興味本位で(笑)盛り上がるイマドキの企業のOB会を覗いてみませんか… その9 大盛りあがりの鰻屋 当たり前過ぎて意識しなくなっていること
飲む・打つ・買う…
が揃った川崎。川向うの宿場の成れの果ての鰻屋で…
大の大人、シニアが大いに盛り上がる…
…
人間60年以上してるんでOB会の道すがら、色々な場所に思いや思い出がいっぱい…
半島のローカル駅前から楽しみ尽くす…
こんな事まで考えて電車に乗ってるの
と驚くかと思いますが、マジ(笑)そうなんです。
だから楽しくて仕方ない…
その辺の経緯は文末に…
その前座の話の後の本題。
キャラが立つ7人の会話が始まりました。
先ずは近況の交換。先ずは幹事が各自の近況をさり気なく質問。特に矢張りOB会らしく元籍の会社の近況を現役の若手に。その若手も子会社に移籍して最早本体に残っている人は無い状況。高齢化が進み(笑)駅前ホテルの中華屋さんで飲み放題と云う趣向から鰻屋さんで美味しい和食を頂くと云う趣向に今年から変わったのもそれが主因(笑)。
ガンガン飲む時代の終焉…
お料理もスタート…
ランチなので至って簡素なお料理の品目ですが…
私より年配の面々はこれで充分と云う

お味は流石老舗

この茶碗蒸しと同様に品良くスタートしかけましたが… お酒が来ると…
いきなりステキ(素敵)に
ガンガン飲む時代の終焉を謳(うた)った筈なのに… スローな飲みっぷりでもそれと同等のテンション… 何だ、単に高齢化でお酒に弱くなっただけじゃん(笑) その余った予算で少し美味いもん食おうと云う趣向なのね…
と直ぐに腑に落ちた私。
年上の方が自分の場合の転籍に伴う給与の激減を若手に披露し自虐ネタを振るも、透かさす関西弁の幹事がチャチャを… でも手取りでは変わらないと…
役員以外の従業員は40代後半から徐々に、一旦退職金と早期退職上増し金を貰って子会社に移籍。当たり前過ぎて意識しなくなって居ますが、退職金は税法上の優遇措置が有り、その後給与は激減しますが、当然累進課税なので手取りベースでは額面程は下がらず実質的にはリタイアまでの手取り収入はそこまで変わらないと云う制度。これを年下の幹事が面白可笑しく説明。
自虐ネタが藪蛇になる始末。
現役なら少し憚れる展開ですが、そこはOB会のフラットさ… 皆さん解脱(げだつ)されているので笑いに変換…
(この辺の微妙な機微を楽しんで頂きたく)

現役から会社の近況が…
私たちが電子部品の研究開発をした拠点は1つの島が原料受入から出荷まで直線的なレイアウトで設計された合理的な銑鋼一貫工場と隣接。その島へは海底トンネル経由で行くのですが、その中央事務所までは構内バスで30分弱。広大な敷地で、バブル期にはその土地の評価額が高騰して凄いことになったのは懐かしい思い出。
その銑鋼一貫工場も最早その役割を終え、高炉が廃止されデーターセンターになる話題で盛り上がる… と云うのも国内最大の二酸化炭素排出源たる高炉。


高炉の展開については諸諸ありますが…



京浜扇島地区の再開発についても色々な取り組みが始まって居ます。


この辺を
与太話として会話を楽しむ時間が流れました。
ちと差し障り有る内容もアリの盛り上がり(笑)
個室確保なので多少際止めの憶測を楽しむ… 長屋の井戸端会議レベル(笑)
言い換えれば大人のお作法なので機密情報には触れない寸止めを敢えて楽しむ…
欧州の研究所から企業内の研究所へ移り製銑を世界最高水準で極めた方の…

軽い(この辺の手加減も心地良い(笑))蘊蓄(うんちく)も楽しみつつ…

玉石混交の会話の連続…
この感じもOB会を覗き見の醍醐味と遊んで頂ければと…
ひとしきり盛り上がるっての追い打ちネタは…
諸氏の消息…
人事ネタは蜜の味…
でも此方も現役ではないので大人のお作法でのイジり…
現役時代、最後に会ってからその後どの部署に行ったとか、今はどうしてるとか…
バブル期以降の失われた30年


の多くをを企業のインサイダーとして生き延びたネタは、正に止まらない感じの盛り上がり。一時帰休制度で耐えたりした稀有の経験…

は紫玉のイジりネタの1つ。
出席者の半数はこのOB会の根となる電子部品事業から次期主力事業だった電子デバイス部門に移籍してこの一時帰休対象外だったので、互いに思い出話か…
その中で私がキワモノと恐れられた電子デバイス部門に相思相愛で異動したネタに…
変わってたとイジりのターゲットにされました(笑)
まぁ、自他ともに認める変人なので…
大学で表面物理学を専攻したので、研究室の仲間には日立、東芝からソニー、キヤノンまで電機会社に就職した人が多かったのですが… 私は敢えて鉄鋼会社を選んだ… でも結局は電機関係に… と云う
運命の流れを面白がって身を任せた…
忘れていた感覚が蘇った瞬間でした。
これもまたOB会の醍醐味。物忘れの激しい私のDRAM頭のリフレッシュ動作みたいな物(笑)

そしてメインのお料理と共にAI話に…
つづく
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経緯
1980年代半ば。新入社員として入社した鉄鋼会社。大学での研究分野を順当に引き継いで最大の研究部門、鉄鋼研究所の物理解析の部門へ配属。
同じフロアに偶々勤務していた吾妹を拝み倒して結婚して頂きました。大学生時代の教訓を活かしての
何に対しても自分の人生は自分で決めるスタンス
フロアに夫婦を配置しないと云うお作法は珍しく、私が職場を変わり、新材料事業部と云う名の新規事業担当部門の予算で生きる人間に。そこで最先端電子部品の開発を。
その辺りは以下のその1でも楽しめます。
新規事業企画の面白さを知ったこの経験。鉄鋼分野の神髄の分野、世界最大の海外研究機関での研究開発経験者、国営通信会社からヘッドハンティングされた企画マネージメントのプロなどなど物凄い経歴の持ち主ばかり。精鋭部隊に新入社員の3年間の育成指導開けの私が入った感じでした。ですからそこでのチャレンジングな日々は忘れられません。覗くのは…そんな同じ釜の飯を食った兵(つわもの)の集うOB会。
昭和の香りプンプンのお作法でお食事会の内容と日程が決まりました。
当日。久しぶりの大好きな鉄道での移動の為に吾妹のお出掛けに便乗してスクーターでの少し遠いローカル駅へのツーリングを楽しむ… その間にその駅の歴史や付近の八幡様等に思いを馳せて知的欲求も満たす…
吾妹を見送って、駅までの散策でも歴史と今の人々の暮らしを楽しむ…
私の別荘のある半島は明治時代は船舶や例えば富岡製糸場を作る資材を造るなと日本の近代化の礎を築いた地域。80年余り前は半島全体が軍事施設。鉄道も国鉄と標準軌の私鉄が有り近現代史に彩りを与えています。
まぁ、大人のお作法として以下の知識を踏まえての鉄道旅。
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三浦半島と千葉の標準軌私鉄と旧日本軍の発展との関係
三浦半島と千葉に存在する標準軌の私鉄は、単なる地方交通機関というだけでなく、その成立と発展の過程において、旧日本軍の軍事戦略と深く結びついていました。標準軌の採用は、将来的な軍事輸送への対応を視野に入れたものであり、具体的な軍事施設へのアクセスを担う重要な役割を果たしました。戦後、これらの鉄道は平和利用に転換され、地域住民の生活を支える重要なインフラとなっていますが、その歴史の背景には、かつての軍事大国の姿が色濃く反映されていると言えるでしょう。これは、インフラ整備が単なる経済活動に留まらず、国家戦略と密接に連携していることを示す、興味深い事例であると言えます。
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今はJR東日本と分割民営化されたJNR(Japan National Railways 日本国有鉄道)もまた、この半島の近現代史には大きく関わって居ます。
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横須賀線横須賀駅の特徴と三浦半島国防の歴史的重要性
横須賀線横須賀駅の機能的な設計は、単なる旅客駅というよりも、軍港横須賀を支えるための軍事輸送拠点としての役割を色濃く反映しています。そして、三浦半島は、江戸時代の開国期における外国船来航への防衛意識の高まりから、明治以降の近代国家建設における海軍の拠点化、そして大規模な東京湾要塞の構築に至るまで、日本の国防上、常に極めて重要な位置を占めてきました。三浦半島全体が「軍事要塞」と表現される時期があったことは、その地理的特性と日本の近代化における軍事戦略が一体となっていたことを如実に示しており、日本の近代史を理解する上で不可欠な要素であると言えます。
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と、まぁ鉄道と云う切り口だけでも興味深いんですが、中々険しい地形的なと特徴を持つ半島の別荘生活で日常的に利用する鉄道トンネル/道路の隧道についても深掘りしてみました。
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三浦半島の鉄道と道路のトンネル/隧道の歴史:難所克服と国防・地域発展の軌跡
三浦半島の鉄道と道路のトンネル・隧道は、単なる地理的障壁の克服の歴史にとどまりません。その始まりは、近代日本の国防上の要請、特に横須賀軍港への迅速なアクセス確保という、国家的な重要課題と密接に結びついていました。横須賀線のトンネル群、特に田浦駅周辺の連続するトンネルは、その象徴と言えるでしょう。さらに、東京湾要塞の構築期には、文字通り半島全体が「地下の要塞」と化すほどの軍事関連トンネルが掘り進められ、その秘匿された歴史は現代にも影響を与えています。そして戦後は、これらのインフラが平和的な経済発展と住民生活の利便性向上へと転換し、三浦半島の豊かな自然と歴史的魅力を享受するための重要な要素となっています。三浦半島のトンネルは、日本の近代化と軍事史、そして平和な現代へと続く地域の歩みを、今も静かに見守り続けているのです。
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都区内で育った身としては、そもそも関東平野とは異なる地形的特徴を持つ半島の地学的な歴史にまで興味は及びます。
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三浦半島の地学的地形的特徴:地球創生から現代に至る変動の歴史 〜変動する大地が育んだ独自の地形
三浦半島の地学的地形的特徴は、地球創生期からのプレートテクトニクスという壮大なプロセスの結果として理解できます。特に、新生代における伊豆弧の衝突と海成層の堆積、そして第四紀における急激な隆起と浸食作用が、現在の複雑で変化に富んだ地形を形成しました。
* 東京湾の「喉元」としての地形: 複雑に入り組んだ海岸線と、東京湾に突き出す地形は、かつての国防上の重要性と深く結びついています。これは、地質学的な隆起と浸食が、戦略的な地形を生み出した例と言えます。
* 変動帯に位置する日本の縮図: 三浦半島の地質と地形は、日本列島全体がプレートの境界に位置する変動帯であることの典型的な例です。現在も隆起が進行しており、地震活動のリスクも抱える「生きている大地」であることを示しています。
* 学術研究の宝庫: その複雑な地質構造と活発な地殻変動の痕跡は、地球科学の研究対象としても極めて重要であり、多くの研究者が三浦半島の地質を調査し、地球の歴史解明に貢献しています。
このように、三浦半島の地形は、気の遠くなるような地球史の積み重ねと、現在も続く地殻変動によって形成された、まさに「変動する大地の縮図」と言えるでしょう。
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間口を少し広げて全般的な地域の歴史も概観してみました。
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三浦半島の歴史と国防:東京湾の「喉元」としての戦略的重要性の変遷 〜国防史を語る「生きた博物館」
三浦半島は、古くは武士団の拠点、江戸時代には鎖国下の対外警戒の最前線、そして明治以降は近代日本の海軍の中枢と東京湾要塞の中核を担い、「軍都」としてその姿を変えてきました。戦後も、米軍基地という形で国防上の重要な役割を継続しています。
この地の歴史は、まさに日本の国防史そのものであると言えます。ペリー来航の地、海軍の礎、そして太平洋戦争の記憶、さらには戦後の国際関係まで、三浦半島を歩くことで、日本の国防がどのように変化し、今日の姿に至ったのかを肌で感じることができます。三浦半島に残る歴史的建造物や遺構は、過去の国防の営みを伝える「生きた博物館」として、私たちに多くの示唆を与えてくれるでしょう。
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実に面白い。それらを踏まえて最後に平和な半島の今を概観。
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現在の三浦半島:国防の歴史を超えた平和的魅力の多層性
三浦半島は、かつての国防という重い歴史を背負いながらも、現代においてはその歴史遺産を平和的に継承し、豊かな自然環境、多様な文化、そして地域住民による温かいコミュニティを育む地域へと変貌を遂げています。戦争の記憶を語り継ぎつつも、海と緑に囲まれた穏やかな暮らし、そして人々が安心して暮らせる社会を築こうとする姿勢こそが、三浦半島が現在持つ最も大きな「平和的な魅力」であると言えるでしょう。これは、単なるレジャーの場としてだけでなく、持続可能な社会のあり方や、歴史と向き合い未来を築くことの重要性を私たちに示唆しているのです。
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とまぁ、これぐらいの事は頭に入れてのプチ鉄道旅。
吾妹への新鮮野菜や未来のレモンサワー等お土産満載のバックパックを背負って改札を抜けると…
標準軌の美しい線路。しかもアンバランスなホームの構造に驚きました。
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京急富岡駅のプラットフォームの特異な構成
京急富岡駅が下りは単線、上りは複線のプラットフォームを持つのは、京急線の輸送需要の変遷、特に上り方面の列車待避の必要性に応えるために行われた駅の改良工事の歴史的結果です。1987年のダイヤ改正で待避線が設置された際に、上り線のみにその設備が設けられたことが、現在の特異な配線に繋がりました。これは、限られたインフラの中で最大の輸送効率を追求する、鉄道会社の合理的な判断が反映されたものと言えるでしょう。
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こんな事に思いを馳せるのもまた鉄道マニアの醍醐味。
そして横浜駅手前の初期の短い車両時代の名残(なごり)の急な曲線区間。品川と北品川区間は絶滅しますが、此処は今のところは温存(笑)。そこには私鉄ならではの合理性が有りました。その中間には平沼駅の遺構。第二次世界大戦に翻弄され短命で消えた駅です。横浜駅手前では新田間(あらたま)川を眺めながら埋め立てや水害等の歴史を思い…2004年に自宅マンションがまさかの水害に遭って貴重な体験をしたことまで…
横浜駅を後にし駅間距離:1.6kmと直ぐに到着するのが神奈川駅。旧東海道沿いに有り付近には台場跡… 明治時代の外交官が仮に大使館として使った寺院も… 開国国直後の過渡期を担った地域です。この辺り迄は横浜駅近くに住んでいた居た頃散歩して楽しんだ思い出の地。
仲木戸駅。此方も将軍の鷹狩り場、宿営地の歴史も…
生麦駅。生麦事件の場所は、バスの運転士にもなりたかった夢の代替としてのトラック運転士時代抜け道として多用した旧東海道沿い。そして駅の反対側は曰く付きの法政女子高等学校。その辺りの話しは内緒です。(笑)
旧花月園前駅。今は花月総持寺駅。遊園地の花月園は知らないけど競輪場の花月園のお客さまは良く車内で… まぁノーコメント。お寺と云えば会社の出世頭の同期が地元に帰って住職になったのを年賀状で今年知って、少し驚いたものの、私と飲むと徳について語っていたので… さもありなん…
鶴見駅は大学生時代の海芝浦駅、東芝さん訪問。会社員時代の通勤、職場の飲み会と思い出深い場所で… 懐かしさも一入(ひとしお)
そして八丁畷(はっちょうなわて)。京浜急行から尻手浜川崎線への乗換駅で、接続が絶妙で通勤を楽しませて頂きました。
いよいよ川崎駅
此処も凄い場所。大学時代の工場見学と云う授業で大手電機メーカーを訪問したのがデビュー。日雇いの方々その日のお仕事を決めて毎日マイクロバスで仕事場に向かう、そんな時代からのお付き合い…
そして京急川崎駅からキリンシティ、川崎ダイス、銀柳街を越えて川崎市の新庁舎へ。展望階。
競馬は文化… そして男のたしなみ?の(笑)…
飲む・打つ・買う…
が揃った川崎。川向うの宿場の成れの果て…
その川崎に執拗に絡む私の人生…
そしてOB会の醍醐味。
この組織は、主流は鉄鋼部門化学系の技術屋さん。プライドも高い。その最たる床の間の前の奥の席の方はドイツに拠点を置く基礎研究機関で研究していた方。その研究所は自然科学、生命科学、社会科学、人文科学の分野で世界をリードする研究を行っていて、80以上の研究所があり、各分野で最先端の研究に取り組んでいます。そこから鉄鋼部門のど真ん中の開発部門に移られ長年指揮されました。退職後は母校で後進の指導。圧巻の人生。しかも趣味も、それが高じての中世ルネサンス前の歴史書を複数出版されると云うレベルの高さ。
また、国営通信会社の技術企画部門からヘッドハンティングされ鉄鋼会社に移籍。企画、技術共にキレッキレの活躍をされた方。私の上司でも有り鉄道ファンの先輩でも(笑)
直属の上司の方は化学系の本家本流の技術者。しかもお酒が強く私のお酒の先輩(笑)。特に日本酒もイケる… そしてめちゃくちゃ捌けていて人間的にも特徴有る良い意味で個性的。
他にも例えば希土類の秀逸な特許で何と台湾の総統から招待された技術者として受賞される等した化学屋本流の方。今は私と同じく汎用人工知能がお友達。
そして年下とは思えない貫禄のど真ん中の化学屋さんの現役。その日も昼休みの開始時刻から移動しての参加。
幹事さんも化学屋の本流。このメンバーの中では唯一関西弁。頭が回るので早口で中身の濃い話を… しかもしちゃう、そうなっちゃうとか分かりやすく、親しみやすい言葉遣いを敢えてするのが凄い。鉄道や船舶等のファンで趣味の話も合う先輩。
と、極めて個性豊かな7重奏
相変わらずしつこくてすいません。

