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愛知県美術館『歌川国芳展』通期展示


 前回はこちら。
 6月21日で終了した、愛知県美術館の国芳展。撮影・SNSへのUPが許可されていた作品について、せっかく撮ったので思いつくままに書いてみます。

『坂田怪童丸』

版画の表現力について

『坂田怪童丸』

 水と火を描くというのは、一番難しいと言いますが、この表現は上手いなあと。鯉の上に、滝の流れの青を重ねる。黒光りする鯉のウロコや、それを抱える金太郎の赤い手が、その下に透けている。
 奥の滝、金太郎、鯉、手前の流れ、そして弾ける水飛沫。陰影などの描写がないのに、奥行きが感じられるのは、実際に、レイヤを重ねるように、版を重ねているからなのかな? そうすると、この水の表現……半透明の青い面を重ねる、というのは、版画だからこそできるというか、思いついた方法なのかもしれません。
 水飛沫のところは白抜きなんだけど、輪郭が微妙な版ずれで色がにじんでいる。それが、水滴に周囲の色がっている様子、そのものだ。意図的な表現なのかな? スゲェなあ……

「金太郎」というモチーフについて

 金太郎。のちの坂田金時。源頼光の四天王として、数々の妖怪退治に加わる。童謡では「熊にまたがりお馬の稽古」と歌われる。この明治33年、石原和三郎の歌詞には「けだもの集めて相撲の稽古」とも。これらは元々の足柄山の怪童伝説に拠るもので、浮世絵等にも度々描かれています。

 ただ、鯉をつかむシーンはありません。元の足柄山の伝説にも、鯉は登場しない。端午の節句のキャラクターとして、「百瀬の滝を登りなば、忽ち竜になりぬべき」鯉と、ペアにされて、自分よりデカい鯉と戯れる怪力童子として描かれるようになった。
 その一方、魚と戯れる童子の図というのは中国語で「年々有魚」が「年々有余」と同音であることから、縁起の良い図柄なのだそうです。

 およそ14世紀、宋の時代から描かれ、春節に飾られていました。やまと絵が唐絵の影響を受けていたように、浮世絵にも、こういった中国の民画からの影響があるのでしょうか?

『源頼光館土蜘作妖怪図』

怪物=悪、ヒーロー=正義ではない。

『源頼光館土蜘作妖怪図』

 今回の展示の解説や、それ以外にこの作品について書かれた文章を検索すると、だいたい「四天王の一人、卜部季武の紋が沢潟で、当時の老中水野忠邦と同じだったので、天保の改革を批判する戯画と解釈された」と言ったことが書かれています。質素倹約を求める水野忠邦を悩ませる妖怪たちは、それに逆らう役者や芸人、絵師や戯作者なのだ、等とも。

 さんざん源頼光やその四天王を、醜く悪い化け物どもをやっつける、かっこいいヒーローとして描いてきたはず。それが、化け物どもの方が、国芳や江戸庶民に近しい役者や芸人で、ヒーローのはずの頼光とその四天王が、人々の楽しみを奪い弾圧する、頭の固い役人どもの方だったなんて!

土蜘蛛が優しい……?

『源頼光館土蜘作妖怪図』右側

 下の、直垂に大きく立沢潟紋が入っているのが、水野忠邦に擬せられた卜部季武。その奥で箱枕によりかかり、目の周りを赤くして眠っているのか、グッタリ箱枕にもたれているなのが、源頼光。さらにその後ろに、両眼を真ん丸に見開いているのが、今回の怪物どもの総大将、土蜘蛛。
 だけどまるで、うなされている源雷光に、やさしくお布団をかけてあげているみたい。真ん丸な目も、特に敵意が感じられない。

 四天王の一人、卜部季武が水野忠邦なら、その上司の源頼光は、時の将軍家慶かしら? 眠り込んで、水野の勝手を許している……それに優しく布団をかけて、寝たままにしておこうとする土蜘蛛は、確かに庶民を間接的に苦しめる化け物ですね。

他の見立ては何だろう?

『源頼光館土蜘作妖怪図』中央

 妖怪たちは、天保の改革で苦しめられる庶民や、仕事を奪われた戯作者や役者、といいますが、確かに似顔絵らしい、妙に生々しい描写です。やつれた頬に尖った顎とか、禿げ頭に太い眉とか、鷲ッ鼻とか団子ッ鼻とか、いかにもモデルがいそう。
 人中クッキリで唇の間から歯をのぞかせた、目の細いソバカスの男なんか、振り上げているのが筆だったりする。これは絵師か戯作者か。

読み解きを始めたら、いくらでもできそう。

『源頼光館土蜘作妖怪図』左側

 「天保の改革に対する風刺画」といっても、改革する側もバラバラだし、弾圧されている側のはずの妖怪変化も、お互いに二手に分かれて争っている。色々と、一筋縄ではいかない……当時の幕府の役人や、役者・芸人の類を何も知らない自分でも、色々考え始めたら止まらないのだ。当時の江戸っ子同士だったら、そりゃあもう、とめどなく盛り上がることだろう。

『宮本武蔵の鯨退治』

『神奈川沖浪裏』と何が違うのか?

『宮本武蔵の鯨退治』

 北斎『神奈川沖浪裏』の15年後の作品。大きくうねる波、ちっぽけな人間というモチーフは同じです。しかし『神奈川沖浪裏』では、人間は可能な限り体を小さくして、実を寄せ合い、舟にしがみついていました。それを富士山が遠くから眺めている。絵を見る人間も、ひたすら大自然の巨大な力に圧倒されるだけで、ただ眺めていることしができない。
 だけどこちらは、大自然の巨大な力に立ち向かう姿が描かれている。圧倒されながらも、飲まれまいと、見る側にも力がこもるような描写。全く違う視点で描かれた作品です。

クジラと武蔵。

 大海原そのものが裏返ろうとしているかのような、大きなうねりを、さかのぼり乗り越えようとするかのように、力強く尾を立てて頭を上げるクジラ。武蔵がクジラと戦おうとしているように、クジラもさらに巨大な、大海原という自然と戦っている。

『宮本武蔵の鯨退治』中央拡大

 自分よりはるかに巨大な力に挑む、という点では、クジラも武蔵も同じ。大海原からクジラへ、クジラから武蔵へと、巨大な力が凝縮していくのを追いかけるように、見る者の視線が誘導されます。最後に見つめることになる武蔵の姿は、『神奈川沖浪裏』で、舟にしがみついていた豆粒のような人間とは違い、クジラの背に両足を踏みしめ、力のみなぎる両腕を振り上げ、握りしめた刀の切っ先のその先を、決意にみちた目でしっかりと見つめています。
 この武蔵の姿を、しっかりと描き込むために、この巨大な画面が必要だったのだと思います。

『相馬の古内裏』

『蝦蟇仙人と相馬太郎良門』と対になる作品

『相馬の古内裏』

 先に「愛知県美術館『歌川国芳展』後期(2)」でも触れましたが、平将門の遺児が、妖術使いとなって世の騒乱を企む戯作のワンシーン。以前に書いた『蝦蟇仙人と相馬太郎良門』は、弟の相馬太郎が、蝦蟇仙人から妖術を授かる場面でした。その妖術を使って姉の滝夜叉姫が、ガイコツ戦士を召喚したところ。
 細かいトコだけど『相馬太郎』の方では、巻物はまだ最初の方で、右手に握る側が太い。だけどこっちは、巻物は最後の方になっていて、左手側が太くなっている。授かった妖術も使い切って、いよいよ決着をつけるしかない。滝夜叉姫をよく見ると、唇の間からチラリと白く、食いしばった歯が見えていました。

ガイコツの、嫌な感じの大きさと空間。

『相馬の古内裏』中央

 元の戯作では、等身大のガイコツが大量に発生するそうだけど、国芳は一体の巨大なガイコツで表現しました。人ならざる存在であることが強調されます。ちょうど、人を取って食う程度の大きさ。そこがまた、生理的な不安感をかき立てますね……
 右画面は、ほぼこの巨大ガイコツの胴体だけ。右画面と真ん中だけの、二枚組でも良さそうに思われます。なくても、シーンの意味や、恐怖感、衝撃は伝わる……では、どうして国芳は、こんな構図にしたんだろう?
 骨しかない画面が一つ入る事で、中央や左の、情報量が多い画面が引き立つというのは、確かに分かる。この右の画面にあった頭が、中央にグワーッと迫ってきたところを描いたのだと、動きの表現と言う解釈もできる。虚ろな肋骨の、白の向こうの深い闇に、第二、第三のガイコツが出てきそうな予感もする……

不思議な絵の色々

『忠臣蔵十一段目夜討之図』

『忠臣蔵十一段目夜討之図』

 日本にこんな高い壁、三角の屋根があるか? と思ってみたら、元ネタにされたという海外の銅版画が、一緒に展示されていました。海外の銅版画も、こんな感じの壁と屋根でした。人との対比も同じくらい。
 人間の大きさ、この倍くらいの方が自然な気がする。国芳は、いったいなぜそのまま描いたんだろう? いくら異国の建築といっても、ちょっと違和感があったのですが。日本の 建物の塀の高さ、屋根の勾配にしたら、いったい何がダメになるのかな? ちょっと理解できない。

『流行猫の変化』

『流行猫の変化』

 「絵と遊ぶ」という発想。「切り抜いて遊んでください」というのは「自分は絵師だ」という自負が、あんまり強いと出てこないんじゃないか。「描き終わったら完成した作品」ではなく、最後に完成させるのは、作品を受け取った読者なんだという意識が現れている、という解釈でいいのかな。

『其まゝ地口 猫飼好五三疋』

 『日本橋』が「二本出し」とか『大磯』が「おもいぞ」とか。『東海道五十三次』ではなく『猫飼好五十三疋』という、タイトルからして地口。

『其まゝ地口 猫飼好五三疋』右側

 ダジャレは特に意味が無くて、とにかく色々な猫の有様を描きたいだけ? 『荒井』が、顔を洗ってる猫の絵で「あらい」とか、可愛い仕草をよく思いつくなあ。

『其まゝ地口 猫飼好五三疋』中央

 『宮』が「おや」で、子猫にたかられている親猫の絵とか、『桑名』が「くふな」で、餌皿を前にお預けを食らってふてくされている猫とか。

『其まゝ地口 猫飼好五三疋』左側

 国芳は「絵を描くことを、どれだけ面白がることができるか」ということを、常に考えていたのでしょう。それが見る側を面白がらせることにもなっている。単純ですが、なかなか徹することは難しいものです。


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