うたかた古書店 第一章『創作大賞2024』
あらすじ
『その古書店』は住所不定。いつ、どこで開店するのか、誰も知らない。名前すらない『その古書店』の蔵書はたった1冊。そんな不思議な古書店に、今日もまた迷い込むように訪れた誰かが、扉のカウベルを鳴らす。その先に何が待ち受けているのか。それを知るものは誰もいない。いえ、もしかしたら、誰もが本当は知っているのかもしれません。
プロローグ
『その古書店』は住所不定。
いつ、どこで開店するのか、誰も知らない。
名前すらない『その古書店』の蔵書はたった1冊。
都市伝説のようにそう語られる。
今日もどこかで『その古書店』の扉のカウベルが静かに響く。
カランコロン
蓮見結子の書
暑い!暑い!!暑いっ!!!
春休みが終わったばかりだというのに、ここ宮城でも連日続く夏日。
首筋を滴り落ちる汗を拭いながら、ギラつく太陽を、それに負けないくらいギラついた目で睨む。
蓮見結子42歳、2児の母。
大型モール内にある雑貨店のパートを終え、駐車場に向かうところだ。
14時で退勤したら、同じモール内の食品売り場で夕飯の買出しをして帰宅。
息子らの下校前のほんのひととき、インスタントコーヒーと見切り品のスイーツで、至福のご褒美タイムを堪能するのが日課だ。
証拠隠滅を抜かりなく終え、掃除と洗濯を一気に終わらせると、「ピンッポピンッポ、ピンッポーン!」と、威勢のいいインターホン連打が息子らの帰宅を告げる。
そこからは習い事の送迎の合間に、夕飯だ、風呂だ、片付けだと、怒涛の主婦業で1日が終わる。
今日もそんなルーティンのため退勤ダッシュ。特売日で大混雑の商品売場をスルーしてきたのに、赤信号で足止めを喰らう。
思わず舌打ちし、紫外線降りしきる日差しの下、バッグからスマホを取り出すと通知が数件。アプリからの要らぬキャンペーン通知をサクサクと消去していた指がふと止まる。
「上田真人からメッセージ」
3つ下の弟である。
ため息ひとつついてタップすると短いメッセージが表示された。
「久しぶり。おふくろの三回忌どうする?」
心にチクリと痛みが走る。
信号待ちをしていた歩行者が一斉に動き出したのにつられ、顔を上げスマホをバッグに放り込み歩き出す。
駐車場でカンカンに熱くなった車内に乗り込み、急いでエンジンをかけて窓を全開にする。エアコンをフルパワーにして、吹出口を直接顔に向けた。
「ふぅぅぅぅぅっ!」
エアコンでなびく前髪をかきあげながらヘッドレストに頭をもたれ、リクライニングを下げる。
ゆっくりと瞼を上げて駐車場の奥に広がる臨海工場群に目をやる。いくつもの煙突から流れる煙が、どれも同じ方向にゆったりと線を引いてゆくのをぼんやりと眺めた。
4月29日。
母の命日。
チクチクとまた心に棘が刺さる。
「お父さんを心配して言ってるの。1人で在宅介護なんて、現実的に考えて無理でしょう!?」
感情的に大声を出した。
「24時間365日、ずっとよ?それを1人でやるっていうの?わたしだってお母さんのお世話はしたいけど、家庭も仕事もあって、宮城からそうそう来れないの。分かるでしょ?」
「お世話なんてして欲しくない!」
父も声を荒げた。
「ヘルパーさんが交代で夜も来てくれることになった。緊急の時は当直の看護師さんが夜中でもすぐに駆けつけてくれるし、担当の医師も定期的に回診に来てくれる。なんの問題もない。手伝いとか、ましてやお世話なんて必要ない。お前に何かして欲しいなんて思ってない。自分たちのことは、自分たちで決める。」
「あぁそう。余計な口出しするなって事ね。はい、分かりました。」
「さてと!」
頭から記憶を振り払うように、勢いよくリクライニングを戻し、姿勢を正してベルトを締める。
エアコンを切り、車を発進させる。が、いつもなら右折する自宅への道を、自分でも無意識に左折した。
臨海工業団地を抜ける産業道路は、片側4車線の直線道路。走行距離 10万kmをとうに超え色褪せた黒の軽でも、窓を全開にすれば真っ赤なポルシェで走り抜けてく気分だ。
いつもとは違う景色。
産業道路はやがて国道へと繋がる。交差点で国道に入らず細い脇道へとハンドルを切った。
古い家並み。庭先の桜の木がその家の歴史を物語るように、大きな枝葉を空いっぱいに伸ばしている。
家屋もポツリポツリと数を減らし、田んぼと小さな森が連なる景色の中クネクネと道は続く。
そろそろ大きい通りに戻らないと…Uターンできそうな場所を探していると、カーブの先に神社の駐車場が見えた。
数台止まれそうな砂利の駐車場。その脇にはこじんまりとした石造りの鳥居が立ち、細い階段が小山の上へと続いているようだ。
駐車場に車を停めると、車をおりて大きく腕を天に伸ばし深呼吸。街中じゃ恥ずかしくても、誰もいない山の中だとできてしまう不思議。
鳥居で一礼してから階段を覗き込む。木々に日差しを遮られた森の空気は、少しひんやりとして湿った土の匂いがした。
石造りの階段は真ん中に古びた手すりがつき、急勾配で小刻みな段がひたすら続く。チラリと見える頂上の赤い鳥居までは結構な距離だ。
一瞬、登ってみようかという気持ちが湧いたが、仕事終わりの足腰がそれを拒否している。
今日は帰ります。
もう一度一礼して頭を上げた時、駐車場の敷地の奥から裏手に向かって小径が続いているのに気がついた。どうやら看板が立っているようだが、こちら側からは見えない。
ザクザクと音を立てながら看板に近づく。黒いスチール製の支柱は美しい流線を描いて地上から伸び、先端は蔓のようにくるりと巻かれている。そこにかけられた楕円形の木板に刻まれているのは『古書』の二文字だった。
苔むした飛び石がつづく小径の先に目を向けると小屋が一軒。
まるで童話の世界。なんとも言えないぷっくりとした、キノコのような赤い屋根の木の小屋。
神社の横にキノコって…。
腕時計を確認すると、15時を少し過ぎたところだ。夕飯は冷凍しておいた餃子と昨日の残り物に、余り物ぶっ込み味噌汁でなんとかなる。30分くらいなら寄り道できるだろう。即座に時間を見積もり、小径の奥へと進むことにした。
キノコ小屋の正面の階段を2段あがると、小さなポーチの先に入口はあった。上部が孤を描く大きな扉には、ステンドグラスの装飾窓が嵌め込まれている。
外から中の様子は見えない。呼び鈴らしきものも見当たらない。
「こんにちは〜。」
恐る恐る扉を押し開けると、内側に掛けられていたカウベルが鳴る。
カランコロン
渋みを帯びた柔らかい音と共に、ふわりと木の香りと温もりが漂った。
「ごめんくだ……ん?」
半分店内に踏み込んだまま、思わず立ち止まってしまった。
古書店のイメージで開けた扉の先が、その想像図とは全く別のものだったからだ。
本がない。
書棚さえない。
ぽっちゃりした円錐形の外観から、円形の店内に所狭しと書棚が並んでいるのだろうと想像していた。
けれど、店内は至ってシンプル。
正面にはカウンター。サイフォンやカップが並んでいるところを見ると、カフェを併設しているのかもしれない。
だが、テーブルは部屋の真ん中にポツンとひとつだけ。そこに椅子が一脚添えられている。
…もしや、お店じゃない?急遽浮上した『誰ぞのお宅に不法侵入疑惑』に、慌てて半身を戻しドアを閉めて退散しようとした時。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ。」
ギクリッ!
声の主はカウンターの中。どこかで見たことのあるような立派なタマネギヘアの老女。丸襟のゆったりとした紺色のワンピースに、フリルのついた白い腰巻きエプロン姿で穏やかな笑みを浮かべて立っている。
「あ、突然すみません。外の看板に古書とあったので、書店かと思い入ってしまって…」
あたふたと全力言い訳モードの様子を見て、老女は「ほほっ!」と上品に口元に手を添えて笑った。
「えぇ。看板の通りここは古書店で、わたくしがここの店主です。お待ちしておりましたのよ。どうぞお座りになって。」
ゆったりとした語りかけに、心がすっと落ち着いた。
「では、お邪魔します。」
お待ちしておりました…に少し引っかかりながらも、促されるまま部屋のほぼ中央に置かれたテーブルに向かう。
アンティーク調のラウンドテーブルは艶やかな深みのある色味で、派手すぎない彫刻の入ったトライポッド脚が素敵だ。椅子の上品な光沢のあるベージュのクッションに腰を下ろすと、背もたれが背中を包み込むように心地よくフィットした。
改めて店内を見回す。木の温もりに包まれた優しく清潔感のある空間。窓のない丸太組の壁にはさまざまなドライフラワーが掛けられている。
家具のないシンプルな部屋。
やっぱりここは古書店ではないよね?と心の中で自問する。
カウンターでかちゃかちゃと何やら支度していた店主がトレイを持ってやってきた。
「外はお暑かったでしょ?桜もまだ散りきってないのに夏日だなんて。お待たせしました、さぁ、どうぞ。お口に合うと良いのだけれど。」
そう言って出されたのは、黒い漆塗りの小盆。そこにはお箸の添えられたガラスの小鉢と温かいお茶を淹れた湯呑みが乗っている。
淡い赤や青の水玉模様の施された、涼しげなガラスの小鉢を覗き込む。それは『ところてん』だった。
「あの、これは・・・。」
注文したわけでもなく出された突然のところてんに仰天し、店主に困惑顔を向ける。店主は片手を横に振りながら笑顔で言った。
「お代はいいのよ。これはご来店された方への心ばかりのおもてなし。当店のしきたりみたいなものなのよ。遠慮せず召し上がって。」
「は、はぁ・・。」
そうは言っても、行きずりの店で突然出されたところてんを勧められるがまま口にして良いものか?
古書店なのにところてん?
って、なんでところてん???
両手を膝に乗せ、ところてんを見つめながら自問自答を繰り返す。
「なんだか困らせちゃったかしらね?ご無理なさらないで。」
と、申し訳なさそうに下げかけられたところてんを、ぐいと引き戻す。
「いえ!無理だなんて。遠慮なく、いただきます!」
これも何かのご縁だ!食ってやる、食ってやるとも!
もはやヤケクソ気味にお箸をとり「いただきます」と手を合わせ、ツルンとすする。
その冷たさを咀嚼してハッとした!もう一度小鉢の中をじっくりと見つめる。
「これって・・・」
「えぇ、そうなの。こちらの方はところてんと言えば酢醤油で召し上がるでしょう?でも、わたくし幼少期を関西で過ごしましてね。あちらでは黒蜜やきな粉をかけて甘味としていただきますのよ。あちこち転々としましたけれど、ところてんだけは、やっぱり黒蜜が譲れなくって…」
突如、涙がこぼれた。自分でも驚くほど、次から次へと涙がこぼれ落ちる。初対面の人前でみっともない。手で涙を振り払い堪えようとすればするほど、涙は止まらなくなった。
ふと背中に温もりを感じた。店主が寄り添い、背中を優しくさする。
「いいのよ。我慢しなくていいの。ここはそういう場所なのよ。」
感情が慟哭となって溢れ出す。
そうか。わたしはずっと、ずっと、ずっと我慢していたんだ・・。
どれほどそうしていただろう。心に溜まった何かを吐ききり、ようやく呼吸が落ち着いた。ぐちゃぐちゃになった顔をあげると、そばで静かに背中をさすり続けてくれていた店主がハンカチを差し出してくれる。
「すみません。」
もはや恥ずかしさも通り越して開き直りの境地だ。顔中の色々なものを丁寧に拭き取り、小さくひとつ息を吐いて呼吸を整える。
「お見苦しいものを失礼しました。このハンカチは洗ってお返ししますので。」
「それは差し上げるわ。お気になさらないで。お茶、淹れなおしましょうね。」
冷めたお茶の入った湯呑みを手に取り店主はカウンターに戻り、わたしは再びところてんをすする。
ツルン。
甘い黒蜜の香る冷たいところてん。
懐かしい『母の味』。
店主から差し出された温かいお茶を受け取りながら言った。
「実は、わたしもところてんは黒蜜なんです。母は東京生まれの東京育ちだったんですけど。母方の祖母が関西出身で、ところてんは黒蜜派。お陰でわたしもところてんは甘いものだって思い込んじゃって。初めてお店でところてんを頼んだ時、刻み海苔とカラシがのってるのを見て、なんのマネだーっ?!て。」
「まぁっ。ほほっ。」口に手を添え上品に笑う店主。
「黒蜜のところてん。何十年かぶりにいただきました。懐かしくて、とっても美味しかったです。ごちそうさまでした。」
「それは良かったわ。」
「実は、もうすぐ母の三回忌なんですけど。」
自分でも不思議だが、自然と口に出てしまった。
「母が亡くなった後、栃木の実家とは疎遠になってたんです。父とは色々あって。」
胸の奥でチクチクと痛みが疼く。
「何度も夜中に駆けつけるこっちの気持ち、想像したことある?」
ヒステリックな自分の声が頭の中にも響く。
「痛い、苦しい、もうダメだって、しょっちゅう電話よこして。死ぬ程苦しいなら、救急車呼ぶか、真人に来てもらうかでしょ普通。すぐそこに住んでるんだから。」
「病院に行ったって治るわけじゃない。真人が来たって同じことだし、アイツには電話したくない。」
「はぁ?まだそんな事言ってるの?だからあたし?毎回夜中に宮城から高速飛ばして来なきゃいけないわけ?こどももいて仕事もあるの!」
「別に来て欲しいとは言ってない。辛い時に声聞きたかっただけだ。」
「だから、何もできないのに、そんなうめき声で電話されるこっちの気持ちが分からないのかって言ってるの。お父さんから着信あるたびに胃が痛くなるのよ!」
「お前こそ、母さんが死んで苦しんでる俺の気持ちが分からないのか?電話の一本もするなというのか!」
「あたしなりにできる限り寄り添って来たじゃない。これ以上、どうして欲しいの。こんな呼び出し方、もういい加減にしてよ。たまったもんじゃないわよ。」
俯いて黙り込んだわたしの背にそっと手を触れてから、店主は手際よくテーブルを片付けると、カウンターの奥から何かを持ってきた。
「さぁ、どうぞ。」
そっとテーブルに置かれたのは一冊の本。表紙は金糸で縁取られた深いボルドーの皮製で、文字はなく、映画に出てくる魔法書のようだ。
「では、ごゆっくり。」そう言って店主はカウンターの奥へ消えてしまった。
ひとり残された店内にはBGMもなければ、時を刻む時計もない。その静けさが心地良い。
そっと表紙に手を添えると、ほんのり温もりを感じる。
朝、目が覚めて今日が始まった時は、いつもと変わらぬ1日だった。それが、たった2行のメッセージに心がざわめき、逃走本能で車を走らせた結果、この店にたどり着いた。
この本に出会うため?
ゆっくりと深呼吸をしてから、重厚なその表紙を開く。
まっさらな白紙のページ。そこに、ふわりと文字が現れた。
『蓮見結子の書』
浮き上がった文字に息をのむ。わたしの名前。
恐る恐る指を触れると、心地よい、柔らかな風が新しいページを開く。
新しい白紙のページに、またふわりと文字が浮かび上がる。
『得られるのはどちらかひとつ』
指で触れ、風がページをめくる。
それは亡くなった母と、実家の老猫の名だった。
どちらかひとつを選ぶってこと?
もう一度、目を閉じゆっくり深呼吸をする。
心を決めた。
そっと指で触れる。
※さぁ、あなたはどちらを選びますか?どちらかを選び、指で触れて下さい。そこに記憶の扉が開きます。
『創作大賞2024』応募作品
↓以下、全編URL
『うたかた古書店 第二章 上田百合子編』
『うたかた古書店 第二章 白玉編』
『うたかた古書店 最終章』
※2024/7/9 最終話 大幅に加筆修正いたしました。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたサポートはクルクリの腹の足しになります♡