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西方白蝶譚 その肆


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 翌日、佐平は孝彦とキエに、少しお時間をいただけませぬか、と桔梗丸屋を出る話をした。二人は佐平が思い掛けなかったほどの困惑した表情で、決断が早急そうきゅう過ぎる、と孝彦が云った。するとキエが、とりあえず、二助の様子を見に行って欲しい、と云った。忙しいだけの理由で祖父の葬式に来なかったのはおかしい、たまに来るふみがありきたりなことしか書かれていないのもあの子らしくない、そのあいだに身の振方ふりかたをよく考え直しておくれ、と云った。
 佐平が奈良の薬園を訪ねると、二助は、また丁度ええ時に来たなぁ、と感心したように云った。武蔵の植物園で働いてみーへんか云われて返事に迷っておるんや、と云った。二助はいつの間にか子供三人の父親になっていた。妻は仲の良かったあの茶問屋の若女将だった。桔梗丸屋は誰も知らへん、いうてへんからな、と云った。押掛女房おしかけにょうぼうで、頭のええ賢い後継ぎを産んだから許す、と三行半みくだりはんを持ろうて来た、もう後には引けへん、女房にして欲しい、と云われて、にくからず思っておったので断われへんかった、そして何の因果いんがか、子供は最初が男で次が男女の双子やった、と云った。佐平は、今なら明かしても大事だいじ無いかもしれん、と云うと、二助は、佐平はなんで来たんや、理由があるんやろ、と云った。佐平は孝次郎の行為を話し、孝彦とキエに家を出る話をして至った話をした。そんなら、佐平がわしらといっしょに武蔵へ行くいうなら、全部親に話す、と云うので、そんな責任重いこと出来へん、と云うと、佐平は家出てどこ行くんや、と云われ、決めていなかったので、少しやけどたくわえがあるから、孝次郎おじさまから一刻も早く離れたいだけや、と正直に云うと、決まりやな、五年経ったらまたその後のことを決めたらええ、行きたいけど家族五人で五年だけ遠くへ行くの抵抗あるんや、子供らがまだ小さいからな、利一さんみたいに子供らに接して欲しい、と二助は云った。
 けどなぁ、親に嫁と子供のこと明かすの、不安あるわ、と二助が云うので、佐平は、孝彦おじさまとキエおばさまはええ夫婦めおとやで、子供の時分に三回、仕事の合間の接吻見たわ、と云うと、なんやそれ、どういうことや、と二助は仰天した。あのな、二助がキエおばさまだとするやろ、と佐平は二助を立たせて後ろに立った、こうして両手を帯の両脇から滑らせてな、帯留めを摘むんや、するとキエおばさまが振り返る、そこで孝彦おじさまが唇でキエおばさまの上唇と下唇を軽く何度か摘むんや、それが終わると孝彦おじさまはいとおしそうにキエおばさまの頬に頬を付けて抱きしめておったで、だからきっと明かしても大事無い思うなぁ、と云うと、佐平は二助の腰のあたりから前で組んでいた手を離し、二助の前に座り直した。二助も座り、そんな助兵衛すけべえやったんや、うちの親は、今度わしもしよ、と云うので、二人で笑った。

 佐平は旅支度を済ませた二助の家族全員と桔梗丸屋に戻った。孝彦とキエは、二人が想像していた以上にあっさりと全てを受け入れた。孝彦もキエも孫たちが可愛くて仕方がない様子で、二助の妻・初子はつこも温かく迎え入れてもらったことを涙ながらに感謝した。
 五年経ったら、必ず皆で桔梗丸屋にとりあえず戻ることを約束して欲しいと二人に云われ、二助も佐平も快く承諾した。
 植物園で佐平は事務の仕事をもらった。仕事ではなるべく早く中流階級が使う東京方言を使えるようになって欲しいと云われ、覚えの早い二助の子供たちに教えてもらい、少しづつ覚えていった。佐平は子供たちに利一から教えてもらったアンゲリアとフンランの言葉を教えた。楽しい時間をくれた利一に改めて心から感謝をし直した。
 佐平は植物園から清に久しぶりにふみを出した。一彦が家を出て以来、遠慮をしていたのだが、覚えた東京方言を清に教えたくなった。利一に教えてもらったことをふみに書いて送っていた楽しさがよみがえって来た。
 清は届いたふみを毎晩寝る前に必ず手にした。毎晩同じ引き出しを開けてから寝る清に気付いた一彦は、黙ってふみを取り出し、物置の塵箱ちりばこに捨てた。それを偶然に見た娘が黙って取り出し、出来るだけきれいに拭いて自分の机の引き出しの奥に仕舞った。そして、それを清に話し、好きな時に見てええよ、と云った。
 返事が来ないので、佐平はふみを出すのをまた遠慮した。
 そしておヨネさんが亡くなったというふみがキエから二助に届いた。

 五年が経ち、佐平と二助の家族は桔梗丸屋に約束通り帰った。佐平は三十になっていた。
 孝彦とキエは、奈良へは戻らずに桔梗丸屋を立て直して欲しい、と二助と初子に懇願こんがんした。戸惑った二助は、少し考えさせて欲しい、と云った。
 その夜、二助と初子は二人でそのことを話し合った。初子は、薬草茶の販売に力を入れて、店内で飲めるようにして、私が作ったにぎり飯を出したら新しいお客さんが来てくれるんちゃうかな、と云った。二助は、初子にその気があるなら、桔梗丸屋を継いでもええよ、と云った。初子は嬉しそうだった。茶問屋でもお客さんにお茶を入れてにぎり飯出すの楽しかった、若旦那と息子が嫌がらなかったら、お店のための美味しい緑茶の手配するわ、緑茶も体にええものやし、とちゃっかりしたところを見せ始めた。おそらく店は大丈夫やな、と二助は心の中でつぶやいた。
 翌日、佐平は孝彦とキエから母屋の奥の間へ呼ばれた。すると孝彦から状箱を差し出された。亡き主人が佐平の為にたくわえていたお金、平吉が残したお金、そして雪子が佐平の為に書残かきのこし(※遺言)に記したお金が入っていた。雪子は佐平に会って、すぐにこのお金の管理を始めた、佐平を一目で平吉の息子、血は繋がっていなくても間違いなく親子だと思った、霊的な縁の深さを感じた、と両替商の主人に話した、雪子は佐平に会った一年後に亡くなり、両替商の主人も三年前に亡くなった、という話を佐平は聞かされた。まとめると町外れに大きな一軒家が持てそうな金額だった。
 佐平は離家で一晩考え、相模の利一の弟に会いに行き、そのまま東京・横浜周辺で暮らすことにした。二助が利一の弟と長年連絡を取っていたので、住まいはわかっていた。桔梗丸屋の家族には本当にお世話になったが、いまだに孝次郎が孝子のよそおいをやめただけの同じ生活をり返しているのを考慮した。二助の店の手伝いは楽しそうだと思ったが、孝次郎の激昂げきこうを想像すると恐ろしかった。
 相模へ出立しゅったつする日、佐平があまりにも丁寧に感謝の言葉を云い、別れの挨拶をするので、永遠の別れやないんやから、と二助に云われ、いつでも何度でも帰って来てええんやで、と孝彦に云われ、キエは言葉が出ない様子で涙を流していた。そんな皆のあたたかさに佐平は平吉のことを思わずにはいられなかった。全て平吉おじさまのおかげだということを忘れずにこれからも生きて行こう、と改めて思った。
 桔梗丸屋を出るとすぐに、佐平様、お待ちくださりませ、という声がした。孝子そして孝次郎に長年食事を運んでいる女中だった。少しお時間をちょうだいいたします、青い着物を離家から動かしたのはわてでござります、孝次郎様に、持って来ねば、食事に細工があったとして追い出す、と脅されました、どうかお許しくださりませ、孝次郎様は決して離家にはお入りになりませぬ、母が死んだところやから、と着物を取りにいかぬわけをおっしゃりました、佐平様、離家に何度でもお帰りになりてくださりませ、孝次郎様にわからぬようにすればよいだけのこと、わてが離家にお食事をお運びいたしますゆえ、と必死になって云った。佐平は、おおきに、そうさせてもらいます、着物のことはもう気にせんでええよ、元気でな、泣かんでええよ、長生きしてや、と優しく云って旅立った。
      ○
 佐平はまず植物園に挨拶に行った。すると、こっちで暮らすなら、またここで働いてくれ、と云われ、結局また五年働いた。事務だけではなく、薬草茶のれ方を勉強させてもらい、単体だけではなく、数種類混ぜてみたり、試したものを二助にふみで知らせて、二助から助言をもらったり、桔梗丸屋で出しているお茶の材料と淹れ方を教えてもらったりしているうちに、佐平のれるお茶は美味しいと園内の職員達に喜ばれるようになった。すると薬用植物の摘花や摘果をさせてもらうようにもなり、次第に植物園に欠かせない存在になっていった。
 佐平が三十五になった頃、二助から利一の弟・勝次郎のところへ行ってくれ、薬草茶を飲ませてあげて欲しい、少しでも具合が良くなるように、とふみが来て、とうとうこの日が来た、と佐平は腹をくくった。佐平が勝次郎に会おうと思ったのは、利一の心の中にいた女性のことを聞きたかったからであった。利一が詳しく云いたがらなかったのが気になっていたのは、はっきりとしない清への気持ちをどうしたらいいのか分からなかったからであった。聞いてどうなることでもないかもしれないが、伸ばし伸ばしにしていたのは、聞くのが怖い気持ちもあったからであった。アメリカに行ったという利一のその後のことも、もちろん聞きたかった。
 勝次郎を訪ねると、予想外の歓迎ぶりで、佐平も嬉しかった。一人で歩けているし、寝たきりではなかったので安心した。体の調子を伺うと、夏ばてのようだったので、枇杷茶びわちゃを淹れ、飲んでもらい、枇杷茶で体を拭かせてもらうと、大層喜んだ。
 利一の近況を聞くと、実は相模に来て初孫が生まれるとまもなく死んだ、と云うので、佐平は心の底から驚いた。相模に着いた時、すでに元気がない感じだった。少しづつ体が弱っていって、寝たきりになった時、大坂は楽しかったなぁ、とボソッと云ったことがあった。遺品整理をしていたら、二助からの手紙と二助への所書ところがきと宛名書きを済ませた封筒を見つけたので、兄はアメリカへ行ったと嘘を書いた。兄との文通を熱望している様子だったので、私でよければ時々兄のことをお知らせします、と書いたら、勝次郎さんともお付き合いをしたいので、よろしくお願いいたします、と返事が来た。その後は、英語の勉強を頑張っているそうだ、東京の言葉を教えているらしい、などそれらしいことを書いてきた。二助さんに本当のことを云うのは忍びなかった。
 佐平が、利一さんが心の中に秘めていた女性のことはご存知ですか、と聞くと、あぁ、父の後妻の連子つれこのことかもしれないが、詳しくは知らない、でも、私は少食だからと云って自分の食べ物をいつも兄に分けていて、しだいに痩せてきたので、兄が自分の食べ物は全部自分で食べろ、と云うと、来年の春からはそうさせてもらいます、と云って微笑んでいたが、冬を越せなかった。うちの家族に遠慮をしていた。世話になっている家の長男の利一を大事にしようと思ったのかもしれない。私が知っているのはこのくらいです、と話した。
 佐平は仏壇に線香を供えさせてもらった。
 勝次郎が、長男夫婦と暮らしているが、共働きで、日中は一人だし、次男夫婦と孫は十勝にいる、今日は本当に有り難かった、枇杷の茶葉もたくさんありがとうございます、と厚く礼を云うので、あまり薬のようなものばかり渡すのもどうかとためらっておったのですが、と一応持参していた、二助が自分に送ってくれていた奈良の陀羅尼助丸だらにすけがんを渡すと、私は長生きします、と笑顔で云った。
      ○
 清は佐平のふみのことがあってから、たまらない気持ちになっていた。佐平どんは肉親のようなお人、と云うたのに、こんなに長く同じ家で暮らしておるのに、あの人にはやはり伝わらへんかったんやな、二親ふたおやを知らず、見掛けで差別され、この家と寺くらいしか知らず、おヨネさんの家族と夫と娘と平吉おじさまと三生どんと喜八さんくらいしか知らず、赤子の時分に隣にいた佐平どんがどれだけ心の支えになっとったか、やはりわかってくれへんのやな、と思った。
 清は一彦に家族でアメリカに裁縫を習いに行かへんか、と云った。これからは着物の裁縫の仕事が減るかもしれへん。お客さんが、西洋の服、着てみたいわぁ、憧れるわ、云うとった、と云うと、嫌や、行かへん、と即答だった。私は行く、と娘が云った。ほな、行こうな、と清が云うと、娘はその場で跳びはねて喜んだ。まず、横浜へ行って、裁縫か料理でお金を貯めたらアメリカに行く。住まいが決まった時、アメリカに渡る前は必ずふみを出す、数年掛かるやろうな、ここに帰るまでは、帰ったら、私が西洋の裁縫を教えてもええよ、もう決めたんや、と云った。清が荷造りを早速始めたので、娘も自分の引き出しを開け始めた。一彦はしばらく黙って様子を見ていた。清がある風呂敷の包みを開けると、三生が佐平にあげた青い着物が見えた。これは、なんでここにあるんや、と一彦が驚いたので、清は喜八の心遣いを話した。いつかきっと佐平どんに返す。この着物は平吉おじさまの形見のようなものや。平吉おじさまのおかげで、一生の宝となった七つの時の二日間があるんや。私だけやない。三生どん、喜八さん、佐平どんが平吉おじさまからもらったまごころや。それが三生どんと佐平どんの純真さで形になったのがこの着物や。だからまだ私は手放されへん。この着物から離れられるようになったら、ようやく本当の大人や。そうなるためにもアメリカに行くんや、ときっぱり云った。
      ○
 佐平は植物園で働き続け、四十になった。ある日、一彦から植物園に手紙が届いた。一彦から手紙をもらうのは始めてだった。何事だろうか、と急いで封を開けた。清がアメリカへ行く、三生の青い着物を持って行ってん、もう帰らへんかもしれへん、とだけ書かれていた。佐平は頭が混乱した。三生の着物が見つかったのは嬉しかったが、それを持ってアメリカに行く清の事情がわからず、事務所の窓から思わず空を見上げた時、西方へ飛び立つ白い蝶の幻が一瞬見えたような気がした。

 そして私はアメリカ行きの船に乗ったのです、と齊藤佐平は云った。お清さんの事情や目的地はわかりません。有り難いことに渡航の費用の工面くめんをしなくて済みました。どう探せばいいのかもわかりません。三生の青い着物は、私の希望なのです。無くなったと思っていた希望のある場所がわかったのです。私が蝶を追っている、と云ったのはそういうことです。長い話に付き合ってくださってありがとうございます。もうアメリカに着きますね。
 船が波止場に着いた。元成もとなりが、私は最後の方に降ります、船から人が降り立つ様子を見たいのです、新たな旅立ちを見るのは新鮮な気持ちになるので好きです、と云うと、私もそうします、と佐平は云った。
 しばらくすると、どこからか揉めているような声が聞こえて来た。そして、若い娘の、降りたくない、帰りたい、あなたが一人で降りればいい、私達はこのまま帰ります、と云う声がはっきりと聞こえた。二人で振り向くと、男と女性二人が揉めていた。佐平はその娘の顔を見て驚いた。清とどこか似た容貌だった。そしてその隣の女性が大人になった清だと気が付いた。子供の頃の混血児の面影はほぼ無く、灰色に近い髪色の大和撫子やまとなでしこになっていた。佐平は小さな声で、お清さんと娘さんです、と元成に云った。すると元成は、おい、お前、人身売買の仲買なかがいだろ、俺の父親はポリス(※police、警察)だ、と云った。男は驚いて船を走り降りた。そしてあっという間に姿が見えなくなった。娘がおずおずと近寄り、ありがとうございます、と深々頭を下げた。佐平と清はその場を動かず、美しい月を見ているような表情で互いを見つめ合っていた。

 元成は、指定されていたホテルに向かった。佐平たちも共に行動し、空き部屋があったので、二部屋取り、佐平は元成と泊まることにした。佐平は清親子の部屋で長らく話した後、元成の部屋に戻って来た。娘の利能りのさんは、だんだんあの男が詐欺師に見えて来て怖かった、と話していました。お清さんは、アメリカの言葉を覚えようと、船の中でたくさんの人に聞いてまわっていて、忙しくしていたから分からなかった、と云っていました。娘さんといっしょで本当に良かったです。お父様が警察官というのは本当なのですか、と佐平が聞いたので、嘘です、と元成は云った。柔道の心得こころえがあるので、それで対応しようと思いました、それに意地の悪い奴の特徴とくちょうである、下唇したくちびるが出た悪相あくそうで、今時よくいるわるの感じが全体的に見受けられたので、云ってみました、と云った。佐平が、本当に助かりました、私達は横浜へ帰ることにしました、お別れが寂しいです、落ち着いたら植物園にお手紙をいただけますか、と云ったので、もちろんです、と元成は答えた。だが、船が予定通りに着いたにもかかわらず三日間待っても元成の出迎えが現れなかったので、騙されたのかもしれないと焦り始めた。役場の試験を受けさせないようにするための同級の罠のような気がして来た。金は無くなるばかりだし、と元成が佐平に云うと、いっしょに横浜へ帰りましょう、渡航費用は私に出させてください、と云った。元成は素直に佐平の好意を受けることにした。帰路の間、元成は利能の直観力に感心し、利能は元成の正義感を尊敬するようになった。横浜に着くと、三人との別れを惜しみながら元成は熊本へ帰った。
 佐平と清と利能は横浜から平吉の故郷ふるさとの墓参りに向かった。墓は雪子が立派に立て直していた。佐平は墓の前に座ると、涙が止まらなくなった。平吉が自分を探して行き倒れになったことを思うと悲しくて仕方がなかった。おそらく平吉は寝不足で、財布を持たずに家を出て、三生のところにいなかった佐平を遠くへ行かぬうちにと急いで清のところまで追ったのである。佐平は平吉の愛情の深さを思うと心がふるえるのを抑えられなかった。そして、お清さんが隣にいるだけでこんなにも素直になれるんや、と思った。昔出来た心の穴をいつの間にか感じなくなっていた。利能はもろい泣きをしながら泣いている二人の背中を優しく撫でた。
 そして三生のところへ行った。佐平は三生に、お清さんに青い着物に合う帯で着せてくれへんか、と頼んだ。三生は白銀色はくぎんいろの帯を合わせて着付けをした。着物は着る物や、お清さんに着てもろうて良かった、と三生は嬉しそうに云った。お母さん、綺麗、帯が天の川になったみたい、と利能も嬉しそうだった。すると慎重な面持ちだった清の顔が輝き出した。それを見て佐平は初めて心に真の落ち着きが訪れたような気持ちになった。
 そして清は利能と桔梗丸屋を初めて訪れた。共に三生も久しぶりに帰った。一彦は市外の家をヨネの孫娘に頼み、三年前から桔梗丸屋で裁縫の仕事をっていた。田舎の一人暮らしを諦めたのであった。佐平は一人で植物園へ戻った。
 清は通された部屋で、申し訳ござりませぬ、と云い、その後は黙って頭を下げたまま、動けなかった。孝彦とキエの顔をまともに見られなかった。清にとって一彦との結婚は育ててくれたヨネへの恩返しであったこと、そして真の愛情と理解を互いに得られる夫婦になれなかったことが心苦しかったのである。その姿を見た三生は、お清さんに立つ瀬を与えてください、と云った。すると一彦が、妻を持とうとせぬ者に何が分かろうか、と云ったので、三生は、顔の美醜びしゅうよりその人の性来しょうらいを見る私に合う人と出会でおうてへんだけ、私には独自の立つ瀬があります、今のお清さんの姿を見て何も思わへんのですか、と云った。すると一彦は、離縁はせぬが、もう顔を見たない、混血児の顔が好きやったのに、年取ったら日本人と変わらんようになってしもうたやないか、とうつむ加減かげんに云い、部屋を出た。利能はどうしたらいいのかわからず、ただ黙ってうつむいていた。そして三生は、お清さんを自由にさせてあげてくださりませ、今後は一生、桔梗丸屋の家族に縛られへんよう、干渉はせぬと約束してくださりませ、と云った。孝彦は、もう夫婦めおととして破綻はたんしておるではないか、二度と顔は見せんでええ、と云って部屋を出た。キエは、利能のことを考えて今日は来てくれたんやね、おおきに、利能は桔梗丸屋の家族や、気兼ねなくな、お清さんは、好きにしたらええよ、無理してうちらと付き合わんでええ、一彦のわがままに長いこと振り回されてかわいそうやったな、一彦が離縁せんでも、人生を破綻せんようにな、主人がああ云ったのは一彦の手前や、本当は嬉しいんやで、来てくれたこと、こんなに美しい娘を産んでくれたこと、と云った。清が、ありがとうござります、と震える小さな声で云うと、利能が、私はしばらくここにいたい、と平然と云った。その一言で清はにわかに腹がすわり、キエの優しい顔を見ることが出来た。
 三生に厚く礼を云い、利能を残して、その日のうちに清は桔梗丸屋をひとり静かに出た。
      ○
 五年後、警察官になった元成は利能を嫁にもらった。結婚の日、利能は、母がアメリカに行くと云った時、なぜかとても嬉しかったの、こういうことだったんだわ、と元成に笑顔で云った。
 佐平は清の為にヨネの家を買い取った。桔梗丸屋から清が帰ってみると、家の周りも庭の畑も雑草ばかりになっていた。ヨネの孫娘が二週間に一度通って草取りをしていたが、間に合わなくて困っていた。住まへんと家が悪うなるし、ほんまに良かった、おおきに、と大喜びだった。
 家を買い取る時、佐平と清はヨネの娘の店へ行った。赤子の時以来だった。その時二人は、サキの話を初めて聞いた。サキが勤めていた宿屋へ二人で行ったが、サキはすでに亡くなっていた。長年共に働いていた同僚に墓を教えてもらい、二人で母親に話すように思い付くままに墓の前で話をして帰った。
 佐平と清は、家でのヨネの法要を喜八にお願いした。その時、お布施とは別に、喜八に御礼のお金を包んだ。こうして喜八が三生の蝶の着物のために質屋で使ったお金を返すことが出来た。
 ある時、佐平と清がいつものように家の草取りをしていると、お清さんのお兄さんやろか、と近所の人が佐平の顔を見て云った。佐平が答える前に、母が作ってくれはった同じお守り袋を持っとった兄とようやっと会えました、と清が云った。そのあと、旦那さんは、と聞かれた清は、実家で仕事をしとります、と云った。
 お清さんの兄としてこの家で静かに暮らしていこう、と佐平は穏やかな気持ちで終生の覚悟をこの時に決めた。
 Minding your own business will take you very far in life. 佐平は利一から教わった言葉を思い出した。自分自身の課題、自分がするべきことに専念することで、人生の一歩一歩を進めることが出来るだろう、という意味だと聞いた。今の世の中、あまりにも干渉かんしょうが多すぎる。自分もお清さんも心の自由を拒否されてきた。長い間、周囲にいた人間の我執がしゅう傲慢ごうまんの罪にえてきた。もうそれを終わりにしよう。二人の生活には必要ない。自分がお清さんを尊重すれば、お清さんは自分に寄り添ってくれる。
 佐平は植物園での仕事を完全に辞め、裁縫と料理で暮らしを立てている清を、庭で野菜を作り、ビワやイチジクの苗木を植え、それらの収穫の一部を販売して支えた。植物園で働いていた経験が生活の役に立った。二人はようやく身も心もしばられるような不自由で不愉快に感じる心境から抜けられたのであった。
      ○
 これは私が霊界で高祖父から聞いた話である。齊藤佐平の話だけでは分からなかったところは、ずっと心に残っていた話だったからか、死後に霊界へ来てから、ある時ふと実際に見たかのように分かった、ということであった。高祖父と私は別の霊界にいるのだが、高祖父がこの話を私に伝えたいと思い、神様からお許しをいただいてくれたおかげで、思いがけず私はその好機を得られたのであった。子孫のことは祖霊にくまなく届いているのである。
 私はまだ肉体の男女別がわからない時に経済的理由で母に流されたのである。父は産むのは母だからと母に対する優しさで承諾してしまった。しかし妹は経済的理由よりも母が二度と流死産りゅうしざんをしたくないと云ったことにより父も承諾して生まれたのである。私は人が母胎ぼたいに宿った時には既にこの世に生まれていることを多くの人に知って欲しかった。そして人の生まれながらの慣習ならわしである五倫五常ごりんごじょうを見直して欲しかった。なぜなら人は生まれながらにして善悪正邪の区別を知っているからである。しかし理想を思うのみならず、生活の実地に合った信仰や忍耐や正直さを尊む自主的精神で生きていないと、知らずらず人の道を踏み外していても気がつかないのである。
 孝次郎はその実父の偏見と嫌悪が産んだバケモノである。桔梗丸屋の主人は夫に寛恕かんじょの心を感じられない妻の恐れがどれほどのものであるかを想像せず、考えたことさえなかった。妻を愛していたが、子を産むという命がけの妻の立場への配慮が足りなかった。孝次郎に他への殺意はないが、その因縁罪障が実母と双子の妹とその夫をあやめ、ついには実父をあやめることになったのである。胎内教育と誤ると、取り返しのつかないことになるのである。肉体のあるこの現界は玉石混淆ぎょくせきこんこうだけれども、精神の霊界は生きていても死んでいてもその人その人の心だけの世界の影響なのである。
 何でも話す私の両親は、小学一年生だった妹に私のことを話し、彼女が私のことを気に掛けてお祈りをしてくれたおかげで、彼女が十歳まで私は見えない姿で共に行動することを許された。妹は私がそばにいる時にだけ霊耳れいじが開け、私の思うことが聞こえるそうである。それで私が男だと分かってくれた。肉体を持って生きるということが出来なかった私にはそれだけでもありがたかった。でも本当は、私は心身ともに健康に生まれ、心の底から寿命をまっとうしたかったのである。
 霊界で人は絶対の神によって生活をさせていただいている。この度のことも神様にお許しをいただき、まず霊夢で彼女にこの話の始まりの船の上の場面を見てもらい、それを私が話していることを理解してもらってから、彼女の十一歳の誕生日の前日以来、久しぶりに彼女の隣に座り、私の気持ちに応じて書き進めてもらったのである。
 話の冒頭の私の年齢は、生まれていたら、という仮定で、名の「みか」は男でも女でも構わない名なので父が付けた。フィンランドでは、ミカは男の名なのである。父の名はカイ、祖母の名はトミである。日本でもフィンランドでも通じる名である。
 そろそろ窓辺に一羽、うぐいすが姿を見せる頃合いだろう。そしてその鶯が飛び立てば、私は霊界へ戻されることになっている。

(西方白蝶譚/終わり)


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