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【超短編ホラー小説】悪女

悪女


雨の匂いが、古い漆喰の壁にしみついているようだった。じめじめとした空気は重く、私の肺を満たすたびに、鉛のような疲労感が全身に広がった。この館に閉じ込められて、どれくらいの月日が流れたのだろう。窓の外はいつも灰色で、時折、陰鬱な雨脚が世界を塗りつぶすだけ。季節の移ろいも、陽の光の温かさも、ここでは遠い記憶の中の幻影に過ぎなかった。

彼女はいつも、そこにいた。廊下の突き当たり、薄暗い影の中に佇み、こちらをじっと見ている。その顔はいつも陰になっていて、表情を窺い知ることはできない。ただ、底なしの暗闇のような瞳だけが、じっとりと私の魂を見据えているのを感じる。彼女が何者なのか、なぜここにいるのか、私は知らない。ただ、彼女の存在そのものが、この館の澱んだ空気のように、私の心をじわじわと蝕んでいくのを感じるのだ。彼女の影は、まるで古びたタペストリーの染みのように、壁に張り付いて動かない。その静止した姿が、かえって不気味なほどの存在感を放ち、私の視界の端から決して消えることがなかった。

夜になると、館の奥深くから、微かな音が聞こえてくる。それは、何かが引きずられるような音だったり、乾いた笑い声のようだったり。最初は気のせいだと思った。疲れているのだろう、と。しかし、その音は毎晩のように繰り返され、私の眠りを妨げ、神経を張り詰めさせた。そして、いつしか私は、その音が彼女の存在と深く結びついているように感じるようになった。彼女が、この館のどこかで、何かをしている。それは決して良いことではない、と私の本能が告げていた。私の鼓動は、その不気味な音に合わせるように、不規則に跳ね上がる。布団を頭まで被っても、その音は耳の奥にこびりつき、決して離れない。


部屋の隅に置かれた古い鏡。そこに映る私の顔は、日に日にやつれていくように見える。目の下には濃い隈ができ、肌は蠟のように透明だ。まるで、私の生気が少しずつ、この館の、そして彼女の手に吸い取られているかのようだ。鏡の中の私は、私ではないような気がする。見知らぬ、怯えた女が、そこにいるだけだ。その瞳の奥には、出口の見えない迷路に迷い込んだような絶望が宿っている。

食事は味気なく、喉を通らない。それでも、生きるためにはいくらか口にしなければならない。食卓に並べられた冷たいスープや硬いパンを、私はただ機械的に胃に詰め込む。その味は、まるで砂利を噛むように無味乾燥で、嚥下するたびに喉が軋むようだ。彼女は決して食卓には現れない。しかし、いつもどこかで、私を見ているのを感じる。その視線は、食事の味さえも変えてしまうほど、重く、ねっとりとしている。まるで、私の食べたものが、すべて彼女の栄養になるかのように。

私はこの悪夢から逃れたいと願う。この閉鎖された空間から、彼女の存在から、解放されたいと。しかし、私の足は鉛のように重く、この館の空気が私の自由を奪っていく。私はただ、彼女の気まぐれな行動を待ち続けるしかないのだ。彼女が次に何をするのか、私の精神をどこまで追い詰めるのか。それは、底の見えない恐怖だった。私の心は、絡みついた蔦のようにがんじがらめになり、自由を奪われている。

そして、私は知っている。この館に、真の悪女は彼女だけではない、ということを。私の心の中にも、彼女と同じように、冷たい何かが潜んでいるのだ。それがこの場所に引き寄せられたのか、それともこの場所の空気が私の中の何かを目覚めさせたのかはわからない。ただ、夜が来るたびに、その冷たい何かが、じわじわと私を浸食していくのを感じるのだ。それは、もう一つの悪女が、私の内側で育っていくような、背筋が凍る感覚だった。



さて、読者の皆様、いかがでしたでしょうか?私が心を込めてお届けしたホラー小説が、この暑い季節に、少しでも皆様の体感温度を下げることができていれば幸いです。

じめっとした夏の夜に、背筋がゾクリとするような感覚、あるいは、じんわりと心に広がる静かな恐怖を味わっていただけたなら、これほど嬉しいことはございません。物語の冷気が、皆様の心に涼やかな風を運んでくれたことを願っています。

ご感想やコメントをいただけると、私の創作活動の大きな励みとなりますので、どうぞお気軽にお寄せください。これからも、皆様の心に響くような物語をお届けできるよう、精進してまいります。


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