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渇きの果てに…禁断のコンダクター   第14話


送信したあと、震えが止まらなかった。
 
スマホを握る指先が熱い。
 
自分でも信じられない言葉を送ってしまった気がした。
 
 
――私が鹿児島へ行くのは、変でしょうか。
 
 
何度も打っては消し、ようやく送った言葉だった。
 


画面を見つめながら、まゆは浅く息を吐く。
 
 
自分から会いに行こうとしている。
 
アダムスが大阪へ来るのを待つのではない。
 
次の出張を待つのでもない。
 
 
自分が会いに行く。
 
自分の意思で。
 
その事実が、胸の奥をじりじりと焼いていた。
 
 
怖かった。
 
 
…迷惑だと思われたら。
 
……重い女だと思われたら。
 
………勘違いしていると思われたら。
 
 
そんな考えが次々と浮かんでくる。
 
けれど、その恐れの奥には、今まで感じたことのない感覚もあった。
 
 
……微かな高揚感。
 

長い間閉じていた心の扉を、自分の手で開こうとしているような感覚だった。
 
 
 
数分後、通知音が鳴る。
 

まゆは慌てて画面を開いた。
 
 
『無理しないでください。まゆさんには家庭も仕事もあるでしょう?』
 
その文章を見た瞬間、胸がぎゅっと縮んだ。
 
 
……拒まれた。
 
真っ先にそう思った。
 
 
顔が熱くなる。
 
恥ずかしい。
 
自分だけが浮かれていたような気がした。
 
 
スマホを伏せる。
 
心の底へ黒いものが沈んでいく。
 
 
やっぱり変だったのだろうか。
 
自分から会いに行きたいなんて。
 
欲しがっている女だと思われたのかもしれない。
 
 
まゆは唇を噛んだ。
 
こんな年齢になって、何をしているのだろう。
 
家庭があって、仕事があって。
 
本来なら平穏に過ぎていくはずの日常を、自分から揺らそうとしている。
 
 
けれど――。
 
本当に恥ずかしいのは、断られたことではなかった。
 
 
自分の気持ちを認めてしまったことだった。
 
 
……会いたい。
 
その気持ちから、もう目を逸らせなくなっていた。
 
 
 
そのとき、再び通知が震えた。
 
『まゆさんの休みに合わせて、僕が有休を取ります。大阪へ行きますよ』
 
 
まゆは思わず大きく息を吐いた。
 
張りつめていた胸が、ゆっくりほどけていく。
 
 
拒絶ではなかった。
 
アダムスはただ、自分の生活を気遣ってくれていたのだ。
 
その優しさが嬉しかった。
 
 
嬉しかった――。
 
…でも……どこか違う。
 
 
画面を見つめながら、まゆはゆっくり首を振る。
 
………違う。
 
今回は、そうじゃない。
 
 
待っているだけでは終わりたくなかった。
 
導かれるだけのままではいたくなかった。
 
 
これまでの人生で、自分はいつも誰かの決めた流れに合わせてきた。
 

娘として。
 
妻として。
 
職場の一員として。
 
求められる役割を果たしてきた。
 
それは決して間違いではなかった。
 
 
けれど今、自分の中で何かが変わろうとしている。
 
 
まゆは震える指で文字を打った。
 
『……今回は、私が行きたいんです』
 
 
送信する直前、一度だけためらう。
 
それでも消さなかった。
 
 
『自分の意思で、会いに行きたい』
 

…………送信した。
 
心臓が痛いほど鳴った。
 
 
これまでの人生で、自分の欲しいものを、こんなふうに口にしたことがあっただろうか。
 
 
 
しばらく既読はつかなかった。
 
長い沈黙だった。
 
 

やがて届いた返信は短かった。
 

『……わかりました』
 
 
そのあとに続く。
 

『気をつけて来てください』
 
 

まゆは画面を見つめたまま、そっと目を閉じた。
 
窓の外は深い夜だった。
 
静かな部屋の中で、心の奥に生まれた熱だけが消えずに残っていた。
 
 
怖さは消えていない。
 
罪悪感もある。
 
 
けれど、それでもよかった。
 
自分で選んだことだから。
 
 
誰かに導かれるのではなく、自分の足で境界を越えようとしているから。
 
 
その小さな一歩が、まゆには何よりも大きく感じられた。

 
 
 
 


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