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勉強が終わらなくて置いていかれた日 🔥3

これは、たった一度の話だ。

それでもこの一度だけの出来事は、
映画のフィルムのように
私の心臓に鮮やかな色のまま、焼き付いている。

────

「5時に買い物に行くからね。
それまでに勉強ができないと、
買い物には連れて行かないよ」


その日も、いつもと同じように、
母から言われた。

私は、ノロノロと机にノートを広げる。

「計算ドリルと、漢字ドリル2ページずつよ。
ドリル2ページじゃなくて、
ノートに2ページだからね。
宿題もやりなさいよ」

ノートに2ページって、何問解くの。

私は息苦しさを感じながら、鉛筆を持つ。
まずは、宿題。
「お母さん、本読みするから聞いて」

「お母さん、忙しいんだから、
こっちに来て勝手に読みなさい」

仕方なくこたつを離れて母のところに行き、
立って教科書を読む。


「あんたねぇ、そんな読み方だと
聞く人が何言ってるか分からないでしょ。
句読点は切らないと」
「はい、もう1回」

また読む。
宿題の5回が終わる。

こたつに戻ろうとすると、母が言った。
「宿題で5回って言われたら、5回しか読まないの?
それじゃダメでしょ、努力しないと」

「えー、何回読むの?」

「あと5回読みなさい。
大した長さでもないんだからすぐ読めるでしょ」

「もっと大きい声で読まないと聞こえないよ」
「はぁい」
渋々、あと5回。

「終わったら、
さっさと自主学習してしまいなさい」

「本読カードここに置くね。書いてね、お母さん」
本読カードを台所の机の上に置く。

やりたくない。
ノートを開く。
面白くない。

いつもの流れだった。

4時50分。

「あんた、まだやってるの。
毎日毎日、ほんといい加減にして」

母が本読カードをこたつの上に置いて
ふぅっとため息をつく。

嫌わないで。

そんな感覚が今日も頭を支配する。


5時になった。

「もう、いい加減にしなさい!!」
そこまでは、いつもと同じ流れだった。
泣きながら勉強をして、
怒られながらも、連れて行ってもらえる。

けれど、その日はなにか違った。

「毎日毎日、あんた何回言っても
全然できないじゃないの!やる気がないんでしょ!」

「そんなことない、やる、やります」
嗚咽を漏らしながら、それだけ言う。

「もうお母さん、知らない!
今日は家にいなさい!」

うそでしょ。
おいて、いかれるの?

呆然とする私の目の前で、母は妹たちに声をかける。
「れいちゃん、ももちゃん、行くよ」

母に手を引かれ、玄関に行く妹たち。
いやだ、置いていかれる。

「いやだ、お母さん、やだ!私も行く!」
必死に玄関に向かうけど、
足がもつれて上手く前に進めない。

「あんたは、今日もう連れていかない。何度言ってもできない子は、もう買い物に行かなくていい」

母は、振り返り、冷たい目で私を見下ろした。
「やだ、行く!行くのおお!」
私は小さな子供のように、
地団駄を踏み、玄関で泣き叫んだ。

「お母さんたちが帰るまでに、
勉強終わらせときなさい。
でないと、もう知らないからね」
母は、冷たい目で私をちらっと見たあと、
扉を開けて家を出ていった。

古いすりガラスの玄関に、母と妹達のカラフルなシルエットが動く。

嘘でしょ、嘘だよね。
「いやぁぁぁあ!」

バン!

音がして、車の扉が閉まる音。
頭のてっぺんから、ざあっと水を浴びせられたような感覚が走った。

すりガラスの向こうの白いシルエットが、左に向けてゆっくりと動き始める。

「いやだぁぁぁあ!!!」

靴も履かず、裸足で飛び出す。

置いていかないで!

「待ってーーー!」
裸足のまま、車を追いかけた。

3人を乗せた白い軽自動車は、
そのまま止まることなく走り去った。

置いて……行かれた。



私はそのまま、がくっとアスファルトの上に四つんばいになった。
涙が落ちたところだけ、アスファルトの黒い粒が少し濃くなる。
数秒、私はそこで、そうしていた。

けれど、数秒後ふと我に返った。

「このままここにいたら、
近所の人に見られるかもしれない」

そう思った瞬間に、涙が引っ込んだ。
そして、数秒前の衝撃も、急に静かになった。

私は黙って立ち上がった。

そしてヨタヨタした足取りで家に戻った。
家に戻って玄関の扉を閉める。

そのままの足で、こたつに戻った。

机の上には、やりかけのノートとドリル。
消しゴムのカス。

パタン、と私は座り込んだ。

さっきまでみんないたのに、誰もいない。
……ひとりぼっち。

その言葉が頭に浮かんだ瞬間、
さっきまで静かになっていたはずの衝撃と涙が
一気に私の心に引き返し、押し寄せた。

「うわぁぁぁん、うわぁぁあん」
誰にも見られない場所で、
私は大声で泣き続けた。

たった一度の出来事。

でも、確かに置いていかれた日だった。

──────────
🫧この形の私

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この出来事を、別の視点で読む

あのときの私は、ただわがままだったのか。
▷   なぜ私は勉強しなかったのか(考察・有料)
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