諦念:諦めは前向きに① | 思い出の味【解決編】※ネタバレあり
本文 約900字
この記事は「思い出の味」の解決編です
最初から楽しむには事件編「信頼:不安なときは①」から読んでね
気が付いたらほぼ全文を書いていました
事件編を公開したあと、間の〇〇編と解決編の展開をまとめて考えるのがとても楽しいんです
元のポストで真相を知っている方も、解決編ではコメントでのネタバレもOKです!
事件編
探究編
解決編
諦念:諦めは前向きに①
卵はどうやら温度変化に弱いらしい。もしスーパーで卵を冷やして売っていた場合、購入してから自宅の冷蔵庫に入れるまでの移動時間で、卵が常温に戻ってしまう。冷やしたほうが鮮度を保てることは間違いないのだが、温度変化の回数を減らすことの方が、卵の品質には影響が大きいようだ。
「お会計をお待ちのクワミチトオルさーん」
スマホをしまって受付で支払いを済ませる。先ほど診察室で聞いた先生の説明によると、特に味覚に関係する異常は見当たらなかった。受付でもらった検査結果の紙を、自宅に帰ってミサキに手渡しながら、味覚異常ではなさそうなことを伝えると、安堵の表情で買い物に出かけていった。
「今日はブリのお刺身だよー」
台所から何度目かのミサキの声が飛ぶ。もうすぐ晩ご飯だというのに、子どもたちは食卓で遊ぶのをやめようとしない。私も子どもたちも魚が大好物だが、海が近い実家にいた頃は、そのありがたみをまるで感じていなかった。冷蔵庫に海産物が溢れていても嬉しくないし、父が苦労して取り分けてくれた、丼いっぱいのカニ味噌でさえ当時の私には響かない。
「肉がいい!」
そう言っては父を困らせたが、笑いながら、「これも魚の肉だ」と冗談で返すのがお決まりだった。
「うわっ!」
末っ子のアキラの手が当たり、醤油のボトルが勢いよく倒れた。大きな音が大惨事を連想させたが、それに反して被害はほとんど無く、テーブルの上に跳ねた雫を拭くだけで済んだ。ボトルから出た量よりも、開いたフタの裏についていた醤油の方が多かったのではないか、と思えるくらいだった。
夕飯が終わり、子ども達を寝かしつけたあと、私は久しぶりにバーの階段を上った。スガイさんは顔を上げて微笑むと、カウンターの右端の席に案内してくれる。
「何かウイスキーをソーダ割りで」
スガイさんはグラスに瓶からソーダを注ぎながら言った。
「トオルさん、そういえばこの前のオールドパーの話ですけど、別の可能性もあるんですよ」
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