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【超短編ホラー小説】悪夢

悪夢

夜の帳が降りた。いや、帳などという生易しいものではない。それは分厚いコールタールの毛布のように、外界の光も音も、あらゆる生気さえも吸い込み、ただひたすらに静寂を、そして濃密な闇を世界に塗りこめていた。私の部屋だけが、その闇の底にぽつりと浮かぶ、小さな孤島だった。
壁紙の模様が、奇妙な顔に見えはじめたのは、いつからだろう。最初は、気のせいだと思った。単調な繰り返しの中に、ふと人の横顔が浮かび上がるように見えたり、どこか嘲笑うような口元が蠢いたり。しかし、日が経つにつれて、その幻は輪郭をはっきりとさせ、やがて無数の視線となって、私を縫い付けて離さなくなった。彼らは声もなく、ただ私を見つめる。その視線は、まるで熱を持たぬ氷の刃のように、じりじりと私の精神を削っていく。
部屋の空気は重く、黴と埃と、そして何か名状しがたいものの匂いが混じり合い、粘りつくように肌にまとわりつく。窓は締め切られ、厚手のカーテンが固く引かれている。それは外の光を遮るためではなかった。むしろ、外の世界から何か恐ろしいものが侵入してくるのを防ぐため、とでもいうように、厳重に。だが、本当は、内側から何も漏れ出さないように、私という存在が、この部屋という檻の中に完全に閉じ込められるように、仕組まれているのではないかと、ふと思う。



あの古い箪笥の向こうから、囁きが聞こえる。それは人の声ではない。しかし、確かに何かを語りかけている。耳を澄ませば澄ますほど、その意味は掴めず、ただ不協和な音の羅列となって、神経を逆撫でする。眠ろうとしても、瞼の裏に浮かぶのは、壁紙の無数の瞳。布団を頭まで被っても、その冷たい視線は肌を貫き、骨の髄まで染み渡る。
食事は、もう何日も喉を通っていない。水さえも、砂を噛むようだ。胃が収縮し、内臓が軋むような感覚に襲われるが、それさえもどうでもよかった。空腹や渇きよりも、この部屋に充満する、得体の知れない存在感が、私を支配しているからだ。それは影のように薄く、しかし確実に、私の呼吸を、思考を、そして存在そのものを、少しずつ、しかし確実に、食い破っていく。
私は、動けない。部屋の中央に座り込み、ただ壁の向こうの囁きに耳を傾け、無数の視線に晒され続ける。この部屋は、私の悪夢そのものなのだ。そして、私は、この悪夢から目覚めることができない。なぜなら、私自身が、悪夢の中に囚われた、ただの亡霊と化してしまったのだから。
夜が明ける気配はない。永遠に続くかのような闇の中で、私は静かに、しかし確実に、狂気の淵へと沈んでいく。



さて、読者の皆様、いかがでしたでしょうか?私が心を込めてお届けしたホラー小説が、この暑い季節に、少しでも皆様の体感温度を下げることができていれば幸いです。

じめっとした夏の夜に、背筋がゾクリとするような感覚、あるいは、じんわりと心に広がる静かな恐怖を味わっていただけたなら、これほど嬉しいことはございません。物語の冷気が、皆様の心に涼やかな風を運んでくれたことを願っています。

ご感想やコメントをいただけると、私の創作活動の大きな励みとなりますので、どうぞお気軽にお寄せください。これからも、皆様の心に響くような物語をお届けできるよう、精進してまいります。


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