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おくり人〜栞〜|綴21 『 必要な音だけ、残して… 』

※本作品には、葬儀に関する描写が
  含まれています。
  ご遺体、告別式、供花など、
  死に関連する場面が登場します。

※本作品は創作です。
  登場する人物、団体、施設、企業は
  すべて架空のものであり、
  実在する人物、 団体、施設、企業とは
  一切関係ありません。

※本作品は、
  毎週 火・木・土 更新予定です。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おくり人 〜栞〜
綴21『 必要な音だけ、残して… 』

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

数週間ぶりに訪れた会館は、
驚くほど静かだった。

通夜もないし、葬儀もない。
今のところ、お迎えの予定も入っていない。

事務所の壁掛け時計の音だけが、
やけに大きく聞こえる。

カチッ。

カチッ。

カチッ。

「平和だぁ〜……」

栞は、ソファへ身体を預けながら大きく
伸びをした。

向かい側では、黒丸縁の眼鏡を掛けた女性が
湯呑みにお茶を注いでいる。

会館のコンパニオンリーダー、吉村純子。
栞より五歳年上の、華奢な女性だった。

「はい、しおちゃん。お茶だよ〜」

「ありがとうございます〜」

栞は湯呑みを受け取る。
すると吉村がクスッと笑った。

「しおちゃんさぁ、この前大変だったねぇ」

「聞いて下さいよ〜」

「なになに〜?」

「部長に、とんでもないセクハラされたん
 ですよ!!」

「マジでぇ!」

そう言って、吉村は膝を叩いて笑う。

「笑い事じゃないですよ!」

栞は机へ両手を叩きつけた。

「しかも、そのあとノブさんにめちゃくちゃ
 絞られましたし!」

「あ〜、ノブさん怒ってたね……」

「怖かったですよぉ〜」

栞は、少しだけ声色を真似した。

「『お前、状況わかってんの?』…って」

「ははははっ」

吉村が笑う。

「そのあと、べーさんと山ちゃんにも
 言われたんですよ!」

「なんて?」

「『お前だけ、部長に引っ付いて
 サボってただろ』って」

「あはははっ!」

吉村は、思わずお茶を吹き出しそうに
なった。

「もう、本当に酷いんですから!」

「まぁまぁ」

「しかも夏帆さんも、全然受付手伝って
 くれなかったし…」

「いやいや」

吉村が苦笑いした。

「夏帆さん、着付け手伝ってたじゃん」

「え?……そうだったんですか?」

「しかも、めちゃくちゃ評判良かったん
 だよ?」

「え?
 夏帆さん、着付けの経験……
 あるんですかね?」

「分からないけどさ。
 親族の人達が、『凄く楽だった』って
 褒めてた」

栞は、少しだけ口を尖らせる。

「なんでも出来るんですね…あの人」

「なんでも…っていうか、
 なんなんだろうね」

「ほんとですよ」

その時、事務所の扉が開く。

ガチャ。バタン。

「ただいま戻りました」

黒いスーツ姿で黒縁眼鏡の男性。
営業帰りの黒澤信孝だった。

「お疲れ様でーす」
「お疲れ様です〜」

二人が挨拶をすると、信孝の視線がピタッと
止まる。

「おい、カス花屋!
 ここで油売ってねぇで仕事しろや。
 礼儀作法、姉サンから学べ」

背中がゾクッとする鋭い眼光と、身体が震え
そうになる声の強さを栞は感じた。

「丸メガネ!
 おめぇも、ダベってないで会館の
 掃除しろや!」

「掃除は一通り済んでます。
 今は、その区切りで休憩してます!」

「ほなら、なんで手すりに埃ついてんねん!」

そう言って、信孝は自分の人差し指を吉村の
眼前に突き出す。

人差し指は、確かに埃で黒くなってる。

「それって、ノブさんが会館以外で
 触れたときの汚れじゃないんですか?」

吉村の言葉に、信孝の眼光が一層鋭くなる。

バンッ!

手にしていた鞄を机の上に投げる信孝。
その拍子に、書類や冊子が鞄から机に
散らばる。

「ほなら、付いて来い!」

そう言って、信孝に連れられて吉村は事務所
から出て行った。

机の陰に隠れて見えないが、栞の膝は
震えていた。

(こっっっっわ!)

この隙に、事務所から脱出すると決める。
そ〜っと出口の扉に視線を移した時…。

先程、信孝が投げた机の上に散らばった、
パンフレットが視界に入る。

『新都市プロジェクト』

『風音テラス』

そして、一冊の経済誌。

表紙には、大きく中井美樹の姿が
載っていた。

見出しには…。

『継承から創造へ──
 中井グループが仕掛ける未来都市』

「……」

バタン!

「あっ!」

栞は脱出の機会を逃した事に後悔した。
信孝と吉村が事務所に戻って来たからだ。

「だから!あれは、非常口の手すりで!」

「うっせぇー!客も非常口、使う可能性も
 あるじゃろーが!!」

2人は口論を続けている。
栞の存在に気付いてないようだ。
口論はこの後、10分間続いた。

いつの間にか、2人の論点は設備機器の
不具合に移っていた。

「オメェーが気づけねぇから、 
 俺が修理依頼したんじゃボケ!」

「設備機器のメンテナンスは、コンパニオン
 の仕事じゃありません!!」

「客に最良の環境提供も仕事じゃろーが。 
 自分の担当外って切り分けて、責任範囲
 だけで仕事すんなや!」

罵声と怒声が入り混じる空間……。
栞は、ただ震えて存在を消すことに
終始した。

微かな物音…自分の呼吸や、鼓動さえ、
信孝の怒の矛先になりかねない…
そう感じる。

コン。コン。コン。

事務所の扉が叩かれる。

「どうぞー」

少し、呆れたようなトーンで吉村が言う。

ガチャ。

「お世話になります。 
 白石音響設備の白石です。 
 本日、ご依頼いただきましたので 
 伺いました」

扉から入ってきたのは、黒髪に所々白い
メッシュが入っていて、シルバーの細い
イヤーカフに白いシャツ。
黒いロングスカートの女性だった。

「……」

沈黙が流れる。

栞には、その時間が数分…
いや、数十分以上に感じられた。

何故なら、視線が交わる信孝と今しがた
入って来た音響業者の女性の間に……
言いようのないピリピリした空気を感じる。

「あっ、白石音響設備さんですね。
 館長から伺っております。
 こちらへどうぞ、ご案内しますね」

沈黙を破ったのは、吉村だった。

白石は、信孝へ軽くお辞儀をする。
信孝も軽くお辞儀を返した。

栞には、そのよく見る光景に、
凄まじい違和感を覚える。

「おい、花屋。
 いつまで、ここに居るつもりなん?」

(あっ、!)

吉村と白石の背中を見送ってる場合では
無かった。

その事に気付いた栞は、そそくさと吉村達の
背中を追いかける。

何故、吉村達を追いかけたのかは知らない。
だけど…彼女達に付いていれば安全な
気がした。


吉村に案内されて、三人は式場へ入った。
白石は、持ってきた小さな鞄を床へ置く。

すると、迷いなく音響ラックの前へしゃがみ
込んだ。

カチッ。

カチッ。

マイクの電源を入れる。

「マイクテストです」

スピーカーから、自身の声が響いた。
次に、CDデッキへ手を伸ばす。

ピッ。

静かなピアノ曲が流れ始めた。

「あっ、この曲好きです」

栞が思わず口にする。

「そうなんですね」

白石は、穏やかに返した。
そして、曲が終わる前に停止ボタンを押す。

ピッ。

静寂が戻った。

今度は、スピーカーの裏側を確認する。
コードを少し動かして、接続部を
確認しているようだ。

「ここかな…」

そう呟くと、再び立ち上がった。
そして…。
何もしない。

「……」

「……」

「……」

式場には、誰も居ないような静寂さ。
時計の音だけが微かに聞こえる。

カチッ。

カチッ。

カチッ。

栞は、ぼんやりと白石を眺めた。

(……何してるんだろ)

五秒。

十秒。

三十秒。

一分。

何も起きない。

栞は、大きく口を開けた。

「ふぁ〜……」

すると、白石が人差し指を口元へ
持っていった。

「しっ!音が途切れる!」

「えっ!?」

栞は慌てて口を押さえる。

白石は、少しだけ微笑んだ。

「今、止まっちゃいました」

栞は、辺りを見回した。
でも、何も分からない。

「何がですか?」

「流れです」

「流れ?」

白石は、小さく頷く。

「この空間…少し急いでますね」

「えっ?」

「誰も急いでないんですけどね」

そう言って、天井を見上げる。

エアコンの音。

遠くの冷蔵庫の駆動音。

外を走る車。

蛍光灯の微かな振動音。

「人って、静かだと落ち着くって
 思われがちなんですけど…」

白石は、ゆっくりと話す。

「実は、そうでもないんです」

「え?」

「音が無いと、不安になる人もいるんです
 でも、音が多すぎると…急ぐんです」

「急ぐ?」

「はい」

白石は、小さく頷いた。

「だから私は、音を足さないんです。
 減らします。
 必要な音だけが残るように…」

栞は、ぼんやりと式場を見回した。
何も変わっていない。

でも…。

何故か、さっきより少しだけ落ち着く
気がした。

(なんだろ……)

白石は再び音響ラックの前へしゃがみ
込んだ。

栞は、隣立つ吉村の手をそっと握った。
吉村は不思議そうに栞を見る。

(私のまわりって……、
 変な人ばっかり集まる)

胸に広がるモヤモヤを…
手を握っている"普通の人"の体温だけが、
栞を、まだ正常な人にしている気がした…。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

🔽次の話〜綴22〜

🔽前回の話


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