フリント『現代地政学』(2) 「国境」は、どのように決まるのか
地図の上に引かれた国境線は、単なる地理的な区切りではない。
▶︎ 前回:『現代地政学』①
歴史的に見ると、
多くの場合、「国境」は当該地の政治的・軍事的・社会的な勢力関係から生まれている。
本書によると、
国境は、政治の領域を定義する枠組みであり、
自己と他者を分ける心理的な境界でもある。
そして何よりも、
私たちの「アイデンティティ」に、深く関わっているのである。
二回目である今回は、
「国境」・「領土」・「アイデンティティ」に対するフリントの見解について、語りたい。
・「国境」とは、プラグマティズム(国家の行動の結果しだい)で決定する
本書によれば、
「国境線とは、物質的でイデオロギー的な地政的特徴である」。
つまり、地理に「境界」を引くことは、
“「領域」の広さ”が決まる(=物質的)だけでなく、
「内部の集団と外部の集団」を分ける(=イデオロギー的)ことでもある、ということなのだ。
しかし、「物質的」なものも「イデオロギー的」なものも、
それぞれの集団の“勢力の強弱”に関わっているため、
“動態的なもの”である、というのがフリントの見解である。

要するに、
「国境」は、永遠に定められたものではなく、実際には国家間の力関係によって存在しているものであるので、国家の行動しだいで変わることがある、ということなのだ。
・「国境線」の構築
「国境線は特定の国家の管理下にある人口と資源を確定する。
近代的国境線を地図化する地政治には3つの段階がある」。
第一には、「国境線」の「制定」である。
「この決定は、戦争やお互いの政治的合意、
あるいは外部からの強制(例えば、他の強大な国家の介入など)を通じてなされえる」→合意
そして、第二には、「国境線」の「確定」である。
「制定」された「コースが可視化」されるために、「地図に描かれる」のである→地図化
さらに、第三として、「国境線」の「管理」である。
これは、出入国の管理や、「侵略や侵入を防ぐ能力」としての「安全保障」などである→「管理に費やされる多くの努力」

このように、
“国家と領土は、固定的なものではなく、政治的・文化的に構築されるもの”なのである。
前回の「地政的コード」(e)で触れたように、
自らの構想(この場合は、自らが主張する「国境」)に対して、
「(自)国民とグローバル社会に対してどのように正当化するのか」
=国家が、その領土を保持することを正当化する語り(ナラティブ)、を通じて「国境」が形成され、再定義されていくのである。
本書から、以下の図式が読み取れるだろう。
「地政的コード」=自国(の国民)に対して、他国をどう捉えるか、の枠組みを与える
→「アイデンティティ」=集団としての、文化的・経済的などの意識
→「ナラティブ」=自らの行動を「正当化」する語り
→行動
で、ある。

つまり「国境」とは、
政治的・文化的・軍事的なかけひきなどが反映されて、
物理的に現れるものなのである。
・「国境線」をめぐる問題
「国境線」をさだめることは、“自国と他国を分ける”ことである。
そのことは、そのまま「領土保全」の問題に直結する。
本書でフリントは、「領土保全」の問題は、
①自国の「国富(土地・水や鉱物などの資源)の管理」
②「国富」の「担保」=国民が、実効的に「国富」を運用すること、を保証するもの
③自国の「アイデンティティ」の形成
で、あることに言及している。
・フリントの「国境線」についての視点で、現在の問題を考える
では、この問題を、
現在のイスラエルとガザ地区での紛争、
そしてウクライナとロシアの戦争、
の問題に当てはめて考えてみると、どうであろうか?
まず、この両方の紛争(や戦争)に当てはめると、
①と②に対する、イスラエルとロシアの要求を実現させる手段――
「軍事力」については、パレスチナやウクライナよりも強大である。
特に、パレスチナについては、
①と②の実現が難しく、
暫定政府はイスラエルだけでなく、ガザ地区のハマスに対しても、対抗するのが難しい状態である。
しかし、③「アイデンティティ」、
をめぐる国際的な「ナラティブ競争」では、どうであろうか?
イスラエルは周辺のアラブ諸国を説得できていないし、
ロシアは西側諸国を説得できていない。
その結果、パレスチナやウクライナは、
何らかの形での支援を、とりあえずは確保し続け、存続できているのである。
実際に、本書の指摘のように「ナラティブ」の力は、重要なのである。

「国境紛争は、
単なる近隣国家(当事国どうし)のローカルな地政的コードの産物ではなく、
他の諸国家の地政的コードの産物でもある」。
では、これらの紛争や戦争は、どのような形で収束するのであろうか?
と、いうことについて予想されることのヒントは、
イスラエルとロシア側の「ナラティブ」にある。
イスラエルもロシアも、
それぞれの事情は違うが、「ナラティブ」での主張は似ている。
それは、“相手側(パレスチナ(あるいはガザ地区のハマス)やウクライナ)が、「国境線」付近でゲリラ行為をしたり、(自国の、或いは自国と同じ民族の)住民を迫害するのであるから、その土地(地域)を占領せざるを得ない”というものだ。
このことから考えると、
イスラエルのほうは、とりあえず現在の戦闘は止めても、何らかの形で、今後も占領をつづけていく方法を模索するであろう(①と②の問題を、パレスチナ側と協議し、互いの資源の共同開発や、交易の増加に取り組むなどをして、ある程度の友好的な経済関係を実現しない限りは)と、いうことが予想される。
そして、ウクライナのほうは、
“停戦をしても、ロシアが上記の理由でいつ攻めてくるのか分からない”という不安から、自国の「安全保障」を確実にするような方策がたたない限り、終戦の決断をくだしにくいであろう、ということが予想される。
このように、「アイデンティティ」と「ナラティブ」が、国家の「地政的」な行動を支えるのである。
次回は、グローバル経済下の「地政学」について語りたい。
→境界がどのように作られ、誰がそれを越え、誰が拒まれるのか── この非対称な力の構造については、『ボヘミアの醜聞』第4回で詳しく扱っています。
『現代地政学』の連載は、こちらにまとめています
