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おくり人〜栞〜|綴9 『 飲めなかった珈琲 』

※本作品には、葬儀に関する描写が
  含まれています。
  ご遺体、告別式、供花など、
  死に関連する場面が登場します。

※本作品は創作です。
   登場する人物、団体、施設、企業は
   すべて架空のものであり、
   実在する人物、 団体、施設、企業とは
   一切関係ありません。

※本作品は、 
   毎週 火・木・土 更新予定です。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おくり人 〜栞〜
綴9 『 飲めなかった珈琲 』

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

事務所の扉を開くと…
モウモウと立ち込めた煙が、栞に向かって
押し寄せた。

「ゲホッ。ゴホッ!」

堪らず口を押さえて、煙を払うように
手をパタパタする。

「お〜お帰り、お嬢ちゃん」

長い金髪を後ろで束ねた女性…夏帆と、
山本が室内で煙草を吹かしていた。

「せめて窓かドア開けて吸って下さい!」

「え〜、だって暑いだろ。
 俺、頑張って水替えしたんだぞ」

「知るかぁーー!」

館長や吉村との一件で発生したモヤモヤも
吹き飛ばすように、栞は声を張り上げた。

ふーーっと、
煙を吐いたあと夏帆が喋る。

「館長に拉致られたって?」

ニャニャするその表情は、
栞の返答を楽しみにしてるように見えた。

「ちょっと聞いて下さいよ!夏帆さん!
 私、花屋なのに…
 お迎えに同行させられたんですよ!
 それに、準備も覚えさせられて」

栞は出来事を夏帆に話した。

爆笑する山本に、近くの本を投げつる栞。

夏帆は、栞の話を聞きながら…
「ふ〜ん」
「へ〜」
「はぁ」
っと言いながら、その都度“ぷはぁ〜“っと
白い煙を吐いた。

一通り話終えた栞は、夏帆に尋ねる。

「どう思います?」

「どうって?」

「だって、私達の仕事じゃないんですよ?」

「ふ〜ん」

「“ふ〜ん“じゃなくて!
 こんなの、なんか間違ってません?」

「そうかな?」

夏帆は再び、
“ぷはぁ〜“っと煙を吐いた。

「そうです!
 間違ってると思います!!」

ぷくぅ〜っと栞の頬が膨らむ。

「まぁ…お嬢ちゃんだしね」

そう言って夏帆は“はははは〜“っと笑った。

夏帆の言動が全く理解出来ない栞は、
胸のモヤモヤが、メラメラと首から頭へ
立ち昇る感覚に変わるのを感じた。

「なんなーー」

プルルルーー。

プルルルーー。

言葉が出かかった栞を止めたのは、
外線を知らせる着信音。

ガチャ。

「はい。
 あ〜お疲れ様です。
 ははは〜。
 構わないですよ。
 ええ。
 はい」

受話器で話す夏帆の視線が栞へ移る。

「お嬢ちゃん。ご指名だよ」

夏帆から受話器を受け取り、
耳に当てると、甲高い声が聞こえた。

「栞ちゃ〜ん。
 さっきのお迎えに行った分な、
 明日のお通夜なんやけど、
 今日納棺して式場へ移動するから
 飾りよろしくね〜。プランはCやから。
 あぁーあと、納棺17時。
 じゃぁ、またね〜」

ガチャ。

館長は一方的に話して…切った。

「プランは?」

「Cです。
 通夜は明日だけど、今日納棺するから
 17時までに飾ってくれと…」

チラっと時計を見ると…15時。

外に追い出されてた山本の姿が、
ドアのすりガラスの向こうで影が見える。

「お〜い!ちんねん。
 発注来たら、看板刷って〜。
 あと、供花の枠だけ3対挿しといて」

「夏帆さん、私は何をしましょう?」

「あぁ。
 お嬢ちゃんは、プランCを仕上げて
 飾っといて。ウチ帰るから」

「はぁーー?」

「今日で閉店する珈琲店があるんだよ。
 もう一回行っとかないとね。
 ん?お嬢ちゃんも行きたい?」

「そんな話じゃなくて!
 夏帆さんは仕事しないんですか?」

「お嬢ちゃん出来そうだからね
 ウチは帰るよ」

いつの間にか…
栞はギュッと拳を握り締めていた。
その拳は、小刻みに震えている。

“ふ〜〜〜“っと吐かれた白煙が、天井へ
広がるのを眺めて、夏帆は部屋から出て
いった。

「何なの!!」

誰も居ない部屋で、思わず栞は叫ぶ。

「おーい。しおちゃん。
 供花の枠出来たから置いとくよ。
 あと、看板刷ったら帰るから」

「はーーー???」

「だって、定時5時だもん」

「ちょ……私だって、定時5時だよ?
 なんで、私だけ残業しなきゃならないの?」

「だって、会館で遊んでたろ?
 俺、水替えしたりしてたし」

思わず机を叩きそうになる衝動を、
なんとか押さえる栞。

「山ちゃんも、夏帆さんもなんなの?
 真面目に仕事しないで……
 仕事が入ったら、私に押し付けて!」

「だってー、館長のご指名だしね」

そう言って山本は事務所を出て、自販機へ
向かう。


結局、山本は帰った。

「べーさんから呼び出された」

そう言ってたけど、
二人してパチンコに入り浸るつもりだ。

べーさんへ連絡したけど…
発信音が続くだけだった。

「はぁ〜〜〜〜」

誰も居ない作業場に、深い溜息が響く。

「はぁ〜〜〜〜」

パキッ。

パキッ。

チョキン。チョキン。

パキッ。

再度、深い溜息が響いたあと、花の茎を
折る音と、ハサミの音だけが続いた。

花を生ける。
車へ積む。

花を生ける。
車へ積む。

気付けば時計の針は、16時半を差している。

「行かなきゃ…」

山本が刷った看板の用紙を一枚めくり、
文字の間違えがないか確認する。

「もぉーーー!
 山本ちゃん、日付間違ってる!!」

ドン!

思わずテーブルへ看板用紙を持ったまま
手を叩きつけた。


ー16:40ー


会館へ到着した栞は、
急いで台車を準備して花を運ぶ。

ガラガラ…ガラガラ…。

車輪の音が響く。

式場は照明が付けられていて、
祭壇へ果物を供える吉村の姿があった。

「おー。しおちゃん。
 もうすぐ納棺だよ。
 移動してくるのは、18時になると思う」

「うん。分かった!」

「しおちゃん、怒ってる?」

「はい!怒ってます!!
 だって皆、
 私に押し付けて帰ったんですよ!」

「そりゃ〜ムカつくよね」

吉村は“ハハハ…“っと笑いながら式場を出る。

再び一人になった栞は、台車に乗った装花を
祭壇へ配置していく。

車へ戻る。
装花を台車へ乗せる。
式場で、祭壇に装花を配置する。
車へ戻る………。

何度も、その動きを繰り返し、
装飾が完成した。

ギィ〜〜。

式場の扉が開き、館長が入って来た。

「おおー、やっとるなぁ〜」

そう言って、祭壇の前まで来て
まじまじと花を眺める。

「これ、挿し直しておいて。
 移動まで時間あるから行けるやろ?」

栞の目は、大きくまん丸く開かれた。

「えっ?」

「頼むなぁ〜
 ほな、納棺いってくるわぁ」

「えっ?」

戸惑う栞を置いて、館長は式場を出ていく。
暫く、呆然と立ち尽くす……
ふっと時計を見ると、
移動予定まで30分を切っていた。

(えっ?えっ?どうしよう?)

設置した花を近くで見ても、離れて見ても、
栞には、何処をどう直せば良いのか
分からない。

今からべーさんや夏帆さんを呼んでも、
到着する頃には移動は済んでいる。
そもそも、電話に出てくれるかも怪しい。

(どうしよう?どうしよう?)

足元だけが浮くのを感じるのに…
頭だけが重く感じる。


あれこれ悩んでいるうちに、時間だけ過ぎ…

ギィィ……。

式場の扉が開く。

棺の乗った台車を押す館長と吉村の姿が
現れた。

頭の中が真っ白だった。
僅かに唇が震え、
背中には冷たい汗を感じる。

「どうしたん?」

吉村が不思議そうに栞に声を掛けた。
棺の台車を停め、館長が栞の元へ近づく。

(怒られる…)

栞は俯いた。
何を言われるか分からないけど…
どうしようもなかった。

しかし、そんな栞の横を通り抜けて、
館長は祭壇前へ歩き続ける。

栞が設置した装花を少し斜めにズラしたり、
置き場所を変えたりした。

「でけた。
 ヨッシー、ご当家さん呼んできて。
 栞ちゃん、ご当家さん来るから、
 台車片付けて帰り〜」

再び、呆然と立ち尽くす栞の後ろで、
ガヤガヤと人の気配がする。

「まぁ、綺麗。
 とても立派な祭壇になりましたね」

そう言って、式場へ入ってきたのは…
病院で見かけた老女だった。

「ええ感じでっしゃろ?」

「はい。とても立派です」

館長と老女のやり取りを、呆然としたまま
眺めていた栞の背中を…
ツンツンっと吉村がつついた。

「早く、台車下げて帰りなよ」


会館の裏口で、台車を片付ける栞。

館長に言われたこと…
館長の行動…
老女の言葉…表情……

何もかもが噛み合わないし、理解できない。

車のキーを回す。
アクセルを踏む足に……
感覚がないような気がした。


事務所に戻ると灯りがついてた。

(そっか…私一人だし……
 出る時、消さなかったし…)

車を停めて、事務所の扉を開けた。

「ゲホッ、ゲホッ!」

モウモウと煙が、栞の鼻を付く。

「お疲れ様ーぃ。
 お嬢ちゃん、上手くいけたかい?」

ぷは〜っと煙草を吸う夏帆が、
椅子に腰掛けてた。

「帰ったんじゃ…」

「お土産持ってきたんだよ」

そう言って、夏帆は珈琲の入ったカップを
差し出した。

「これブラックですか?
 私、砂糖とミルク入れないと飲めません」

「まぁまぁ。
 そう言わずに、飲んでみ」

「……」

手にした珈琲は、温かかった。

「…ぶっ!にっっが!!」

少し口に含んだ珈琲を吐き出す。
栞の、その姿を見て…ケラケラ笑う夏帆。

「なんなんですか!!」

「まぁ、怒るなよ。
 何があったか言ってみ」

夏帆の、その言葉は…
いつもより静かで、温かみを帯びていた。

栞は、飾りでの出来事を話した。
夏帆は、珍しく…煙草を吸わずに、
栞の話を頷きながら聞いてくれた。

一通り話終えた栞は、夏帆へ尋ねた。

「どう思います?
 私には館長の意図が全く分かりません」

「そうだね〜。
 まぁ、お嬢ちゃんは、
 その珈琲飲めないもんね」

「夏帆さん!!
 真面目に聞いてました?」

「なぁ…お嬢ちゃん。
 その珈琲って、どんな味がした?」

「もう!夏帆さん!!」

「真面目だよ?」

真顔になった夏帆の表情は…
言いようのない…
ビクッとするものを感じさせる。

それでも、栞は声を振り絞って訴えた。

「……そ…それって、
 な…何か意味があるんですか?」

「それは、お嬢ちゃんが後から考えな」

スッ…っと席を立つ夏帆は、
ポケットから煙草を取り出して火を付けた。

「なぁ…お嬢ちゃん。
 珈琲さ、飲めるようになったら
 今日の話、また聞かせてな」

そう言って夏帆は、事務所から出ていく。

今日、何度目かの…状態。
栞は夏帆が出ていった扉を呆然と眺めた。

「……の…よ………。」

珈琲カップを握る手に力が入る。
中から溢れだす。

「何なのよ!!皆して!!!」

灰皿から、薄っすらと立ち昇る煙…
灰に混じった火種が…ゆっくり消えた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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