見出し画像

幻で終わった、大学時代の長期世界一周旅行 ~④アルバイトでの屈辱と忘れ去られた世界一周旅行~

前回まで(~大学1年次の6月)の流れ


大学1年次の6月~3年次の出来事


大学1年次の2014年6月中旬、私は生徒として通っていた塾(K教室)へ講師として戻ることができました。

土曜日だったかと思いますが、室長のK先生をはじめ、リーダー的存在だった講師歴6年目のH先生(文系、当時大学院2年目)と講師歴4年目のI先生(理系、当時大学4年)やこれまでにお世話になった先生方がたくさんいました。

再会の挨拶もほどほどに、私の模擬授業タイムとなります。3か月前まで生徒だったので、たくさんの先生が興味深そうに見学しにきました。10人以上に取り囲まれながらの模擬授業となりました。それでも、もうすでに20回くらい授業をしている私は「まあ何とかなるでしょう」と楽観的に考えていました。

10分間の模擬授業を終え、講評タイムとなります。自分の中では今までT教室でやってきたことをそのままやったつもりだったので悪くないとは思っていました。

しかし、私を待ち受けていたのは酷評の嵐でした。

そもそも何でこの単元を選んだの?

説明になっていないし例え方が下手

こんなので授業なんかできるわけがない

模擬授業についての酷評が終わると、さらに追い打ちをかけるように、今度は「私の大学受験中の姿勢」について次々と攻撃してきました。

大学受験も大して頑張らなかったお前が講師なんてできるの?

大した大学に行けなかったヤツが大した授業なんてできねーよ

3月までやさしく接してくれた先生たちが突然牙をむき、私に襲い掛かってきたような感覚でした。

その場で合格はもらえず、1週間後に模擬授業のやり直しを命じられました。さらにそこから1週間たってから3回目の模擬授業もやるように言われました。3回目の模擬授業の時まで、公開説教のごとくダメ出しをくらい続けました。

最終的には大学受験のときまで私の英語を担当してくれたM先生が取り計らってくれたおかげで、「ひとまず1対1の授業をやって様子を見る」ということで落ち着きました。

先生たちの言いたかったことも分かります。たしかに今、冷静に振り返ってみますと、高校生だった私のK教室での態度はとても大学受験生とは思えないくらい真剣さが足りなかったですし、K教室の先生たちはみんな過酷な受験を乗り越えて一流大学に合格した人ばかりでした。だからこそ、高校生の私の態度にずっと苦言を呈したいと思っていて、今その時がきた、と言わんばかりに酷評してきたのだと思います。

しかし、私にとっては人生史上最も屈辱的な瞬間となりました。高校3年間での出来事は恥ずかしくてK教室の誰にも言っていませんでした。

俺の事情も知らないくせに好き放題言いやがって…

悔しさと怒りでいっぱいになりました。
このとき、19年間生きてきて初めて「悔しさをバネに人を見返すために必死で努力する」という気持ちになれました。

自分が担当する生徒・授業の内容を予習して板書案をすべて書いておく、など、周りの人がドン引きするくらいの予習を行いました。そして、担当する授業が終わってもK教室に残り、先輩方の教材のコピーを手伝うなど、K教室に通っている生徒に顔を覚えてもらうように努力もしました。

少しづつ私に対する評価も変わってきました。生徒が「またRio先生の授業を受けたい」と言ってくれたり、定期テストの点を前から30点近く上げたり、苦手だったはずの大学受験の国語の授業を担当して、自分よりも高いレベルの大学に合格させることができたり…

そのおかげで私のK教室での「大学受験を頑張れなかったヤツ」というレッテルが少しずつ消えていき、リーダー的立場だったH先生やI先生からもある程度認めてもらえるようになりました。

2016年(大学3年次)の4月からはついに中学3年の集団授業も担当できるようになりました。これで、教師になるためのスキルをより一層身につけることができます。色々ありましたが、2017年3月に受験が終わるまで何とか続けられました。

その一方で、世界一周旅行の話は完全に忘れ去れてしまいました。世界一周旅行にいくことよりも、K教室の講師として活躍することに自分の存在価値を見出すようになりましたし、このまま大学に通いつつ、K教室のために頑張りたい、という気持ちが強くなっていました。

これは依然として精神面でのK教室への依存が続いているということを表しています。

それにH先生とI先生の存在も大きかったです。お二方とも、大学院・大学卒業後も諸事情によりK教室で講師のアルバイトは続けていたので、2017年3月の時点ではまだ一緒に働いている状態です。

お二方とも、これまでに講師として実績を残していますので正社員やアルバイト講師からの信頼も厚かったです。

しかし、時が進むにつれてお二方とも「お局」のようになってしまっていたようにも感じます(男性ですが)。例えば飲み会があったときに参加を断ると、正社員・室長を陰で操り、授業数を減らされたり、しばらく無視をして口をきいてくれなかったり…

私は生徒時代からの恩もありましたし、授業数を減らされたくなかったので、その二人が主催する飲み会にはほぼ毎回参加していました。当然ながら、毎回数千円単位のお金が消えてしまいました。

こうして、バイト代を稼げるようにするために飲み会に参加し、かえって支出が増えてあまり貯金ができない、ということになってしまいました。大学2年次終了の段階で、当然ながら世界一周旅行にいけるお金なんて存在しません。



さらに、大学1年次の終わりから「歯の矯正」を始めました。私の前歯はいわゆる「すきっ歯」であり、しょっちゅうイジメのネタにされてしまったので、「いつかは矯正しなければ」という状態でした。

本来でしたら遅くとも高校生のときまでにやっておくべきでしたが、学校に通うだけ精一杯だったためにできず、大学生になってようやく矯正することになったのです。期間は順調にいって3年間、歯を矯正しているときは基本的に1~2か月に1回は通院しなければなりません。ということは大学在学中は2カ月以上連続して日本を離れることはできません。



さらにさらに、大学1年次に自分の大学の休学について何となく調べると、

「休学できなくはないが、1年間の授業料とほぼ同じ金額を休学中も払わなければならない」

という情報にふれました。

入学前に調べていなかった私が悪いのですが、大学によって休学できる・できない、できたとしても学費がかかる・かからない、が分かれるので、休学して長期世界一周旅行を行う場合はそこまできちんと調べなければいけなかったんですね…

※なお、私が在籍していた大学は、現在では年間約10万円を支払えば休学できるようになったらしいです


大学1~3年次の3年間で、これだけのことが積み重なり、ついに私の「休学して長期世界一周旅行」が幻で終わってしまいました。



結論


結論に達するまでに長くなってしまいまい申し訳ありません。

「私が長期世界一周旅行」に行けなかった理由として挙げられるのは、要するに

❶精神面でアルバイト先に依存してしまった
❷大学生になってから歯の矯正をやり始めた
❸大学の休学制度について理解していなかった

ということです。

特に❶の理由が大きいです。高校3年間の悲しい出来事を経て精神面でバイト先(K教室)に依存してしまった結果、

「K教室で活躍したいという気持ちが強くなり、世界一周旅行のことなんて忘れてしまった」

「干されないようにするために2人のお局講師に誘われた飲み会を断れなくなってしまった」

「『生徒のために』『K教室のために』という気持ちのせいでお金よりもやりがいを求めるようになってしまった」

たくさんの授業を行い、より時給の高い集団授業も行えた。その結果、たくさん稼げもしたが、2人のお局講師に嫌われないようにするために使うお金(主に飲み会代)が異常なほど増えてしまった。

という状況になってしまいました。

「大学を休学し、長期世界一周旅行を行うためにはアルバイト先を慎重に選び、高校生のうちから計画的に動くことが必要」

ということを強く感じました。長期世界一周旅行に行けなかった私が感じる反省点です。せめて高校生活を普通に過ごせていれば、もっとまともな判断ができたのかも…と時々思うことがあります。

しかし、もし高校3年間であの悲しい出来事が起こらなければ、高校での生活が苦しくなければ、そもそも私は社会科の教員になろうとは思わなかったでしょうし、そのために長期世界一周旅行を行う、という発想すら生まれていなかったかもしれません。人生ってなかなかうまくいかないものですね。

念のために申し上げますと、私はK教室にはとても感謝しています。たいして大学受験を頑張れなかった私を講師として受け入れてくれ、当初はけちょんけちょんに言いつつも、最終的には私の努力、そして講師としての実績はきちんと評価してくれたように思います。2人のお局講師からも学ぶことは多かったですし、その他の講師(バイト仲間)や生徒との出会い、さまざまなエピソードは何だかんだ、今ではいい思い出として心に残っています。

この時点で2017年2月(大学3年次)です。K教室のおかげで、私は自信を取り戻しました。コミュニケーションの困難さも、再び克服できつつありました。そして、個別授業や集団授業での講師としての経験を積み、教員として授業を行うための力を十分身につけられていたと思います。

それと引き換えに、海外旅行の経験を積むことができませんでした。それでも、47都道府県を制覇し、台湾、タイ、香港、マカオにはそれぞれ3~4日旅行していました。このころになると、もう世界一周旅行のことは完全に忘れてしまいました。

ある程度海外にも行ったし、写真もたくさん撮れたから、このまま教員になったとしても何とかなるでしょ

アジアにしか行ったことがないから、大学卒業前にヨーロッパか北アメリカを2週間くらい周遊できればいいかな


これらが、2017年2月下旬(大学3年次)に思っていたことです。そしてこのままあと1年間K教室でのアルバイトを楽しみ、大学を卒業してから教員になる、というつもりでした。もう完全に世界一周旅行のことは眼中にありません。

しかし、2017年3月中旬と5月に起こった出来事が、私を再び世界一周旅行へ導くことになるのでした。



今回は以上です。これで「私が長期世界一周旅行を行えなかった理由」が明らかになりました。

次回は「長期世界一周旅行を断念した私が短期世界一周旅行を行う話」について記したいと思います。