字のクセはどうして生まれるのか~「字のクセ・手のクセ・脳のクセ」~
同じお手本を見て練習しても
それぞれ違う字が出来上がる。
これが別名、その人の「字のクセ」です。
「らしい字」なんて言葉で
誤魔化してはいけない。
「字・の・ク・セ」
です。
と、いうことは、
同じ正しいお手本を見て
全員が完全模写できれば
「字のクセ」は生まれないということです。
では
なぜ「字のクセ」は生まれてしまうのか…
それは
手がそれを嫌がるからです。
脳がそれを避けようとするからです。
お手本通りの線の模写(書写)が大変だから。
手が楽な方に行きたがるからです。
脳の余計な知識が邪魔をして
勝手に自分で調整してしまうからです。
そして
「解る」と「できる」は違うからです。
字の解説はできるのに
その字を書けてない人…
その典型です。
だらだら長く言語化するのも面倒なので
一言で刺しますね。(怖いわっ)
あなたのその「字のクセ」
それは「逃げ」です。
もう一回刺しますね。
それは「甘え」です。
手が逃げている。脳が逃げている。
私がよく言う
「字のクセ 手のクセ 脳のクセ」は
「字のクセは、手のクセと脳のクセですよ」という意味ですが、
実はその続きがあります。
「字のクセ 手のクセ 脳のクセ
そして
思考のクセ」です。
思考…
まぁ、性格❓️というと分かりやすいでしょうか。
(怖いね~楷書の鬼さん)
正しいお手本が真横にあって
それと違う線を書いて
お手本との違いに気づいているのに直さない…
直さない…
は❓️
どういうこと❓️
(怒ってるね~鬼さん)
お手本と自分の字が違うことに
気づけないなら
「お手本の見方」から学んだ方がいいですが、
気づいているのに直そうとしない…
直そうとしない…
は❓️
どういうこと❓️
どういうこと❓️
それがあなたの性格…
考え方のクセです。
こっちの方が書きやすいし
なんかうまく見えるし
これでいっかぁ、
が見え隠れ、どころか、丸見えです。
真横にあるお手本の意味ゼロです。
基本の字も模写できないで
自己流で書き出して
ずっとそのまま…
そういう性格❓️
ってことなんです。
「これでいっかぁ」「まぁいっかぁ」と考える思考のクセ
何を勝手に諦めてるの❓️
なんでできないと思ってるの❓️
できないなら
何度も何度も書けばいい
書けない日なんて絶対に来ないから
書けるまで書けばいい
(やばい、今日の鬼さんずっと怖い…)
そしてその「クセだらけの字」を
誰かが
「味があるね~」
「かっこいいね~」と讃えたりするから
余計直らない…
「中途半端にうまい字」だけが溢れてる…
あぁ、ちょっと鬼は怒るのが疲れてきた…
だめだ、だめだ。
私が怒らないで誰か渇を入れるんだ…。
がんばれ鬼。
がんばれ私。
「字は体を表す」のではなく
「体が字を表す」
これ、本当なのかもしれません。
ちょっと疲れたので一旦屋敷に帰ります。
「本当のきれい」に一切の妥協なし。
また怒れるエネルギーを溜めて戻ってきます。
(「結構で~す。」「戻ってこなくて結構で~す。」)
がんばれ私。悪者役をがんばれよ、私。
