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#13気づき 豪快にすっ転んできた私の人生を振り返ってみた

こんばんは。
福豆です。

ひろの式カタカムナのひろのさんのこちらの記事を読みました。

書いてある内容は全て私のこれまでの人生の生き方でした。 間違いだらけ😫
記事を読んだ後、ぼんやりと自分の過去を振り返っていました。
「あ、あの時の出来事は魔物に操作されていたんだ。」と。
カタカムナに出会うまでの私はどんなことを思い、どんな生き方をしてきたのか思い出せる範囲で振り返ってみます。
決して明るい内容ではありませんから、気が進まない方はここでお戻りくださいね。
訪問していただいたことに感謝いたします。


【幼少期】
とにかく喧嘩が絶えない両親のもとで育ち、両親の喧嘩のせいで、毎回離婚するのしないのと親戚を巻き込んで大騒ぎ。悲しく淋しい思いをしていることが多かった。
これはおそらく4、5歳頃のこと。まったく知らない中年男性(顔を布で覆っていたので分からない)から一度だったが身体(性)的虐待を受ける。これは人に言ってはいけないことと、小さいながら、されていることの意味を理解した。両親には怖くて言うことが出来なかった。それからというもの中年の男性を見ると嫌悪感が湧き偏見の目で見るようになる。

【10代】
中学時代2年間、同級生から突然の集団無視があった。その理由は未だに分からない。集団の中心的な子の機嫌でも損ねたか? 考えても思い当たる理由がない。
高校生になり、部活動に一生懸命励んでいた時期に腰を大怪我し手術をする。2年間の選手生命を棒に振る。人生終わったと思った。
しかし3年生になり、部活動に復帰し全国制覇をすることができた。この一年間が人生で一番真剣だったし、めちゃくちゃ輝いていた時だったと思う。

【20代】
社会人になり、ホテル業界に就職する。
表の華やかで爽やかな感じとは違い、裏側は人間関係がドロドロしていた。
今思えば、この頃から「魔」や「闇側」に手招きされていたように思う。
結婚して、子どもを二人授かり、役所に入庁が決まり、幸せな人生を歩んでいくことを夢見ていたのに現実は全然違っていた。
夫への嫌悪感が強く、触れられるのも顔を見るのもイヤ。同じ空間にいるのもイヤ。
これだけの嫌悪感がなぜ起こったのか原因が思い出せない。そしてこの時期に離婚を決断しなかったのか、それは、後に私はこの家族と深く関わっていく必要があったからだと今は思う。

【30代】
子どもも成長し、義母からは再三言われ続けたことは「親の身勝手で離婚して子どもたちを泣かせるようなことをすれば、後からそれが因縁となって子どもの人生を不幸にしてしまう」と、半ば脅しのように聞かされていた。
だから、子どものためのと思い、離婚は踏みとどまっていた。
「自分さえ我慢すれば子どもたちを不幸にしない。」と。
夫は結婚当初から毎月8万円の生活費を入れていたものの、子ども達が成長するにつれ、この8万円ではやりくりすることもできず、生活のために私が借金をする羽目になる。
義父母はいつも「お金が無い、ウチは昔から貧乏」というのが口癖で相談もできずにいた。
生活費が足りないから増額してもらえないかと夫に話をしても、「お前こそ、菓子パンとか食ってんだろ?それやめろよ」と言われる始末。
「なんで私だけ?」
夫は酒もタバコもやめずにいて、私には菓子パンをやめろってなぜ言えるの?
仕事や家事。一日の労働時間や家族を養うための金銭的バランスは私のほうが上回っていた。

愛情なんてありませんでした。ただ一緒に同じ家にいる同居人です。
私は公務員だったのである程度の収入はありました。
それでも6人家族を養うには大変でした。
「いいよなー、公務員さまよー。俺らの税金で高い給料もらってよ」と事あるごとに夫に嫌味を言われ、反発すると殴られる。今の夫からは想像もできません。人格者というにはほど遠い人でした。
私が役所を退職した年に夫は別の人との関係が始まっていた。

【40代】
この40代で私はとうとう道から大きく外れてしまうことになります。神様からのお叱りを受け、救いの糸は引き上げられたのだと思っています。
人生で一番の暗黒期。まさに転落人生の始まりです。
魔も闇側も私を格好のエサにしていたのでしょう。ここまで魔は私を崖っぷちまでジリジリと追い詰めてきた。
公務員時代の同僚に紹介された、ある「アプリ」をきっかけに転落人生に拍車ががかかってしまった。
経済的に厳しい現実。話の伝わらない夫。一番頼りたい人が頼れない。
苦しい生活から逃れたいと現実逃避をし、スピリチュアルにどんどんハマっていった。人として絶対にやってはいけないこともしました。
その頃には既に正しいことも間違っていることも判断がつかなくなっていました。

何をやってもいつも裏目に出てしまう。
仕事もうまくいかない。
夫とは喧嘩が絶えませんでした。
なぜこんなに何もかもが噛み合わないのか?
自分が幼少期に両親の喧嘩する姿を見て悲しいと思っていたはずなのに、子どもの前だろうが義父母の前だろうがお構いなし喧嘩をしていました。
私たちの姿は子どもの心の成長を止めてしまった。

そして「魔」は、ここまで私を揺さぶるだけ揺さぶり、最後のひと蹴りで私を一気に奈落の底へ突き落しました。
生活のために作った借金が膨らみ、返済が不能になる寸前までいき、やむなく公務員を退職し、退職金で全て返済しました。
それでも残ったお金はせめて子どもたちのために残したいと思っていたのに、ここにも「魔」はいた。闇側の世界が待っていた。
仕事を辞めた私は、こうなってしまった原因追及と未来に不安を抱き、またしてもスピリチュアルの世界に傾倒していきました。

子どもたちへ残すはずだったお金。
全てスピリチュアルに使い果たしました。
それでもまだ目が覚めなかったんです。

本当に私は酷かった。
我が家は何かに呪われているとずっと思ってきました。それは私たちが育て上げた魔だった。こうやって我が家にいる魔という敵はどんどん強くなっていったのだと思う。

【50代】
私がどうやってカタカムナに辿り着いたのか、こんな私がなぜ神様に助けてもらうチャンスをもらうことができたのかはわかりません。
でもカタカムナに出会うことができた。

今、抱えている家族の問題は私の弱さによって根深いものになった。
自分を責めることをずーーーっと長い間していました。いつも、目の前の現実から逃げてばかりいました。
自分を責めてしまうことは自分の思考の悪いクセだと思っていました。
でも、ひろのさんの記事を読んでいただければ、そうではないことを知ることができます。何度でも読んでいただきたいです。

まだ間に合います。
私のような辛い人生になる前に気付いて、人生に強く立ち向かってほしい。

私は今、ひろの式カタカムナで人生を立て直し中です。

自分責めの期間が長すぎて、頭が凝り固まってしまっているせいでなかなか進まず、ひろのさんはじめ、カタカムナ同志の皆さんから沢山教えていただきながら、人生大逆転するために頑張っています。

正しいことと間違いを見極める目を持つことが必要ですが、でもこれは本当に難しい。
年齢的にも体力的にも、シンドいなぁと思いますが、これまでの人生で一番、生きてる実感が湧きます。
家族や周りの人や出来事に心からの感謝も出来るようになりました。

皆さんにも幸せな人生を送ってほしい。
そんなふうに願います。

これからの私は、自分の過去を人生立て直すための材料として使うことはあっても、それによって自分を責めたり、過去の自分に再び揺さぶられるようなことはしません。
これは自分への誓いです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。それではまた🖐️


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