西方白蝶譚 その弍

桔梗丸屋への帰り道、里山を歩いている時、少しでも清の側にいたい気持ちから、佐平は故意に二人より遅れて歩いていた。そして急な斜面に差し掛かると、気持ちの重さからか、よろけてしまった。すると体が当たった樹木の下の叢から蝶が飛び出した。黄色い蝶と白い蝶が夫婦をしたまま飛んで行った。これは一生のことをしておる時にすまぬことをした、と佐平は心の内で詫びた。羽化した蝶のオスの一日の仕事はメス探しである、求愛飛行はよく見掛けるが、交尾は動きがままならなく危険が伴う、そのためメスに拒否されることも少なくない、捕食者に狙われたり、蜘蛛の巣網に引っ掛ったりして、ついには羽がボロボロになって本当の伴侶とめぐり逢う前に死んでしまうオスも少なくない、と平吉から聞いておった。それで佐平はこうも思った、これは幸せのおすそ分けかもしれぬ、あれはモンキチョウであった、メスは白くて別の種類のようであるから一目で判別がついた、私とお清さんが二人で一世界を作れる暗示かもしれぬ……
三生は家に戻った夜、孝彦とキエに着物の絵師になりたいと告げた。どこか修業の出来るところを世話してくださりませぬかとお願いをした。私は孝子おばさまのように習い事の本質を無駄にするごとき所業はいたしませぬゆえ、私を信じ、望みの道へ参らせてくださりませ、とまだ七つの子が手をついて頭を下げたのを見て、孝彦は返事に戸惑ってキエの顔を見た。するとキエは、一週間考えさせておくれ、と三生に云い、孝彦もそれに同意することにした。
翌日、キエは妹に三生のことを相談した。すると三日後に妹夫婦が孝彦とキエを訪ねて来た。三生をうちで丁稚として三年預かり、その後、京へ行かせたらどうか、という話だった。途中から桔梗丸屋の主人も加わり、呉服の扱いを学び、商売のことを知ってからでも遅くはあるまい、その方が三生の将来のためには良いかもしれぬ、と云った。そして最後に三生が呼ばれた。三生は神妙な態度でまとまった話を聞くと、未熟者でござります、ご指導のほどお願い申し上げます、と頭を下げた。
佐平は三生との別れが寂しかった。しかし、三生の口から、絵師としての最初の目標は、佐平とお清さんの祝言の時に、自分が下絵を手掛けた花と蝶の柄の着物を新婦に贈ること、と聞いて心が震えるほど感動し、三生の新たな人生の幸福を願うに至ったのであった。
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佐平に試練が訪れたのは、その後まもなくであった。ある朝、朝餉を取ろうと廊下を歩いていると、孝子に、おい、お前、とぶっきらぼうに呼び止められた。名は、と云うので、どうしたのであろうか、私の名を知らぬはずはないのに、と思いながらも、佐平でござります、と答えると、お前は厚かましいにも程がある、よそのうちに頻繁に出入りしよって、三生はもういない、お前がここにいる理由はない、早く出て行け、さぁさぁ、と右手で佐平の左腕を引っ張って歩き出したので、ここは私のうちでござります、私はここのうちの子でござります、痛いので離してくださりませ、と声を抑えて云うと、嘘つきが、さてはお前、丁稚やろ、この着物は三生が与えたのかもしれぬが、お前のような下の者は着てはならぬ、脱げ、と両手で佐平の襟を開けたので、佐平は恐ろしくなり、うわぁっと小さく声を上げた。早朝で、誰かに迷惑を掛けてはならぬし、孝子に遠慮や気遣い、礼儀も必要であるし、佐平は泣きそうであった。孝子はその顔を見ると、佐平の襟を引っ張って叩き込んて倒し、自分の首に掛けていた手ぬぐいで猿轡をした。そして抱えると急いで裏口から出た。
孝子はすごい力で佐平をしっかり抱えながら朝靄の中を行った。平吉おじさまはどうしたのであろうか、起きた時には隣におらんかった……と佐平は不安で心の臓が痛くなって来た。ひと気のない道を選んで行ったのか、誰ともすれ違わなかった。そして橋に着くと、わかったやろ、どうとでも出来るんやでお前の命は、手を離したら終わりや、と佐平の目を見つめながら云った。その異常な目つきに佐平は驚き、見たくなかったので急いで目を瞑ったのだが、涙が止まらなかった。すると遠くから人の話声がしてきたので、孝子は慌てて佐平を下ろし、猿轡をはずした。そして右手で佐平の左手を取って、お前はわたくしと楽しく散歩をしとるんや、と云って歩き出した。家に帰るから泣くのはおやめ、お前が死んだって誰もなんとも思わんのに、生きておる価値のないお前はありがたいことにわたくしだけの丁稚になったんやから、と云われ、眠たいうちから自分勝手な横暴をされ続けた佐平はとうとう我慢がならなくなり、平吉おじさまは私を養子にしてくださりました、私は三生と双子のように皆様から育てていただきました、誠でござります、とはっきり云った。すると孝子は急に形相を変えた。驚きと悔しさと怒りと悲しみの入り混じる暗い顔だった。孝子はぐいぐいと佐平を引っ張って歩いた。これは真面な人が使う力とは違う、これが狂気かと佐平は心底恐ろしくなった。
家の裏口から入ると、ようやく孝子が手を離したので、佐平は急いで朝餉の席へ向かった。平吉の姿が見えず、主人と孝彦の家族は食べ終えそうだった。黙ってどこへ行っておった、平吉が心配して三生の所まで探しに行ったゆえ、戻るまで食べずに座って待っておれ、と主人に云われた佐平は、孝子の事が喉元まで出掛かった、すると孝子が入って来て、平吉の席に着いた。佐平は驚いて立ちすくんだ。主人も孝彦の家族も皆、孝子を見て目を丸くした。
孝子は食べるのが遅く、もっとはよ食べられへんのか、と幼い頃主人に云われてへそをまげ、それから昨日まで一人で食事をしていた。食事は閨まで女中に朝晩運ばせていた。
孝子は黙って漬物を少し食べると、その場で固まっている佐平に向かって、佐平も座って食べたらええのに、と云った。すると主人はその場で声を出して女中を呼び、女中は孝子を見ると驚いて、急いで孝子と佐平にご飯と味噌汁を持って来た。
孝子は嬉しそうに、お父様、今日からわたくしは佐平と食事をいたします。今晩からはわたくしの部屋へわたくしどもの食事をお願いいたします。今朝は佐平と散歩をして、それはそれは楽しゅうござりました。わたくしは毎日佐平を連れて出掛けることにいたしました。人生に必要なものは全てわたくしが教えますゆえ、何も心配なさらないでくださりませ、と云った。
佐平は座りはしたが、主人に食べるなと云われて、孝子おばさまは、もし今食べたら、お前のような下の者があのような席で食べるとは、何をいわれても立場をわきまえろ、と後で折檻をしそうで、恐ろしくて食事に手が出せなかった。孝子はあっという間にきれいに食べ終えると、佐平に近付いて後ろから右手で佐平の左肩をギュッとつかんだ。孝子は手に力を入れたまま佐平の肩を上げようとしたので、佐平は痛みで立たずにはいられなくなった。それを見たキエが、孝子お姉さま、と声を掛けたが、孝子はそれを無視して佐平の左手首をつかんで引っ張りながら裏口の外へ出た。
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佐平は見知らぬ小規模な芝居小屋の前まで連れて来られた。かなり歩いて腹がすいてしまった。喉もかわいた。孝子は芝居小屋の脇道に入ると、ここにまた来るまで待っとれ、座るな、立って待っとれ、と云って芝居小屋に入った。しかし孝子はなかなか出て来ない。座りたかったが、どこかで誰かが見ていて後で酷な目にあったらと思うと怖くて座れなかった。日が高くなるにつれて暑くなって来た。外でじっとしているのは退屈でただ辛いだけだった。
そして芝居小屋の脇道の奥から、緑茶のような香りがするのがやたらと気になった。喉を潤したかった。余力のあるうちに、と佐平は動き、香りを辿った。すると二階建ての倉庫のような建物の開いている戸口に辿り着いた。思い切って中へ入り、桔梗丸屋、桔梗丸屋の佐平でござります、恐れ入りますが、どなたか……と云ったところで、おう、桔梗丸屋か、早かったではないか、上がれ上がれ、と左の階段の上から大人の男の声がした。
こんなことがあるかと訝しがりながらも階段を上がると、男は佐平の顔を見るなり、どうしたんじゃ、具合でも悪いんか、と驚いた。佐平は心の中で涙を流しながら、今朝から飲み食いをしておりませぬ、何か飲み物と食べ物をちょうだい出来ませぬか、と云うと、ここで待っておれ、と云って男は急いで階段を下りた。
戸口が開いておったのは風通しを良くするためやったと佐平は思った。階段から二階の窓へ吹き抜ける風が心地好かった。
男は大きめの急須に小振りの湯呑みを添えて盆で出した。水が八分目ほど入っとる、今、にぎり飯を作ってもろうとる、またすぐ戻る、と云うと、急いで階段を下りた。
佐平は水を注いでみて、何と気の利いた男であろうか、と感心をした。八分目なのは疲れておる私が水をこぼし難くなるため、湯呑みが小振りなのは、私ががぶ飲みをして咽るのを防ぐため……と男の意図に気が付いた。
しばらくすると、階段の下の方で、すまんな、おおきに、と男が誰かに云ったのが聞こえた。男は大きな盆で、たくさんの珍しい三角形の小さなにぎり飯と、緑茶の入った急須と湯呑みを一つを運んで来た。
遠慮はいらん、わしも食うぞ、と云って食べ始めた。そして気が付いたように、あぁ、中身に食えんもんがあったら、それはわしが食うで、と云うので、佐平は半分に割ってみながら食べた。梅干しは種を取ってたたいてあった。これも私が慌てて噛んで歯を痛めないようにしてくれたのではなかろうかと佐平は思った。おかかも、昆布の佃煮も美味しかった。ちりめんじゃこは初めてであったが、これも美味かった。男は驚いて、そうか、初めてか、わしの好物でな、それを知って、ここの茶問屋の若女将がこうしてわしの好みのにぎり飯を作ってくれるようになったんじゃ、と云った。佐平は男が注いでくれた緑茶を一杯飲み、男も飲み終えるのを見計らうと、実は緑茶の香りに誘われてここへ参りました、桔梗丸屋に注文されたものをお持ちしたのではござりませぬ、と云った。男は、気にせんでええ、ここは今は茶箱置場になっとる、中庭の向こうの本家では茶を煮出しておることが多いんじゃ、わしはこの空き家の居候でな、医者ではないんじゃが、弟のおる相模に行く途中にこの近くの宿でたまたま難産の手伝いをしたら、その御婦人がここの若女将の従姉でな、まだこの辺りには私を含めて妊婦が三人おりますゆえ、と云われて引き留められておる、と云った。
佐平は男のおかげで心も体が落ち着いた。すると階段の脇にどちらも真新しい足袋と草履が置いてあるのに気が付いた。孝子に足袋のまま歩かせられていたのを忘れていた。私に足袋と草履を用意してくださり、そして家の内にこのままの足袋で入り、申し訳ござりませぬ、と佐平が頭を下げると、大したことあらへん、気にせんでええで、と男は云い、桔梗丸屋までわしが付いて行く、心配せんでええ、と云った。しかし悪いのがおるのぉ、虐めじゃろ、平吉という手代は父であろう、似ておるで、わしから話しておく、と云うので、佐平は涙があふれて来た。どうしたんじゃ、と男が驚いたので、佐平は、嬉し涙でござります、私は平吉の養子で、心の底から慕っておる養父でござりますゆえ、と自分でもどうすることも出来ぬほど涙があふれて止まらなかった。すると男は、泣きたい時は素直に泣いたらええ、常に腹の中をさらりとしておくようにするのが肝要じゃ、と云った。
佐平は気持ちが落ち着くと、足袋を履き替えようと脱いだ。痛いと思ったら足の裏に痣が出来ていた。体の痛いところ、左手首と左肩にも出来ていた。男は、わしが桔梗丸屋までおぶるゆえ安心せい、と佐平に用意した草履を袂に入れた。草履はここに置いておいてくださりませ、また同じことになりたら困りますゆえ、と佐平が云うと、何があったんじゃ、話してみぬか、と男に優しく云われて、佐平は身内のことなので迷ったが、佐平という名すら知らぬ形式のみの養母と今日初めて顔を合わせ、なぜか酷い目にあった、芝居小屋の脇で立って待っとれと云われて待ったが、いつまでも戻らないので、体力の限界が来る前にここへ足を運んだことを掻い摘んで話した。家の者たちと相談して知恵しぼって、養母と顔合わせんように、顔合わせてしもうても逃げて、いいなりになったらあかん、と真顔で男は云った。
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若くはないが役者のような二枚目の男姿が佐平をおぶって店に入って来たので、孝彦とキエは驚いた。男から佐平の足の裏に痣が出来ているのを聞くと、棚卸しを手伝っていた二助(※孝彦とキエの次男)が自ら佐平をおぶって離家に連れて行った。
その日から二助は佐平と離家で過ごすようになった。佐平は痣が治るまで離家から出ないように主人から云われ、二助は生活の世話と孝子から守るための監視役を孝彦から命じられた。十三になっていた二助は薬草の勉強が好きで、人の世話が苦にならない質だったので、離家で勉強をしながら有意義に過ごすぞ、と喜んで引き受けた。孝子は真夜中にこっそり帰って来たが、平吉は戻らなかった。孝子が夜食を女中に運ばせた折、佐平はどうしたんやと聞かれて、両足の裏の酷い痣、あれでは当分歩けますまい、二助様が他の痣も手当てをなされて、今も隣で寝ておられます、と答えると、翌朝から孝子は今まで通りの習慣に戻った。
戻らないのは平吉であった。孝子の騒動があった朝、平吉はいつもより早起きをし、店中を確認しながら鎮咳去痰薬を探していた。桔梗根のことで、看板商品なのだが、騒動の前の日に一つも見当たらなくなっていた。佐平が大変世話になった男・中田利一が土産や御礼品として大量注文していたのがこの薬で、この注文で考えられぬ在庫切れが発覚したのであった。これは孝子の仕業だった。後に桔梗丸屋で働くことになる孝一という少年を芝居小屋の舞台に立たせるための賄賂に使ったのであった。
佐平の痣はしだいに治ったが、心の傷は深く、孝子が家にいないのを二助に確かめてもらわないと離家から出られなくなってしまった。平吉のことを考えると不安で仕方がなく、清に会いに行く日が迫っているのに、会えなかったらと考えると絶望にも近い感覚を覚えていた。
ヨネに薬を届ける日になると、主人と一彦が行くことになったと二助から知らされた。佐平は孝子からの被害が清に及びことだけは絶対に避けたかった。いっしょに行きたかったが、孝子が出先を調べて清のことを知ったらと思うと恐ろしかった。主人はヨネに会ったことがなく、ヨネの手料理に亡き妻を偲べるのではないかという気持ちでいた。一彦は既に十五になっており、連れて行ったのは店の跡取りとしての勉強の一つくらいの軽い気持ちからだったのだが、このことが桔梗丸屋の家族の運命を大きく変えてしまった。一彦が清から離れられなくなってしまったのである。
一彦は大人しく、裁縫が趣味で、用の多いキエの代わりに家の者の裁縫を担っていた。ヨネが裁縫で身を立てており、相変わらず評判の良いヨネの手料理を習いに来る人がいて、清がヨネの跡を継げるように何事にも一生懸命に励んでいることを知り、こんなにまだ幼くて可愛らしい子が、とその健気さに感動し、週に一度程度通って二人の生活を自ら手伝うようになってしまった。縁談は全て断った。清の婿になると心に決めてしまったのである。
ある日佐平はいつの間にか冬になったことに気が付き、急に寂しくなった。蝶がどこにも飛んでいないことを考えると頭がおかしくなりそうだった。青空を見ながら心の中から空へ蝶を飛ばしてみた。するとたくさんの白い蝶が空へ飛んで行った。
二助が饅頭と番茶を運んで来たので、この空の方角は西で正しかったやろか、と聞くと、佐平が西と思えば西になるやろ、思いに方角は無いで、神様仏様はどっち向いてても人の気持ちを勘違いすることは無いで、だから尊いんや、と二助は云った。孝子おばさまの悪気が怖い、と佐平はポロポロと涙をこぼした。この時、佐平は始めて二助に言葉で恐怖心を表した。すると二助は、明日、利一さんの所へ行かへんか、実は今いったことは利一さんの受け売りや、と云った。利一さん、大好きや、ほんまいっしょにいると勉強になるわ、ああいう人になりたい思うわ、一体歳はいくつなんやろ、と二助が云うので、おぶってもろうて帰った時、当年とって四十、いうとったで、と佐平が云うと、ちゃうわ、十年取っとるから五十や、と二助が云ったのを聞いて、さもありなん、と思い、顔を見合わせて二人で笑った。佐平が笑ったのは久しぶりであった。
その頃主人は行方不明のままの平吉の葬式の準備を進めようとしたが、孝子が断固として反対した。誰も死亡を確認しておりませぬのに薄情なことはおやめくださりませ、と泣いた。しかし孝子の本意は自分の再婚の防止であった。
その数日後、孝子は桔梗丸屋に佐平より一つ年上の少年・孝一を突如連れて来た。孝子が八年前に養子にした子で、半年ほど薬種商での丁稚の経験があるのですぐから働かせ、孝子の部屋で生活をさせる、という信じられぬ内容を口にして、誰も承知していないのに二人で勝手なことをし始めた。その夜から孝一は孝子の閨で晩飯を取り、共に寝て、そこで朝餉を取り、孝子が出掛けると、普段着のまま店内に立ち、当然のごとく店の者は誰も仕事を言い付けないので、疲れると店の端に座り、客も店の中に子供が一人いるくらいでは誰も不思議に思うことはなく、昼になると黙ってどこかへ行ってしまい、夕方にこっそり戻ると孝子の部屋に居座った。孝子が帰ると二人の笑い声が時々家中に響いた。夜更けでもお構いなしであった。
佐平と二助は週に二度ほど利一の所へ通うようになった。
二助は医食同源を尤だと考え、薬草を使ったお茶や料理を知りたいと、京の寺から嫁入りしていた薬草文化に明るい茶問屋の若女将とも親しくするようになっていた。
佐平は異国の言葉を利一から教わっていた。その切っ掛けは、利一が長崎の出島に出入りする医者の助手をしていたことがあり、オランダ船には様々な国の人が乗っていたという話からで、フンランとは何でござりましょうか、と佐平が聞いてみたところ、フィンランドという北の遠い国じゃ、オランダ船にもその国の人がおった、と云うので、ご存知のフンランの言葉を書いてくださりませぬか、とお願いすると、利一は、ケサ・夏、スシ・狼、アレ・安売り、サタ・百、イタ・東、ランシ・西、と書いて佐平に渡した。佐平の頭には、今朝、寿司、あれ、安売り、沙汰、板、乱視、とだけ入って来た。佐平は、今朝は寿司が安売りしとる、狂気の沙汰の値段やんか、こんなんでええなんて板さん乱視やないの、という話が思い浮かんだ。佐平の困った顔を見て、利一は、わしはアンゲリア(※イギリス)の言葉の方がフンランの言葉よりわかるんじゃがな、と云って、おおきに、は、Thank you、じゃ、わしの言うた通りに繰り返すんじゃ、と云うので、佐平は、タンキューと云ってみた。何や、探求、と似ておる、異国の言葉を探求せよ、という意図で利一さんは云うたんやろか、と思った。接吻、は、kiss、じゃ、と利一が云うと、生真面目な佐平が理解の出来ておらぬ顔をして黙って繰り返さないので、魚のキスゴのことを江戸では鱚というんじゃ、大坂のkissは江戸の五倍、江戸は大坂より手狭な感じが魚の呼び名にも出ておることを言うたまでじゃ、今日はこのあたりで仕舞いじゃ、と利一は云った。佐平は利一の意図がわからず困って黙ったままだった。笑って異国の言葉を楽しんでもらいたかったのだが、利一の思惑違いとなってしまった。
その頃、ヨネの娘の店に赤子だった佐平と清を連れていた女が現れた。あの時の男とは別れ、今は一人暮らしで、宿屋の女中をしております、と云った。あの男は騙されて借金を抱えて人身売買に巻き込まれてしもうた、あの子らが初めての仕事やった、わてはあの可愛らしい子らを自分の子供として育てたかった、それで男に前払いしてあると嘘をいい、わざと捕まりましたんや、わては善のための悪はしたが、悪のための悪はして来ておらん、あの子らの母になれると簡単に考えておりましたんや、宿屋で下働きを入れる話が出ておって、それで今日はここへ出掛けました、今あの子らが辛い思いをしておるなら、わてのそばに置いて守ってやろうと思うております、と云ったのだが、この話が事実なのか、何を即断すべきなのか、ヨネの娘にわかるわけがなかった。小さな袋を赤子らが首から下げていた理由を聞くと、あの子らはお守り袋を持っておらんかった、それで作って、祖母の形見の数珠を分けました、男が話したことを書いて入れました、男は、どうしてこんなことになったんやろか、どこの馬の骨やないのに、金に困った産婆が係わっておるんやろな、というておりました、と云った。紙に書かれていた数字のことを聞くと、あれは子がうちに来た月で、男の赤子が五月、女の赤子が七月やった、八月にどっちも引き取りに来ると男から聞いて、その前に捕まることにしましたんや、と云った。子らがここを訪うことがござりましたら必ずや伝えます、と云うと、女はつまらなそうな顔をして封書を置いて帰ろうとした。ヨネの娘は店を開ける前であったが、なんぞ召し上がりまへんか、と聞いてみた。しかし女は黙ったまま首を振って立ち去った。封書には宿屋の正式名称とその住所とサキという名前のみが記されてあった。
(つづく)


