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【第三章】 『星海華恋』          連載小説 『華恋、海へ還る 〜穂高を愛したマーメイドストーリー〜』

 敦賀から帰宅した。

まあ、課題はメッチャ増えたってわけだ。
僕は神戸と若狭の二重生活をしているようなもの。

神戸の本店を維持しつつ、若狭に移住したいと申し出てくれる若者をリクルートし教育している。

未来の観光都市のモデルケースとして、【一流の田舎】を共に創り上げる【同志】を増やさないとならない。

つまり、小遣い欲しさ程度の動機でアルバイトを希望してくるような、雑魚を相手にしている暇はない。

今の日本は何かがおかしい。
当たり前のように過ごす日常すらも疑う。
そんな鋭い感性を持った仲間を育てる事が仕事の50%を占めていて、30%が本店の経営。
残りの20%が若狭美浜支店の下準備と拠点の整備。

つまり7割は若狭の為に働いているようなものだ。
先日も求人広告で、自分の店で働いてくれる仲間と、支店のテナントを入れさせてもらっている、美浜町の千鳥苑で働きたいと言ってくれる、仲間を募集する広告を出したばかり。

そんな自分の店の売上や、自身のプライベートも顧みない生活を既に4年以上続けている。

そんな時に少女と出会ったのである。

色々と正常な判断ができなくて、深みにハマった理由はざっくりとそんなところ。

そんなに背負って仕事を回せるのだろうか?
そんなことを悩みつつ・・・

「さぁ!メシの支度だ〜!」

「はい、お手伝いできる事はありますか?」

「いいね〜!即座にそれを言える人、減ったからなぁ〜。すごく頼もしいね。」

「あっ、いえ、助けて頂いてばかりなので・・・。」

「よっしゃ!じゃあ米の炊き方から教えよか!」

「はい!何でも覚えます!」

『うわぁ〜!メッチャ良い子やないか!それやのにホンマ、この子は一体何者で、一体何があったんやろ・・・』


そして晩御飯。

白ネギと鹿肉を焼いたあと、八丁味噌と昆布出汁を混ぜて炒める。

それをご飯の上に盛り付けて丼にした。

「お昼も丼だったのにゴメンね!有り合わせの食材だから大したものが作れなくて。」

「うわぁ〜、とってもいい匂いがします。」

彼女は料理そのものにも興味津々で、包丁やフライパンの扱いや調味料、炊飯器など・・・

そういう日常のひとつひとつが新鮮だったようで、目を輝かせていた。

食事中、少しずつ会話。
好きな食べ物も思い出せないらしい。
でも美味しいと感じるそうで、そこはホッとした。

海を見ると安心する。
水島に興味が湧いた。
他にも景色の綺麗な場所に行ってみたい。
箸の使い方を覚えたい。

これから彼女の好奇心はもっと拡大することだろう。

そんなのに付き合っている暇はあるのか?

自問自答しても答えが出ない。
ただ、僕は好奇心や探究心、向上心の強い人が好きだ。

人材を育てるにあたって、他人に仕事や価値観、新しい知識や常識を教える事ほどエネルギーを使う事はない。

全力で一流の人材に育てようと努力すればするほど、ある時あっさりと裏切られたりする。
だからといって今更、熱量抑えめで人材育成とか、そんな回りくどい教育なんてしたくない。

そう僕は・・・人材が育たなくなった世の中に疲弊した、経営者の1人なのである。

そんな僕から見たら、彼女のリアクションはどれを取ってもキラキラしている。
堪らない!
身元さえしっかりしているなら、すぐにでも雇いたい。

『アカン!アカン!もうリクルーターの目になってるわ!まずは彼女の記憶を取り戻してから・・・それから仕事に誘ってみよう!』

少女に食器の洗い方を説明する。
器の裏の角の部分も、隅から隅までキュッ!キュッ!と音が鳴るまで丁寧に洗う事。

その細かい所まで手を抜かない心掛けが、どんな仕事においても丁寧にいい仕事を遂行できる原点となるのだ。

しばらく彼女に食器洗いをさせてみる。

『いいねぇ〜、要領をかまして手抜きするタイプではないよ。合格だ!』

次に水で洗い流した後は指の腹でキュッ!キュッ!となるのを確認させる。

「なかなか筋がいい!では、仕上げの乾拭きをしよう!」

「はい!」

今朝傷だらけで倒れていた子とは思えないほどポジティブな彼女を見て、むしろこっちが元気付けられたような気がする。

「次はお風呂問題やな。」

「えっ、お風呂問題・・・ですか?」

「そう、実はこの家のお風呂の浴槽は、底に穴が空いていて、修繕するか浴槽を入れ替えないと、お湯が貯めれないんだよ。」

「すみません。・・・お風呂って何ですか?」

「・・・そこ?」(笑)

「はい・・・すみません。」

「そうね、今食べ終わった後の食器を洗ったでしょ?」

「はい。」

「次は俺たちの番!沐浴とか湯浴み、水浴みとも言うんだけど、ピンと来ない?」

「あぁ・・・理解できました。」

「それでさ、うちはシャワーは使えるんだけど、浴槽が使えないから、もしもゆっくり身体を休めたいならお風呂屋さんに行こうと思うんだけど・・・どう?」

「・・・?」

「お風呂屋さん。温泉はわかる?」

「温泉?」

「天然のお湯なんだけど、浸かるだけで身体が温まって疲れも抜けるんだよ。あと、この近くの温泉は効能として、傷の治りも早くなると思うよ。」

「行ってみたいです!」

「よし!決まりだね。」

若狭町役場近くにあるスーパー銭湯、【みかた温泉きららの湯】へ向かった。

千と千尋の神隠しの油屋をモデルにして、2005年にオープンした温泉だ。

当時日帰りバスツアーのプランナーをしていた僕は、その話題性も含めて、ツアーで採用していた施設の一つ。

でも個人的な付き合いをしていた施設ではないから、僕が行ったところで、「あっ!東堂さん。お久しぶり!」とはならないだろうから、そこも気兼ねなく通えるポイント。

「さぁ、お風呂道具の説明は覚えてる?」

「こちらがタオルとアカスリ、そしてバスタオル、こっちが着替え。」

「お風呂は男女で別れるから、君は女湯に入るんだよ。」

「大地さんは一緒じゃないんですか?」

「はい、男女別れてお風呂に入ります。」

「えっ?」

「チケットを買って渡すから、それと下駄箱の鍵を受付に渡すんだよ。そしたら脱衣場のロッカーキーと交換してくれるから、脱衣場に入ったら、その番号のロッカーを探して、脱いだ服や着替えはそこに入れて扉を閉めて鍵をかける事。中に持って入るのはタオルとアカスリだけで、身体を洗うボディソープとシャンプーは中にあるのを使って大丈夫や。鍵は無くさないように腕に着けておくんやで。」

華恋にとっては初めての温泉。
既に情報量の多さに戸惑っている。

「そうそう、脱衣場で服を脱いだ状態で、間違ってこっちに出てきたらダメやで!周りの動きをよく見て真似をすること。服を脱いだ人がどこに向かうのかを観察して。でもじろじろと見過ぎたら怒る人もいるから、さり気なくね。」

「・・・不安です。」

「本日最大の難関やな。・・・金崎宮で一人で温泉に入れますように!ってお願いするんやったね。」(笑)

時計の見方もここで教える。

「今時計は短い針がもうすぐ7時を指そうとしているやろ?この長い針が11のところから一周回って、もう一度12を指すまでに、あの湯上がり処で待ち合わせしよう。」

そう説明して僕は男湯の暖簾を潜ろうとした。

「ん?」

振り向くと彼女がついて来ていた。

「どうした?」

「一人は不安で・・・。」

「そうは言っても一緒には入られへんからなぁ〜。・・・ん〜。まあ、とりあえず何事も挑戦や!手足の傷は目立つから、誰かに声をかけられたら笑顔で山で転んじゃいました〜!って説明するんやで。」

そう言って彼女が脱衣場に入るまで見送った。

自動販売機
ドライヤー
ロッカー
温泉・・・

何もかもが新鮮なはず。
僕は心配しつつ男湯に入るのだった。
湯船に浸かりながら、今日の出来事を整理。

『記憶が戻るまで、彼女の事を何て呼んだら良いんや?』

1日一緒にいて、何が不便で不自然かって言ったら、相手の名前を呼べない事!

『そういえば・・・さり気なく彼女は、俺のことを大地さんって呼んでいたな・・・。』

19時40分に出てきたら、少女は既に湯上がり処で待っていた。
彼女の表情からは、きっとチンプンカンプンだったんだろうな・・・と言うことは、容易に察する事ができる。

「温泉どうやった?」

「よくわからなかったです。・・・ゴメンなさい。」

『人が多い所が苦手なのも影響してるんやろなぁ〜。』

「うん、まあ、いきなりこんな所に連れてきて悪かったなぁ。これに懲りずにまた挑戦してくれるかな?」

彼女は小さく頷いた。
取り急ぎ閉館時間が迫っているので帰ることにした。

車内は無言。
気まずい。
いきなり温泉はハイレベル過ぎた。

少女は窓の外を見ている。
僕も何気なしに空を見上げた。

『うわっ!何これ?今夜の空・・・ヤバない?』

僕は慌てて道の駅三方五湖の駐車場に入り、車を停める。

「ちょっと、外に出よう!」

彼女を外へ連れ出し、手を引いて桟橋の所まで連れて行く。

若狭でこんな満天の星空が観れるなんて!

湖面に映る天の川。
空と湖の境界がないほど、辺りは一面の星の海やった。

何て幻想的な世界なんだろう?


すると少女は星空を見上げながら、「あぁ・・・。」と感嘆とも取れる声を出したかと思うと、その頬を涙が流れるのを、僕は見逃さなかった。




美しかった。




どう表現していいのか困るほど。


水面に映る星空と天の川。


それだけでも美しいのに、なんだろう?


それ以上に、星空に心打たれて涙する少女が美し過ぎた。


心から感動している人の素直さほど、美しいものが他にあるのだろうか?


まさにそんな気持ちにさせられた。


気が付いたら、こっちまでもらい泣きしてるし。




「星海華恋(ほしみかれん)・・・。」


「えっ?」


「君の名前やねんけどな・・・。」


「私の・・・名前?」


「今日一日、君を何て呼んで良いのか悩んでいた・・・。ところがたった今、これ以上ないくらいに、君の名をこう呼びたいと思った。その名前、どうかな?」


「・・・素敵な名前です。」


「そう思ってくれるか?・・・じゃあ、記憶が戻るまではその名前でいこう!」


「はい!」


「じゃあ、まずは記憶を取り戻すことを目標に、改めてよろしくな。星海華恋。」


「はい。よろしくお願い申し上げます。大地さん。」


星明かりが湖面を静かに照らしていた。

こうして記憶と共に名前を失った少女は、この夜、新しい名前を手に入れた。


星海華恋。


こうして僕と、謎多き少女『華恋』との、奇妙な共同生活が始まったのだった。


(第三章 了)




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(第一章から読み直す)


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