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【短編】ポスト(4)

4.義姉

 背中にドンと突き上げるような衝撃を感じて、目が覚めた。私をのぞき込む顔が見えた。救急隊員のようだ。実際に目にするのは初めてだが、テレビドラマでこんな制服の人を見た記憶がある。
「大丈夫ですか」
「はい」
 私が起き上がろうとすると、彼は手で軽く私の胸を押さえながら、
「まだ寝ていて下さい。どこかしびれや痛みはありませんか?」
 と尋ねた。私は手足を動かして確認した。
「ええ、ありません。あの、どうして私は……」
「あなたはコンビニの前で倒れたそうです。覚えていますか?」
 そうだ。店を出た途端に頭がくらっとして……。
「はい」
「脱水症状のようです。おそらく熱中症でしょう。頭部に外傷は見当たりません。受け答えもしっかりしているようですが、念のため病院にお連れします。脳の検査してもらって下さい」
「必要ありません」
「そうやって帰宅して、後から脳に異常があったことが分かって、後遺症が残ったり、亡くなったりした方を、私は何人か知っています。過信してはいけません」
「はい。でも大丈夫です」
「分かりました。もし気分が悪くなったり、吐き気や目眩めまいなどの症状が出たら、すみやかに病院に行ってください」

 救急車を矢田駅近くまで戻してもらった。そして人目がない場所で車を降りた。
 私はコンビニに立ち寄り、水を買って、救急車を呼んでもらった礼を述べた。店長は私の体調を気遣う様子だったが、レジに客の列ができて対応に追われ始めたのを機に、再び礼を言って私は店を出た。


 気を失っているうちに見た夢の中には、当時の私が知り得なかった情報も入っている。それらは先日、妻から聞いた話に基づくものだ。

 一ヶ月前、西田亮子が亡くなった。
 先日私が葬儀に列席した親戚というのは、義姉の西田亮子だ。私が帰省したのは数十年ぶりだった。そのことが忘れていた記憶をよみがえらせた。
 西田一家は、ケンちゃんの事故の後間もなく、居たたまれなくなって隣の白山町に引っ越した。
 由紀子とは高校で再会した。私はその後、由紀子と結婚して竹ノ内町を離れたが、亮子はそのまま白山町に住んでいた。

 参列者は数える程しかいなかった。その中にケンちゃんの姉さんがいた。通夜が終わって参列者が三々五々帰って行く中、彼女は最後の一人になるまで残っていた。すっかり年老いてかつての面影はなく、名乗られなければそれと分からなかった。
 彼女は意を決したように話し出した。
「今さら、こんなこと言えた義理ではないんですか……」
 彼女は苦しそうな顔で続けた。
「実は弟の死は心臓発作にるものだったんです」
 当時、健一は自転車をぐのも負担になるほど心臓は弱っていたらしい。死亡から葬儀まで三日開いたのは、遺体を司法解剖していたからだそうだ。後日、現れた目撃者の証言がそれを裏打ちした。
 健一は事故の前に心臓発作を起こし、運転手が主張するように「胸を押さえて苦しそうな顔で、ふらつきながら車の前に倒れ込んできて」大型トラックにはねられのを、対向車線を走っていた運転手が見ていた。彼はしばらく停車して様子を見ていたものの、急ぎの配達があったので、直ぐにその場を離れたそうだ。

 ただ事故の状況がはっきりしたにも関わらず公表されなかったのは、健一の父親が関係者には固く口止めしたからだった。当時、妻は神状態はすこぶる不安定で、その事実を知ったら、健一を一人で送り出したことを自責して、後追い自殺しかねなかったからだと、父親は言い訳したそうだ。
 妻を送って安堵あんどした父親が「今になっては、どうしようもないことだが……」と彼女に打ち明けたのだと言った。

 健一は亮子の言葉に悲観して衝動的にトラックに身を投げたのではなかった。
 しかし健一の両親にすれば、事故を誰かのせいにして、その人を憎むことでしか、生きるすべがなかったのかも知れない。

「姉は、自分が健一君を殺したんだって、死ぬまでずっとそのことを悔いていたんですよ。心を病むほどに。何でもっと早くに、教えてくれなかったんですか。せめて姉が生きているうちに……」
 由紀子はそう健一の姉を責めながらも、本当の死因が分かったところで、姉から自責の念がなくなることはなかっただろうとも思っていた。


 妻は姉の亮子が亡くなる一ヶ月ほど前から、看病のため帰省していた。
 亮子は自分の心ない言葉が健一を傷つけ死に追いやったと思い詰めた。それが元でまた精神を病んでしまった。大学は退学し、結婚もせずに、ほとんど引きこもり状態で、実家の世話になっていた。両親が他界した後は、一人で実家に暮らしていた。
 亮子は亡くなる数日前に積年の後悔を由紀子に言い残していた。

 それは事故当日、健一が最後に亮子の元を訪れた日のことだ。

 その日、東京に行くことが決まったので、健一は亮子に別れを告げたかったのだそうだ。
 このところは母親が車で送るのが常だったが、流石さすがにその日ばかりは一人で行きたかったらしい。
 健一は十五分ほど掛かって亮子の家に着いた。心臓に負担を掛けないようゆっくり走って来たようだ。

 玄関から亮子が顔を出し、健一を中に招く。健一は母親から渡された菓子折を差し出した。健一の顔が少し上気していたと言う。亮子は健一のあんな笑顔初めて見た気がしたそうだ。
 健一は出された紅茶やケーキには手を付けず、かしこまったままソファに座っている。亮子が座ると、健一は意を決したように話出した。健一の声が震えている。 
「亮子先生、手術が成功したら、また会えますか? 僕、亮子先生のことが……」
 それは恋心と呼ぶにはあまりにも淡いものだった。健一が自分のことをそんな目で見ていることに、亮子も薄々気づいていたが、八歳年下の男の子のそんな気持ちにどう接すればいいのか分からなかった。それで、ことさら気づかない振りをしていた。健一は健一で、いつか自分の気持ちを伝えたいと思っていたが、なかなかその機会がなかった。
 これが亮子に会える最後になる。その思いが健一の勇気を奮い立たせたのかも知れない。

「いいえ。もう会わない方がいいわ」
 少し強い口調で、亮子は健一の言葉をさえぎった。
 亮子には、健一の告白は恋愛感情とは違う、少年にありがちなあこがれが口に出たものだと分かっていた。だからもっと大人の対応を、例えば包むような笑顔で「ありがとう。手術、上手くいくように祈っているわ」とでも言って、受け入れるでも拒絶するでもない曖昧あいまいな返事をすればよかったのだろう。
 しかし、亮子の失恋の痛手はまだ完全にはえておらず、健一の言葉は、かさぶたを引き剥がそうとするように感じられたようだ。そのため、ついきつい表現になったのは否めない。
「健一君はまだ若いんだから、手術を受けて元気になって、これから多くの素敵な女性にも会えるし、いっぱい楽しいこともあるわよ」
 亮子は微笑みながらやんわりと断った、つもりだった。決して突き放したつもりはなかった。本当に、どう言えばいいのか分からなかったのだ。

 だが、そんな思いは健一には届かなかった。健一は拒絶されたと思ったらしい。
 健一は、一年先、いや一ヶ月先の未来図さえ描くことができなかったのだ。健一にすれば『今』しかなく、『これから』はなかった。だから『今』の亮子が唯一の女性だった。一生に一度の『恋』だった。こういう病弱な少年にありがちな、早熟な少年だったのかも知れない。
 健一の顔から表情が消えた。すくっと立つと、何も言わず玄関に向かった。
「待って。違うの」
 亮子は慌てて追い掛けた。しかし亮子が玄関に着いた時には、すでに自転車に乗る後ろ姿は小さくなっていた。


 私とばったり会ったのは、おそらくその直後だ。

 僕は下校途中だった。細い道を歩いていた。人通りが少なくて、近道だった。前方に自転車にまたがったままうつぶせている男の子がいた。
 彼は僕の足音に気づいて顔を上げた。ケンちゃんだった。蒼白い顔をして苦しそうだった。
 だが僕の目は、そのことよりピカピカの自転車の方に引きつけられた。それは当時この辺りでは誰も持っていない、最新の機能が付いたスポーツタイプの自転車だった。僕は自転車を持っていなかったので、とてもうらやましかった。
 僕はつい心ならずもの言葉を浴びせた。
「学校休んで自転車で遊びに行ったの? 何だ、ずる休みだったんだ」
 ケンちゃんの顔がみるみる強張るのが分かった。
 ケンちゃんが何か言う前に、僕は小走りにその場を離れた。

 このことは、最近ケンちゃんの死因が心臓発作に因るものと知ったから、それに関連して思い出しただけで、当時の私にとっては次の日には忘れていたほどの些細ささいな事柄の一つだった。
 私の言動はケンちゃんの事故とは全く関係ない。ましてや責められることでもない。ケンちゃんの異変に気づくことなんか、子供だった私には到底無理な話だったのだから。
 従って今更こんなことを話したところで誰も救われないし、誰も喜ばない。私が黙っていればいいだけのことだ。

 当時、私はケンちゃんが事故にった場所に行ったことがある。担任の高橋先生に目印は郵便ポストだと教わった。そこには真新しいお地蔵様が建てられていて、沢山の花束とジュースやお菓子がそなえてあった。花はまだ瑞々みずみずしかった。
 その側に赤い郵便ポストがあった。お地蔵様のよだれかけの赤と郵便ポストの朱。実際事故を見たわけではないが、現場に流れた血を連想させて思わずぞっとしたことを、私は思い出した。

<続く>


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