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「明確な目的」の根本にあるもの

私は時々、便宜的に「明確な目的」とか「本当の自分」という言葉を使うけど、とても誤解されやすい言葉だと思う。
「明確な目的」と言うと「月収◯万円」みたいなものを思い浮かべる人もいるし、「本当の自分」と言うと「単一の自分像」を思い浮かべる人もいる。
でも私の言いたい「明確な目的」や「本当の自分」は、それとは違う。

私が言う「本当の自分」は、固定された性格や役割のことではない。その人の奥底に流れている、根源的な願いや価値観のほうに近い。

それに私が言う「明確な目的」とは、そうした願いや価値観から生まれる人生のコンセプトのようなものだ。

たとえば「明確な目的」についてよく聞くのは、「年収を◯◯円にする」「世界一周する」「本を出版する」などの分かりやすく数値化、可視化できるものだ。
そういった目標は、達成すれば終わる。
それも、別に悪くない。
ただ、達成して満足し、設定し直し、また達成して満足する…と生きている限り繰り返すことに、疲れてしまわないだろうか。それって、ダッシュで走る短距離走を繰り返すようなものだ。

そこで、企業が持つ「コンセプト」に着目してみよう。
企業には「売上目標」とは別に「コンセプト」がある。
売上目標は達成すれば終わるが、コンセプトは終わらない。企業が社会に存続する限り、抱え続けるものだ。

なぜその会社が存在するのか。
どんな価値を世の中に届けたいのか。

コンセプトは、商品やサービス、売上目標そのものではなく、その奥にあるビジョンや価値観、世界観や理念を表した軸のようなものだ。

企業は、これに沿って何を作るか、どこに力を入れるか、何を選び捨てるかを決める。そのすべての判断は、コンセプトから生まれている。

私が「明確な目的」と呼んでいるものは、この企業のコンセプトに近い。
数値的に達成して満足するものではなく、その人がどういう選択をし、どういう方向で生きていくかを決め続けるための中心軸のようなものだ。

この話は、時々別の意味に受け取られることがある。
たとえば先日頂いたコメントでは、「明確な目的を持つこと」が「どこで満たされるかを決めること」として解釈されていた。

確かに、「目的」という言葉は一般的に達成や満足と強く結びついているので、そう捉えるのも自然だと思う。

ただ、それだと結局生きづらくなってしまう。
その人がどこで満たされるかは流動的なものだし、時代や状況などですぐに揺らいでしまう。
軸は、どんな時代でもどんな状況でも一生変わらない、揺るぎないものであったほうがいい。

たとえば「お金を稼ぎたい」という目的があるとする。
これを突き詰めると、
安心したい
つながりたい
誰かの役に立ちたい
世界がより良くあってほしい
より自由な世界であってほしい
といった、根源的な欲求に行き着くことが多い。
はっきりした形を持たないけれど、根っこにある願いのようなものだ。

私たちが日頃立てている細々した目先の目標や選択の奥には、実はそういうものが隠れている。
その根本にある、一人の素の人間としての根源的な願いを見つけ、しっかりと自分の意識下に置くこと。

それは人生の羅針盤になって、選択するとき、迷ったときに、自分の人生の方向性を指し示してくれる。
そしてそれはひとつひとつ達成して終わるものではなく、人生の終わりまで末永く伴走し続けてくれるものでもある。

自分の人生のコンセプトをしっかり立てたいと思ったときには、こちらの記事をどうぞ。


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