす時間が短すぎるように思う。
母親にも言えることだが、子供が本当に目が離せず、手のかかる期間はおどろくほど短い、携帯は横に置いといて、子供をみよう。
ベーゴマ、カードゲーム、木登り、ありとあらゆる種類の鬼ごっこ、はちむし、とりかご、ドッチボール、どろけい、小屋づくり、工作、泥遊び、水遊び、銃撃戦(水鉄砲とか)、釘さし、焚火、焼き芋、マシュマロ焼き、とにかく思いつく限りのありとあらゆる遊びをやった。
人数が集まれば、近くのグラウンドでサッカーや野球もやった。
中学受験をしなかったのもプレーパークでの遊びが充実していたおかげ。受験勉強は、そこでの遊びほど楽しくないから。
ベーゴマなんかも作る工場まで行ったし、その選び抜いたやすりを使っての削りは完全に機械工作の世界、結果が勝敗に直結する機械工作
今でも犬の散歩で近くを通ると懐かしいが、自分の子供のいないプレーパークにはなぜか入る気がしない。
