本人が変化を選択したときにのみ、人は変わる 壁打ち! 東急式人的資本経営の確立をめざす旅【第4回】アルー株式会社 中村俊介さん(前編)
人的資本経営は、「制度」と「企業風土」の両輪で
東急の人的資本経営の特徴は、仕組みも文化も一緒に育てていること。とはいえ、今はまだそのスタイルを確立する旅の途中です。この連載では、人材戦略室長・高橋真樹子が社外のさまざまな方と語りあい、この先の道を照らす手がかりをみつけていきます。
第4回の壁になってくれたひと:中村俊介さん

中村俊介さん(写真右)
アルー株式会社 ソリューション本部長
エグゼクティブコンサルタント
東京大学文学部社会心理学専修課程卒。
大手損害保険会社を経て創業初期のアルー株式会社に入社。納品責任者、インド現地法人代表などを歴任し、東証マザーズ上場に貢献。
また京都大学経営管理大学院「パラドキシカル・リーダーシップ産学共同講座」の創設を主導し、客員准教授として教鞭をとった。
現在はソリューション本部長を務めるほか、様々な企業のリーダー育成を手掛けており、東急アカデミーの企画・講師も担当。
共監訳:『両立思考 「二者択一」の思考を手放し、多様な価値を実現するパラドキシカルリーダーシップ』(JMAM)
web機関誌 alue insight:https://service.alue.co.jp/alue-insight
高橋真樹子(写真左)
東急株式会社 人材戦略室長
1968年東京都生まれ。津田塾大学卒業後、1991年東京急行電鉄株式会社入社。リゾート事業部、経営企画室のほか、東急セキュリティの立上げや東急ストアへの出向を経て、2024年より現職。モットーは「おいしく、楽しく」
人的資本経営に関する情報は、ポジショントークもある。だから、ベストプラクティスに振り回され過ぎない方がいい
高橋:今日はよろしくお願いします。わたしは、東急の人材戦略室長になってもうすぐ丸2年になるんですけど、本当にここまで手探り状態でやってきまして。
中村さん:手探りとはいえ、相当手を打ちまくってるじゃないですか(笑)。探りの動きがすごい。
高橋:我々としては前に進んでいるつもりなんですけど、ほんとにこれでいいのかな、と思うこともあって。もっとこうやったらいいとか、そのやり方は違うよ、とかたまには誰か教えてほしいんです(笑)。
中村さん:お役に立てるといいんですけど(笑)。
高橋:最近、会社全体が投資家や株主のことを気にしすぎるあまり、短期的な思考になりがちな場面によく出くわすんです。でも、人事の領域には、長期でやらなくちゃいけないこともある。ご著書の『両立思考』ではないですけれど、そこのバランスみたいなところが、最近の悩みの一つです。

多様な価値を実現するパラドキシカルリーダーシップ』(JMAM)
中村さん:ここ数年、確かに御社の統合報告書はものすごくパワーアップしてますよね。「地域コングロマリット経営」という表現とか、完全にグローバルを意識してるなと思いました。
高橋:ありがとうございます。え、そう見えますか?
中村さん:日本だと、駅近の方が便利で地価が高いのは当たり前ですけど、海外は車社会のところが多いですし、電車の駅の近くは治安が悪いから、むしろちょっと遠くに住む。
高橋:ああ、ダウンタウンみたいな。
中村さん:はい。だから、海外の人からすると「沿線価値を高める」って何それ!? という反応になる。だから、「地域コングロマリット経営」と言った方が、東急のビジネスモデルは伝わりやすいと思います。
高橋:なるほど! そこはよくわかっていなかった。
中村さん:個人的な話になるんですけど、私は実家が東急沿線にあって、実家を出た今も東急沿線に住んでいます。だからもう、血肉が東急なんです(笑)。なので、感覚的にはマキコさんと同じです。「沿線価値の向上」でなんでわからないの!?と(笑)
高橋:(笑)。ありがとうございます。
中村さん:東急の魅力はグローバルには伝わらないからかなりアンダーレート(過小評価)されているのでは、とファンドマネージャー経験も長い講師の一人が過去に話していました。いい会社なのにね、と。
でも、ここのところ「地域コングロマリット経営」という書き方が出てきたり、サステナビリティのレーティングも上がってきたり。だから、私にはすごく投資家向けの活動を頑張っているんだなという見え方をしていました。人的資本経営周りも非常に東急さんらしいな、という感じがしています。
高橋:は~~~、そうですか!
中村さん:人的資本経営についてはたくさんの情報が出ていますが、ポジショントークもあるということは気をつけなきゃいけない。エンゲージメントの会社はそちらの話をしますし、ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)をやっている人はその主張をする。我々であれば育成ですが(笑)。
みなさんいろいろなポジションで話をされますけど、要は、投資家から見た時に比較可能な共通項目についてはきちんと示されたうえで、「その会社らしさ」とそれに関する指標が見えるようになっていて、それが競争力になるということを示せればいい。だから、ベストプラクティスに振り回され過ぎない方がいいと、私は思います。
高橋:なるほど。勉強しないほうがいい?(笑)
中村さん:しなくていいんじゃないか、って思うところもあります(笑)。もちろんすでにたくさん情報収集されているという前提で、あえて言えば、ですが。

矢面に立ちながらも、「いや、風土に取り組むのも大事なんです」って言い続けているのは、見えないものを励まし続ける活動
中村さん:私がすごくいいなと思うのは、「制度と風土の両輪を回す」っておっしゃってるじゃないですか。制度のように、形があったり可視化できるものと、風土のように可視化できないものがあったとき、基本的に可視化できるものに引っ張られていくっていう力学が働きますよね。
高橋:はい。楽ですからね。
中村:だけど、五島慶太翁の「熱と誠」ではないですけど、そこに風土が伴っていないと、制度の熱は失われていく。熱が失われていくんですけど、それでも制度は独り歩きできる。でも、風土のほうは、かなりがんばってやらないと両輪が回らなくなってしまいます、と。
高橋:本当にそうなんです。
中村さん:だから、「制度と風土の両輪を回すんだ」っていう宣言をして、これだけチームがガチャガチャ動いて、「こんなの意味あるの?」って言われるんですよねーって言いながら、「いや、でも、意味あんのよ」って言って、やる。そうなんだよなあ~、って思いながら読みました。
高橋:(笑)
中村さん:人的資本開示は、基本的に「可視化できるもの」に流れるんですけど、開示できない「可視化できないもの」のほうに、その会社の独自性が潜んでいることも多い。マキコさんが矢面に立ちながらも、「いや、これ大事なんです」って言い続けているのは、見えないものを励まし続ける活動なんですよね。数値化できないことをやり続けない限りは、基本的にバランスは取れないんです。
高橋:わ、今、すごい勇気もらいました。数値化されないんだけど、でも、やっぱりそれがないと、制度も絶対生きてこない。これは本当に実感としてあるんです。最近よく言うのは、制度だけだと「やらされ感」、風土だけだと「やりがい搾取」になる、と。精神論だけでも絶対ダメで、「やればなんとかなる!」というのは「やりがい搾取」です。でも、処遇だけだと「やりたくないけど、やってれば給料が上がるからいいや」みたいになってしまう。それも違うと思っていて。そこを両輪でうまく回せたらいいなと思っています。

人を変えることはできない。本人が変化を選択したときにのみ、人は変わる
高橋:でも、最近のテーマは、やっぱり人の「行動」に結びつかなくちゃいけないな、ということです。こういう記事もそうだし、社内向けの記事もすごく読んでくれる人が増えてきて、そこの行動は変わっているんです。でも、読んで終わりじゃなくて、自分自身の行動に変化がないとやっぱり意味がないなと思っていて。そこをどうしたらいいんだろう、というのが最近よく考えていることです。
「あの記事面白かったよ」とはすごく聞くんですよ。でも、「じゃあそれを読んで、あなた自身が何か一歩踏み出した?」とか、「自分の今の仕事をちょっと引いて見てみた?」とか、そこが超えられないのは何なんだろうね、と。
中村さん:なるほど。でも、記事だけで人の行動が変わるのは難しいと思います。それはやっぱり、人によるというか。
高橋:そうですね。
中村さん:行動を変えることそのものではなく、まずは今すでにやっている行動の意味づけや、世界観を変える機会提供していると考えるといいかもしれません。
御社で実施しているリーダーの研修の話でいくと、組織のアイデンティティ(我々は何者か)とコアバリュー(我々が提供している価値は何か)を定め直すってことをやっています。私は、極論を言えば、"個人"は存在していること自体が価値なので、提供価値とかはあってもなくていいと思うんですよ。
だけど、"法人"は違う。資本主義の中で成り立っているので、提供価値がないと資本の交換が起こらない。

中村さん:研修では、自分たちの会社は何者で、我々は日々どんな価値を世の中に提供しているのか、ということについて「今はどう捉えられているか」と、「これからの社会においてどうありたいか」を言葉にしてもらうんですね。そうすると、自分たちが何者なのかという捉え方が変わるので、世界観が変わります。その結果として、事業と組織にどんな変革が起こっていくか、という順番でビジョンを考える。
高橋:うんうん。
中村さん:これを理念の活動に引き戻すと、「我々、東急って何してる人たちなんだっけ?」と、まさに理念に立ち戻らせる時間を作ることが一つの価値になるんです。日頃頑張っていることと、でもそれって何なんだっけ、ということを俯瞰することで「自分ごと」というか、当事者意識を持って、自分と理念が結びつく。一見、外からみたら同じ行動でも、主観的な価値が変わる。
高橋:そこなんですよね。だからわたしたちも、理念への共感や理解から始めているんです。タウンホールミーティングをやったり、事業部門長へのインタビューで、彼らが理念をどう解釈し、どういう風に事業をやっているかを発信したり。
でも、今おっしゃったように、それが本当に自分の仕事とちゃんと結びつくかというと、まだ「それはそれ、これはこれ」みたいになっている気がします。だから行動が変わらないのかな、と。
中村さん:マキコさんが期待されてるのは、プラスアルファの行動が起こることですか?
高橋:プラスアルファでもいいし、そうじゃなくて横に変わるのもいいです。東急ストアというスーパーマーケットにいた時は、お客さまが今まで買わなかったものに手を出してくれた、とかが大好きで。それがとても嬉しい。だから今、うちの従業員が何かちょっと挑戦してみようでもいいし、やっていたことをやめてみようでもいい。そういう風に変わっていくことがすごく面白い。面白いって言うと変ですけど。でも、言うだけ言ってやらない人も結構いる。それがすごくもどかしいですね。

中村さん:こんな仕事をしていながら何を言ってるんだと思われてしまうかもしれませんが、私は、人を変えることはできない、と思っています。あくまで本人が「変化を選択した時」に人は変わる。その選択が起こりやすい場を作ることはできますが、基本的に、本人が選択しないと変化は起こらない。逆説的ですが、研修で講師をやるときも、「相手を変えてやろう」とか「変わるべきだ」と強く思い過ぎているときは、かえってうまくいかない。『北風と太陽』じゃないですけど、変えようとされればされるほど「変わってやるもんか」となってしまう。
高橋:ああ・・・。
中村さん:研修で大きく変化する人は、もちろん良い場が作れているというのが前提として、人生の中でたまたまその変化を選択するタイミングにあったというだけとも思っています。そうじゃなかった人は、どこかのタイミングで変わる、かもしれない。だから、マキコさんが何か発信したとして、その時に響く人もいれば響かない人もいる。それが、たとえ理念だったとしても同じことです。「行動にどれくらい反映されたか」というところを強く思いすぎると、逆に北風になってしまう可能性もあると思います。
高橋:なるほど・・・。あんまり焦っちゃいけないんですね。
中村さん:焦らない方がいいかなと。入社して10年くらい経ってふとした時に「『美しい時代へ』って、いい言葉だな」と思ったりするかもしれませんよね。そういう瞬間って、ふっと訪れるもので、その瞬間が訪れるためには、そういう場があり続けなければいけない。大事なのは、風土という車輪を回し続ける活動をしていることそのものです。
高橋:それは本当にそうだな。どうしても、成果を出したくなっちゃうけど。
後編に続く
