「うまく書こうとするほどうまく書けない」の解決法~過多と過少~
「うまく書こう」「うまく書こう」
「うまく書かなきゃ」「うまく書かなきゃ」と思うほど
そんな時ほど
うまく書けない…
さっきのやつの方が良かったじゃん
練習の時の方が良かったじゃん
ってよく起こりませんか❓️
これは
想像に難くないと思いますが
原因は
すべて「無駄な…」「余計な…」がいっぱい
くっついているから
です。
無駄な力
無駄な思考
余計な力
余計な思考
本番になると
なぜか
今までやったこともないような技術を急に使おうとしてしまうことも
あります。
「そんなこと今までしたことないじゃん」
が出てきてしまう…
手が震えるし…
あれ、何なんですかね…。
おもしろい現象です。
公文書写では
毎年1月と7月に
「公文書写認定」というものがあり
その本番(1教科につき2枚まで)の字を見ていると
「子どもの方が本番に強い」が当たり前のように起こります。
大人はふだんの教材の字の方がうまい、
子どもは本番が今までの字で一番うまい、
これは毎回そうです。
・・・
大人にしかない邪念が過多
「そんなこと子どもは考えてないよ」を
大人は頭で巡らせてしまっています。
あぁ汚れ…
大人の汚れ…
では
大事な時
どうしてもうまく書かなければいけない時
どうしたらうまく書けるのでしょう。
「うまく書こう」とするとうまく書けない
「うまく書こう」と特別には思っていない練習はうまく書ける
繰り返します。
「うまく書こう」とするとうまく書けない
うまく書こうと思っていない時ほどうまく書ける
分かりましたか❓️
解決法。
そうなんです。
「うまく書こう」と思うから
うまく書けません。
「本番を練習だと思う」
私はこれは何となくちょっと違う感じもしますが、
それに近いでしょう。
一番の解決法は
その「いざという時」には存在しません。
もうその「本番」の時には手遅れです。
ということは…
そうです。
「ふだん」の
練習の時にしか解決法は在りません。
どれだけ反復練習をするか、そこにしかありません。
無意識で
半分寝てるくらいでも
同じ字が再現できるまで
書いて書いて書いて書いて…繰り返し何度も書くことです。
「量」が過少です。
その「いざという時」にすることは
自分を信じることだけです。
それは自分の手を信じること
それは自分の練習量を信じること
結局は
「もっといっぱい書いてくださ~い」です。
何も考えなくても
無意識で
「もうその字しか書けない」を作ります。
車の運転とか
自転車とか
三輪車とか
一輪車とか
無意識で乗っているのと同じてす。
(・・・あぁ
つっこむのもめんどくさい)
(めんどくさい女…)
あとは
毎日書いていると解ることがあります。
それは日によって
「あ、今日はなんかうまく書けない」
「あ、今日はなんか書けそう」
があること。
もちろん私もあります。
(一応人間だと思います。)
何かが違う、と感じた日には
もう書かないことです。
明日はまた来るので。
本番は
「ふだん通り」「練習通り」と思うよりも
「今、書けそう」という感覚の中で
深呼吸をし
力を抜き
自分を信じること
それだけです。
今までどれだけ書いてきての…
みんなが遊んでる時も一人書いてたんでしょ
誰も見ていないところで
ずっと書いてきたんでしょ
「うまくなりたい」一心で
来る日も来る日も
ただ書いてきたんでしょ
他にやりたいこともあった
でも日常から「書く」をなくさなかった
大丈夫
大丈夫でしかない
誰より書いてきたんだよ
その自分にできないはずがない
と。
「字がうまい人」は必ず
人の何倍も何倍も書いています。
やっていないようで
ものすごい「量」をやっています。
無意識領域にその字を持っていくこと
まさに「至高の領域」「無我の境地」です。
意識的にどうがんばっても
「その字しか書けない」に至るまで
書き続けましょう。
いろんな記事で
私の「悪い例△」の字が下手に見えないのも
(ってことにしておいて)
そのせいです。
手のクセで
もう私はうまくしか書けないので
「悪い例」の字を書くことがとても苦手です。
「ママっていつも話の最後、自分の自慢だよね」
娘にはバレている…
あぁ、もう、バレている…
