『歌舞伎とビヨンセ①』ビヨンセのコンサートは現代の歌舞伎なのか?
1.はじめに
歌舞伎を見ていて、あることに気づいた。
役者が空を飛ぶ。
客席の上を移動する。
花道を駆け抜ける。
観客から歓声が上がる。
そして、ふと思った。
「これ、ビヨンセのコンサートと同じでは?」
もちろん、歌舞伎とビヨンセの間に直接的な影響関係があるわけではない。
しかし両者を比べてみると、驚くほど多くの共通点が見えてくる。
それは単なる偶然ではなく、人々を熱狂させるエンターテインメントの本質に関わるものかもしれない。
今回から全5回にわたり、
「歌舞伎・サーカス・ビヨンセ」をつなぐスペクタクル文化史
をテーマに考えてみたい。
第1回となる本記事では、まず歌舞伎とビヨンセのコンサートに見られる共通点を整理してみる。
Beyoncé flies across the stadium to close out her Renaissance World Tour. pic.twitter.com/eE1x7WjZOr
— Pop Base (@PopBase) May 10, 2023
2.歌舞伎は昔から空を飛んでいた
歌舞伎には「宙乗り(ちゅうのり)」という演出がある。
役者がワイヤーやロープで吊られ、舞台上や客席の上空を移動する演出だ。
現在では『義経千本桜』の狐忠信などが有名だが、その起源は江戸時代にまで遡る。
当時は現代のような安全なワイヤーシステムではなく、綱や滑車を用いた危険な仕掛けだった。
それでも人々は熱狂した。
なぜなら、そこには「現実ではあり得ないものを見せる力」があったからだ。
歌舞伎ではこうした派手な仕掛けを「ケレン」と呼ぶ。
ケレンは単なる見世物ではない。
観客を驚かせ、非日常へ連れていくための重要な演出だった。
3.花道は観客との距離を消す装置だった
歌舞伎の特徴として有名なのが花道である。
花道は客席を貫くように設置された通路で、役者はそこを歩きながら登場・退場する。
観客は役者を間近で見ることができる。
つまり、舞台と客席の境界を曖昧にする装置なのだ。
この発想は現代のポップコンサートにも通じる。
ビヨンセのRenaissance World Tourでは、メインステージから客席中央へ向かって巨大なランウェイが伸びていた。
Cowboy Carter Tourでは、さらに大規模なダイヤモンド型ステージへ発展している。
目的は同じだ。
遠い席の観客にも主役を届けること。
劇場全体を一つの舞台に変えること。
歌舞伎の花道も、ビヨンセのランウェイも、観客との距離を縮めるための装置なのである。
4.ケレンとポップコンサート
歌舞伎には宙乗りだけでなく、
・早替わり
・回り舞台
・せり
・立廻り
など、多くのケレン演出が存在する。
一方、ビヨンセのツアーにも、
・飛行馬(Reneigh)
・飛行車
・巨大ロボットアーム
・可動式ステージ
・巨大LEDスクリーン
などの大掛かりな仕掛けが登場する。
どちらも共通しているのは、単に演じるだけではなく「観客を驚かせること」そのものが芸術の一部になっている点だ。
江戸時代の観客も、現代のスタジアムの観客も、本質的には同じ興奮を求めているのかもしれない。
5.Renaissanceと『義経千本桜』
ビヨンセのRenaissance World Tourと歌舞伎を比較するなら、『義経千本桜』は興味深い題材だ。
特に狐忠信の存在である。
狐忠信は人間ではない。
変身し、飛び、観客を幻想世界へ誘う。
Renaissanceにも似た要素がある。
ツアー終盤で登場する銀色の飛行馬「Reneigh」は、未来的で幻想的な世界観の象徴だった。
観客は巨大なクラブ空間から、まるで別世界へ運ばれていく。
狐忠信とReneigh。
一見すると全く違う存在だが、果たしてそうだろうか。
どちらも“人間を超えた存在”として観客の前に現れ、現実の制約から一時的に解放してくれる点で共通している。
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6.Cowboy Carterと時代物
Cowboy Carterは、アメリカ西部の歴史やカントリー音楽の伝統を再解釈した作品である。
特に重要なのは、これまで語られてこなかった黒人カウボーイの歴史を可視化した点だ。
この構造は、歌舞伎の時代物にも通じる。
歌舞伎は歴史上の事件や人物を題材にしながら、その時代の観客に向けて新しい意味を与えてきた。
『忠臣蔵』が単なる復讐劇ではなく名誉回復の物語だったように、Cowboy Carterもまた失われた歴史を取り戻す物語として読むことができる。
さらにツアーでは、
機械牛、
巨大な星型ステージ、
飛行演出、
映像による西部劇的世界観が展開される。
そこには歌舞伎の荒事やケレンに通じる豪快さがある。
7.実はサーカスも歌舞伎に近い
ここで一つ重要なことがある。
ビヨンセが直接影響を受けているのは、
歌舞伎よりも現代サーカスである可能性が高い。
特にシルク・ドゥ・ソレイユのような現代サーカスは、
空中演技、
身体能力、
巨大な舞台装置、
没入型の世界観
を特徴としている。
しかし面白いことに、歌舞伎とサーカスにも多くの共通点がある。
どちらも身体表現を重視し、
どちらも観客を驚かせ、
どちらも総合芸術として発展してきた。
つまり、
歌舞伎
↓
サーカス
↓
現代ポップコンサート
という一本の線で結ぶこともできるのである。
8.おわりに
ビヨンセは歌舞伎を参考にしているわけではない。
しかし、歌舞伎もサーカスもビヨンセも、同じ問いに挑戦している。
どうすれば観客を驚かせられるのか。
どうすれば観客を別世界へ連れていけるのか。
江戸時代の観客が狐忠信の宙乗りに熱狂したように、
現代の観客はReneighに乗るビヨンセに熱狂する。
400年の時代を超えても、人々が求めるスペクタクルの本質は、案外変わっていないのかもしれない。
歌舞伎、サーカス、そして現代のポップコンサート。
一見まったく異なる文化のように見えるが、その根底には「観客を驚かせ、別世界へ誘う」という共通の願いが流れている。
本シリーズでは、こうした視点から歌舞伎・サーカス・ビヨンセを横断しながら、スペクタクル文化の歴史をたどっていきたい。
次回
第2回
『Renaissanceは現代の変化舞踊なのか? ― 『京鹿子娘道成寺』との比較』
歌舞伎舞踊の最高傑作として知られる『京鹿子娘道成寺』とビヨンセの『Renaissance』ツアー。
一見すると遠く離れた二つの作品の間に、どのような共通点があるのだろうか。
次回は「変身」をキーワードに、『Renaissance』を文化史の視点から読み解いてみたい。
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