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Loser’s Design Log:未完デザインの裏道 Vol.4 「ゆらぐデザイン」から「ゆらぐ」デザインへ。僅かなノイズがもたらすクラフト感と、何かが足りないことで成立する再現性ゼロのデザインとは。


「ゆらぐデザイン」から「ゆらぐ」デザインへ。僅かなノイズがもたらすクラフト感と、何かが足りないことで成立する再現性ゼロのデザインとは。




クライアント担当者との駆け引き

 クライアント担当者との折衝では、選択肢があってはじめて自分の好みが明確になるということが前提で、初期案を出す際の基準となるわけなのですが、目利き且つコダワリの強いクライアント担当者に遭遇した場合は、「質の高い良い仕事にあたった!」と喜び半分、これから心理戦が始まるという開戦前夜といった心境で、なんだか複雑な気持ちになります。特に見積りに対してコストダウンが行われようものなら、少しばかり意気消沈するのも多少は許容してほしいものだと誰に話すでもなく自分に言い聞かせつつ着手することになるわけです。あ、でも決して予算にあわせてデザインの質を変えてるわけではございません。ただ手抜きができない性格だということが(不幸なことでもありますが)功を奏して結果的には信頼を得られるというものです。もちろん有限の時間を犠牲にしてですが。普通のクライアントさん(特にコダワリのない)であれば、7−8割のパフォーマンスで済ませるくせにと罵声を浴びそうではありますが、世の中とはそういうものです。

オリジナルロゴタイプで初期案を埋め尽くす地獄

 VI(ビジュアル・アイデンティティ)などの初期案では、シンボルを伴うロゴマークの方が方向性の異なる案は出しやすく時間もかからない、と言うと意外だと思われる方もいらしゃるかもしれません。ちなみにヨーロッパに拠点を置くファッションのハイブランドにみられるロゴタイプのみの展開というのは、割と誰しもが知る著名なフォントをそのまま使うことで伝統というナラティブを醸しているわけですがそれはそれで敷居が高い。一方それがオリジナルタイプフェイスであれば、特に対コストとクオリティの担保という点で別の意味でハードルが高くなります。日本の実現場で欧文によるタイプフェイスを想定する場合は、多くの場合、著作権の切れたフォント・商用フォントあるいは商用可としたフリーフォントなどをベースにした改変を選択するケースが多いと感じます。(商用可としていても商標不可ということもあるため、改変推奨となっている感じ・欧文ではなく日本語フォントを流用する場合は商用でも権利保有者への事前連絡は必須)
 さてそこで『目利きかつコダワリの強いクライアント担当者』への初期案提示となると、まあ相手にもよりますが、少なくとも私の知るクライアントさんの幾人かはそういうケースであり、さらにその中に「変態」という域に分類されるような高い美意識と知性を持ったラスボスもおり、そのような方からの依頼の場合何が起こるか。もうこれを読まれている方にはおおよそ察しがつくことでしょう。
 そう、初期案のくせに数案すべて完成形に近いオリジナルロゴタイプをつくるという苦行が待ち受けています。
 大抵の場合は、特にコダワリの強い方でもそのコダワリ幅が広く柔軟である場合は、初期案に移る前にあらゆるタイプフェイスの資料を持参してそれを見せながらその場でスケッチしてイメージを絞らせたうえで、初期案の数を減らす戦略を取ることで概ね乗り切れますが、ラスボスとなればそうもいきません。そうやるしかないのです。幸い今のお仕事の体制では私はアートディレクションといった職務がメインで、デザインに関してはプロジェクトスタッフさんがやっていますので、他の方に振ることのできない案件のみに集中できるということもあるので必然的にやる羽目になります。

覚醒の神と「ゆらぐデザイン」

 嘗てのこと。多様なジャンルのブランディングとデザインに実務で触れて、自分の仕事に対して一定の自信がつき、やるべきでは無い仕事を客観的に判断できるようになった頃、「これだけは自分にしかできないこと」ってあるかな、と少し考える時期がありました。こういうことは実務家なら概ね経験されることかと思います。そんな折、あるラスボスクラスのクライアントさんのお仕事を受けたことで、初めてその問いに対して明確な答えが持てたことがありました。

 その最初のきっかけは、グロテスク(サンセーブ)タイプフェイをベースにしたオリジナルのロゴタイプの設計をした際に、当該クライントT氏にいわれた一言でした。

 「綺麗すぎるから、もう少しゆるめてくれる?」

このような美学的かつ抽象的な指示は「どうとらえるかはあなたのセンス次第」といわんばかりであり、このうようなパターンが最も難しい判断を迫られます。この「ゆるめる」の具体的な意味が何なのかは全く指示されません。しばらく考えた末に、私はこのように聞き直しました。

「それって、”ゆらぎ”ってとらえても問題ないですか?」

T氏の反応をみるにつけて、「そうそれが答えだ」と確定するには十分でした。

美学的に美しく完成されたデザインや隙の無いデザインは一般的にどこでも高く評価されていますが、正直、私自身の個人的な完成としてはあまりそういうタイプのものが好きでは無いということはそれより以前から感じていたことでもあります。強いて言うならどちらかというとノイズがあり、
・何かが足りないこと
・未完
・ズレ / 抜け感
・不完全なかっこよさ
・ローファイ
こそが、自分の表現アイデンティだと薄々感じていた矢先のことで、「こういうものを具体的に求める人もいるんだ」と初めて未知のクライアントと接触したまさに「ファーストコンタクト」であり、ラスボスT氏は意図せず私が真に求める姿を仕事を通じて実感させたのでした。ラスボスは実際にはデザイナーを活かし覚醒させる神だったのです。

 「ゆらぎ」の実現は対象によって様々な手法がありますが、例えばストロークの幅に僅かな変化を加えることでも実装できます。「ゆらぎ」は雑であることとは異なります。人は周囲の環境や自然物を幾何学的にとらえていないことと同じで、違和感のないわずかな歪みがより自然な端正さを生みます。ちなみにこのアジャストメントは現在のAIでも実践できません。

手描きタイプフェイスのあざとさと難しさ

 昨今、手描き調()のロゴタイプは欧文でも日本語でも特にリテールブランドの業界では一定数扱われる傾向にあります。もちろん手描き調といっても欧文表記と日本語表記とでは異なりますし、スクリプト体・カリグラフィ・筆記体・毛筆など様々なタイプフェイス表現があります。このタイプフェイスの調子によって牧歌的なイメージにも洗練された雰囲気にもなる、あるいは迫力を醸すこともできます。反面、この「手描き調」なる表現は、使い方によってはあまりにあざとくなりすぎたり、同調の表現スタイルとして埋もれたり、クセが強すぎてブランド自体がビジュアルに引きずられる逆転がおきたりと、甘い取り組み方だといい結果を生まないケースもあります。ただ可愛くみえたり親近感をあたえたりオシャレにみえるように使えることはわかってはいるけれど、そこに物足りなさを感じたりします。それこそ、初期案としてそのような感じのものを持っていけば、「あー、この感じね。これこれ、間違いない」とあまりにあざとすぎるが故にクライアントさんに意味もなくささってしまう危険性大なのであり、何よりもそのせいで後悔してしまいそうな自分がいます。

 ただし一方でこうした手描き表現が今の時代の空気感を反映している、更にいえばフォント『アオハルマーカー』が代弁しているように時代の雰囲気をデザインが率先してつくっていることは紛れも無い事実でありそこは認めざるを得ないと思います。何より私自身、そんな今の若い人のデザイン感性やセンスはほんとうに大好きなのです。

 私個人の取組みとしては「手描きタイプフェイス」の中にも、一見作り込まれていないようにみえる自然な「ゆらぎ」が組み込めるのではないかと、もう10年以上になりますが、欧文筆記を対象に世界中のあらゆる人物の描いた手書きのテキスト・手紙・メモなどの実物や画像を無尽蔵に収集し、その書き癖の特徴を研究しています。その中には無名の人物から著名な人物の筆記痕跡が含まれます。書き癖の発露は個人に由来(姿勢や筆記具の摩耗など)しますが、この個人由来であるからこそ他の誰にもまねのできない自然な風情がそこに輝いていることが感じられ、筆跡を通じて唯一無二の物語性に触れることが可能になります。そうした感覚は、日々が同じで無いようにその日、その時間、その場、その人物のニュアンスを綴ったものとして同じパターンの再現ではない表現が可能だとしたら、この「手描きタイプフェイス」も『単なる「スタイル」に回収されない存在感をもった表現』に昇華できるのではないでしょうか。

 そんな夢をみています。



付録

ロゴタイプのオリジナル設計レシピ(グロテスク・タイプフェイス編)

 特にグロテスク(サンセリブ)タイプフェイスをオリジナルでつくることはさほど難しくはない。もちろんこれはあくまで私のやり方でクリエイターによって考え方は異なる。大学などで教える際には「手描きのスケッチがデフォルト」であるかのようにのたまうクセに、「デジタル環境では特徴のある2-3文字程度のラフがあれば十分」だったりする。デジタル下での制作においてはガイドグリッドは準備した方がベターではあるが、グリッド基準で設計するならグリッドサイズはラフから割り出した方がよかったりする。ちなみに細かすぎてもよくない。あくまでもディテールのつくりと相談しよう。 最初にbaselineとcapline、ascender lineを引きウエイトのバランスの最重要基準となるx-heightの位置を最初に決める。次に骨格となるセンターラインを単線でつくり、そこから肉付けをする。その際ストロークの最大幅と最小幅、角の半径などの基本ポリシーを決めて整合性をとる。この手順ならジオメトリーフレームはもちろん、DINのようなストローク幅の差異が少ない剛のデザイン、Univers のような優美なフレームなど各種タイプフェイスに対応できる。
 ただセリフベースの場合は多少事情が異なる、ここでは詳細は割愛するが、古典(Trajanのような真正ローマン体)なのか新聞なのかモダン・ローマンなのかカッパープレートなのか、制作に取り組む際にはっきりさせておく必要がある。個人的にはステム・アームの比率の確定はもちろんとして、特徴の出易い、セリフ(ブラケット・ヘアライン・スラブ)やテールといったディテールは、基本トラッドベースで考えるべきと考える。伝統的なディテールの美しさを崩すと、とてもなく陳腐で嘘くさいハリボテのようになってしまうからだ。そのうえでオリジナルデザインとしてのポリシーを決めた方がよいだろう。
 ちなみにフォントをつくる際も手順は同じだが、デザインの特徴となる要素を整理してグリフに反映させるポリシーを決めておく必要があるのと各グリフの幅の増減は最初に全て決めてしまっておいて後で調整するようにした方がよいだろう。特にフォントの場合はカーニングの固有値(フォント自体が保有するカーニング値)設定は慎重に検討する必要がある。


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